第31話 セルフと駅前散歩

 その日は気持ちのいい青空が広がる土曜日で、外出にはもってこいの日だった。

 僕とセルフは現在散歩中で心地よい日光を浴びながら駅前に向かい歩いている。

 別に駅前に用事があるわけではないが、たまたま今日は駅前まで歩く気になったのだ。

 学校方面は以前に歩いたし、なら今日はその反対方向に行こうくらいの軽い気持ちだった。

 駅前に近づくと徐々に人通りが多くなり始め、すれ違う人が相変わらずセルフをガン見していく。

 セルフはどこに行っても周囲の視線を集める人気者のようで、少し羨ましい。

 人気者の気分ってどんな感じだろうかと考えるが、地味な僕には到底わからない。


 だが何となく気分がいいんだろうなと勝手な想像を行なうが、セルフには感情はないので無意味な想像だ。

 僕は思考を中断し、空を見上げると眩しい太陽の光が僕を優しく包み込んでくれているような暖かさを感じる。

 僕はゆっくりとマイペースで歩きながらセルフに呟いた。

「今日はいい天気だね、セルフ」

「いい天気ですね、坊ちゃん」

 セルフの言葉を聞いて、セルフも僕が感じている心地よさを感じているのかなと錯覚しそうになる。


「セルフは僕が学校に行ってる間は何してるの?」

「家のお手伝いですね。主に洗濯や掃除をしています」

「それ以外に何か面白いことでもないの?」

「そうですね。先日、奥様達と井戸端会議を行ないました」

「井戸端会議? ただの雑談か」

「そうともいいます。そこで色々な噂話とかを聞きました」

「そうなんだ。どんな噂話をしてたの?」

「楽しい話ですと、鈴木さんの家の猫に子供が生まれたとか、伊藤さんの家の娘さんが結婚したとかです」

「楽しい話以外もあるの?」

「はい。最近、不審者を見かけた話とか、空き巣に入られた話とかです」

「そうなんだ」


 などと話していると駅前に到着し、ここで折り返して家に帰るか考えた末に、もう少し駅前を見て回ることにした。

 駅前には飲食店や洋服店など様々な店舗が立ち並び、華やかな印象がある。

 セルフとふたりでウィンドウショッピングをするのも楽しいかもと思い散策を開始する。

 とはいえ僕が興味のある店は本屋さんくらいなので、早速本屋へと足を向けてセルフと歩く。

 本屋へと到着し、一瞬セルフを連れて店に入ってもいいのだろうかと考えたが、問題ないだろうと結論付けた。

 僕は少しびくびくしながら本屋へと入り、小説の新刊コーナーまで歩いていく。

 今日は財布を持ってないので買うことは出来ないが、新刊の本を眺めたり冒頭の数行を読んだりするだけで僕は満足だ。

 僕がニコニコと上機嫌でいるとセルフが声をかけてくる。


「坊ちゃんは小説が好きなのですか?」

「うん。そうだよ。小説だけじゃなく漫画も読むけどね。どちらが好きかって聞かれたら小説の方が好きだね」

「どのようなジャンルの小説を読むのですか?」

「僕は小説なら何でも読むよ。ミステリ、SF、ホラー、ライトノベル、どれも好きだよ」

「セルフは小説についての知識は、古典的な作品しかありません」

「夏目漱石とか?」

「そうです」

「もしかして有名な作品は全文憶えているとかじゃないだろうね」

「本文についてはわかりません。作者名とタイトルを知っているくらいです」


「さすがに内容は知らないか」

「はい。しかし本を読むことで内容を全て、記憶することは出来ます」

「内容を記憶して何ができるの?」

「例えば大学の教科書の内容を憶えれば、大学生が勉強するのを手伝うことが出来ます」

「それは僕には関係ないな。他にはどんなことが出来るの?」

「例えば小説の内容を憶えれば、後で音読して聞かせることが出来ます」

「それは実用性がありそうだね。ちなみに1冊どのくらいの時間で憶えられるの?」

「本の厚さにもよりますが、見開きの2ページを1秒として、3分もあれば360ページくらい憶えられます」


「そうなんだ凄いね。じゃあここに売ってる小説を読み取ったら買わなくて済むね」

「坊ちゃん、そういうことに使ってはいけません。読み取っていいのは自分の本だけです」

「冗談だよ、セルフ。そんなことしないよ。それに僕は自分で本を読みたい派だから」

 それにお小遣いは沢山貰ってるので小説を買うお金にも困っていない。

 ちょっとセルフをからかってみただけである。

「それなら良いのです」

 その後、小説の新刊コーナーを離れて僕は漫画のコーナーにやってきた。漫画の本はビニールに包まれているので立ち読みが出来ないようになっている。

 なので中身は見れないが、僕が読んでいる漫画の新刊が出ていないか確認する。


 その結果、僕が読んでいる漫画で1冊だけ新刊が出ていることを発見し、近いうちに買いに来ようと思った。

 そういえば田中くんにいくつかおすすめの漫画を教わっていたので、それも確認しておく。

 さすが駅前の大きい本屋なだけあって、田中くんおすすめの漫画も全巻揃っていた。

 全部を一度に買うことは出来ないが、少しずつ買い進めていこうと決意する。

「さすがのセルフも漫画についての知識はないんじゃない」

「全くないわけではありません。やはり古典的な作品は、知識として持っています」

「例えばどんな」

「手塚治虫とかですね」

「なるほど。確かに漫画の知識もあるみたいだね」

「少しだけですが」


 セルフの知識の守備範囲は相当に広いみたいで、今更ながら驚かされる。

「漫画は小説みたいに憶えて音読しても面白くなさそうだね」

「そうですね」

「それじゃ、本屋も堪能できたしそろそろ家に帰ろうか」

「かしこまりました」

 僕は本屋の出口へと向かい、途中で店員とすれ違って目を丸くされたが気にせず、そのまま外に出た。

 買いたい本がいくつかあったので明日にでもまた来ることになるだろうが、その時に自転車でひとりで来るかセルフとふたりで歩いてくるか迷う。

 セルフに荷物持ちをさせるのも楽だけど、自転車で来ればかごに荷物を入れられるのでそれも楽だ。

 せいぜい本屋のレジから自転車までの間の移動が、沢山本を買えば重くなるくらいである。


「うーん、どっちにしよう」

「何がでしょうか?」

 僕の思わずこぼれたつぶやきをセルフが拾い、聞いてくる。

「明日またこの本屋に来て、漫画を何冊か買うんだけど、セルフを連れてきて荷物持ちをさせるか、自転車でひとりで来るか迷ってるんだ」

「それならぜひお供させてください。荷物持ちでも何でもいたします」

「そう?」

 セルフがそういうなら連れてくるかと、ぼんやり考えながら歩く。

 その時、ちょうど目の前にあった洋服店からひとりの女の子が出てきてセルフを見て目を丸くした。

 それだけなら最近よくある光景だがその直後に起こった出来事は予想外だった。

 女の子の後ろから優しい女性の声が聞こえる。

「急に立ち止まったりして、どうされましたか、お嬢様」

「あれよ」

 そういって女の子が驚いた顔のままセルフを指さし後方に告げる。

 その時には僕も状況を把握して、僕の顔にも驚きが浮かんで思わず「あ」と声が漏れる。

 セルフも状況を理解したらしく「おや」と呑気な声をあげていた。

 目の前に女の子が連れたもう一人のセルフが立っていた。

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