第32話 セルフとセルフィー

「こんにちは」

 目の前の女の子が僕に対して親しげに話しかけてくるので、僕も「こんにちは」と返事する。

 女の子は僕と同い年くらいに見えるが、見たことない顔なので同級生ではないかもしれない。

「あなたの家も買ったのね」

 何をとは言わなかったが状況的にセルフの事を言ってるのは一目瞭然だ。

「うん。先月買ったんだ」

「そう。私の家は今月ね」

「そっちのセルフは女性の声なんだね」


 僕が疑問に思ったことを口にすると、女の子が答える。

「ええ、声を変えたの。それにセルフじゃないわ。セルフィーよ」

 そういえばセルフを最初に起動したときに、名前や声を変更するか聞かれたことを思い出す。

 僕らは初期設定のまま使ったけれど、女の子の家では変更したみたいだ。

 ちなみにセルフィーのカラーはピンク色なので、名前も声も似合っているといえる。

「あなたの家のセルフは名前も声も初期のを使ってるのね」

「うん。そうだよ」

「あなたの……、そうね、まずお名前を教えてくれない」

「いいよ。僕は大場聡っていうんだ」

「私は藤井京子よ」


 その後、僕らは自分たちの通う学校や学年の情報を話し合った。

 その結果、藤井さんは隣町の小学校に通う5年生ということが分かった。

 僕よりひとつ年上のお姉さんであり、急に敬語で話さないといけないのではと思って敬語に切り替えて話したが本人に「敬語は別にいらないわ」と言われた。

「本当にいいの?」

 僕が念押しして聞いてみると藤井さんは笑顔で答えた。

「他校の下級生に偉そうに振舞っても仕方ないでしょう」

「そういうもんなのかな」

 僕がいまいち実感が湧かないでいると藤井さんが「そういうもんなの」と念押ししてくる。


「それよりこんな所で立ち話もなんだから、場所を移して少しお話しない」

 ちなみに現在は洋服店の出入り口付近で話をしており、その内他のお客さんの邪魔になるかもしれない。

「私、大場くんの話をもう少し聞いてみたいわ。出来れば座れる場所で」

「じゃあちょっと場所を変えよう」

 そういって僕らは歩きだし、駅前に置いてあるベンチの所まで向かう。

 途中、歩く速度が僕より早い藤井さんに「早く早く」と急かされるが、自分の体力的にあまり急ぐわけにはいかない。

 僕は苦笑いで何となくごまかし、ほんの少しだけ歩く速度を上げるにとどめた。

 先にベンチに着いていた藤井さんが「歩くの遅すぎだよ大場くん」と言ってるが、僕としては何も言えない。


 心の中で、藤井さんが歩くの早いんだよ、と呟いたくらいだ。

 するとセルフが僕がわざわざ隠していたことを、良かれと思ってだろうけれど告げた。

「坊ちゃんは心臓が良くないので、運動は苦手なのです」

 それを聞いた藤井さんは少し驚き、心配そうに僕を見てくる。

「それならそうと言ってくれたらよかったのに。急がせちゃったけど大丈夫?」

「これくらいなら平気だよ」

 僕が平静を装って言うと、藤井さんはほっとしたように息を吐いた。

「それじゃ、ベンチに座ろっか」

「うん」


 僕は藤井さんが座った隣に腰を下ろすと、急に女の子とのふたりきりの状況が意識され緊張してきた。

 とりあえずみっともない所を見せないように平静を装って背筋を伸ばす。

「大場くんの家ではセルフにどんなことをさせてるの?」

「普通に家事をしてるよ。掃除とか洗濯とか。後は僕と一緒に遊んだりしてる」

 僕が答えると藤井さんは少し笑みを見せた。

「私の家もそうよ。掃除に洗濯にお料理もセルフィーはしてくれる。それにセルフィーは私の世話をしてくれてるわ」

「僕の家は料理は基本的にお母さんがしてるよ。お母さんは料理好きなんだ。セルフが家に来て空いた時間は料理の研究をしてるみたい」


「そう。大場くんの家はお母さんが家にいてくれるのね。私の親は共働きでふたりとも遅くまで帰ってこないから、あまり家にいないの」

「そうなんだ、それは寂しいね」

「うん。でもセルフィーが家に来てから寂しくないんだ。セルフィーが私の相手をしてくれるから」

 そういって藤井さんは笑顔を浮かべて、セルフィーに優しい視線を向ける。

「お嬢様を寂しがらせないことも、わたくしの仕事のひとつです」

「ありがとう。セルフィー。いつも感謝してるよ」

「ありがとうございます。お嬢様」


 藤井さんが僕に視線を戻すと、再び聞いてくる。

「大場くんはセルフとよく出掛けるの?」

「うーん、どうだろう。僕は元々あまり外出しないから、出掛けることは少ないかも。でも家の中で一緒にいることは多いよ」

「じゃあ今日はたまたまセルフとお出掛けしてたの?」

「お出掛けというか今日はセルフと散歩してたんだ。セルフもお母さんも僕にもっと運動した方がいいっていうから」

「そのおかげで今日の出会いが生まれたわけね」

「そうだね」

 出会いなんて言われると、僕は少し恥ずかしくなり、藤井さんから視線を逸らして前方の駅舎を見つめた。


「それにしても不思議よね」

「何が?」

 僕は前方を見つめたまま、藤井さんに聞く。

「セルフィーは人じゃなくてロボットだけど、一緒にいると心が暖かくなるんだ。そういう気持ちって大場くんもある?」

「セルフと一緒だと楽しいって気持ちならあるよ」

「楽しい?」

「うん。それにセルフは人気者だから一緒にいると気分がいい」

「なにそれ」


 藤井さんが笑い、その笑い声につられて僕の視線が藤井さんに戻る。

「確かにセルフィーも人気者だけど、私はその発想はなかったな」

「えー、だって人気者と一緒に居たら自分も偉くなった気がするじゃん」

「言いたいことは分かるけど、それって自信のない人の発想じゃない」

 藤井さんに核心を突かれた言葉をいわれ、僕は思わず「うっ」とうめいた。

 確かに僕は自分に自信がある人間ではない。

 勉強は比較的、出来る方だが運動能力は皆無だしコミュ力もある方ではない。

 友達も少ないし、趣味と言えばひとりで出来る読書やゲームだけで、自分でも根暗だと思っている。

 僕がまったく言葉を返せないでいると藤井さんは何かを察したのか穏やかな調子で言う。


「自分に自信は持った方がいいよ。それが根拠のない自信でも」

「善処するよ」

 僕は小さな声を口から絞りだした。それを聞いた藤井さんは、くすくす、と笑いそれから僕に告げた。

「大場くん、スマホ持ってる?」

「持ってるけど」

「じゃあ、連絡先を交換しない? せっかくだからお友達になろうよ」

 それから僕らは手早く連絡先の交換を行ない、僕のスマホに初めて女の子の連絡先が登録された。新しい友達が増え、今日はとても運のいい一日だなと思った。

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