第29話 クラスメイトを家に招く

 学校の授業がすべて終了し、帰りの会で担任の先生やクラスメイトとさよならの挨拶を済ませると放課後になった。

 まずは僕の家に向かうクラスメイトを自席の周りに集めるために教室内に声をかけた。

「セルフを見に行く人は僕の席の前に集まって」

 僕の呼びかけに応じてクラスメイトが僕の席の前に集まり始め、5人揃ったところで僕は声をかけた。

「それじゃ、出発するね」


 ちなみに5人は男子3人女子2人の構成で、みんなセルフに会うのが楽しみなのか、嬉しそうな表情だ。

 僕も何だか嬉しくなり、みんなでセルフの話で盛り上がりたいが、今は彼らを僕の家に連れて行かねばならない。

 僕は5人を先導する形で教室を出て廊下を歩き、階段をゆっくりと下りて下駄箱までやってきた。

 僕が靴を履き替えていると、先に履き終えていた5人の内の一人の田中くんが話しかけてきた。


「大場くんの家はどのあたりにあるの? 学校から遠い?」

「学校から凄く近いよ。歩いて10分くらいで行けるよ」

「そうなんだ。知らなかったよ」

「僕の家を知ってるのは坂本くんくらいだけど。目立つ家だから帰る方向が同じなら、その家を知ってる人もいるかもしれない」

 僕は周りを見回し、5人全員が靴を履き終えたことを確認すると、校門に向かって歩き始めた。

 たまに後ろを振り返り、みんながついて来ていることを確認することも忘れない。

 校門前を通り過ぎるとき、僕は昨日セルフがいた場所を指さして田中くんに話しかけた。


「昨日はここにセルフがいたんだ。みんなに囲まれて色々質問されてたよ」

「そうなんだ。でも確かにこんなところにロボットが立ってたら何事かと思うよね」

「うん。僕もそう思う。セルフを知ってる僕ですら何でこんなところにって思ったよ」

「やっぱり昨日は雨だったから大場くんを迎えに来たのかな。普段だったら来ないよね」

「来ないと思う。昨日は僕が傘を忘れてたから届けに来てくれただけで、傘を持ってたら来なかったと思うよ」

「そうなんだ」

「うん」


 その後は特に会話もなく10分程度の道のりをのんびり歩き続け、僕の家の前までやってきて足を止めた。

「ここが僕の家だよ」

 僕が誇らしげにそう告げると、クラスメイト達は羨望の眼差しで僕を見て、口々に感想を述べる。

「スゲー庭が広いじゃん」

「お家も大きいよ」

「庭でバーベキューとかできそう」

「お金持ちの家だー」

「ペットとか飼ってそう」

「ペットは飼ってないよ」


 僕はさりげなく間違いを訂正してから皆を引き連れて庭に入る。

 庭の真ん中あたりまで来たところで僕は足を止めて後ろを振り返り、皆に告げる。

「みんなはちょっとここで待ってて。ここにセルフを連れてくるから」

 僕の部屋に5人のクラスメイトを連れていくのはさすがに少し狭いので、セルフと会うのは庭で我慢してもらうことにする。

 僕は玄関まで歩いて家に入り、大きな声で「ただいま。セルフいるかー」と呼びかけた。

 すると廊下の奥からセルフが歩いて姿を現し、いつものように僕に話しかけてくる。

「お帰りなさいませ、坊ちゃん」

「ただいま。セルフちょっといいかな。実はセルフに会いたいっていうクラスメイトを5人連れてきて庭に待たせてるんだ。会ってあげてくれないかな。今何かお母さんのお手伝いをしてる?」


「大丈夫です。今は特にすることがありません」

「じゃあ今すぐ来てくれないか」

「かしこまりました」

 僕はランドセルを玄関内に置いてからセルフを連れて家から出ると、それを庭から見ていたクラスメイト達が歓声を上げた。

「わー、ロボットだ」

「ほんとだ」

「スゲー」

「歩いてるぞ」

「なんかかわいい」


 いや別にかわいいという感想は何か違うのではないかと思ったが、突っ込まないでおいた。

 僕はセルフを連れて歩きクラスメイト達の所に戻ると、セルフを紹介する。

「万能型お手伝いロボットのセルフだよ。先月買ったんだ」

 クラスメイト達はキラキラした目でセルフを眺め、感嘆の声を上げる。

「ちなみにこっちの5人が僕のクラスメイトだよ」

 今度はセルフにクラスメイト達を紹介し、それから僕はセルフに「何か皆に話をしてあげて」と指示を出した。

 漠然として少し無茶な要求だったかなと思ったが、セルフはいつものように「かしこまりました」と僕に告げて、それからみんなに向かって話し始める。

「皆さん、初めまして。セルフです。セルフはお手伝いロボットなので、お手伝いが得意です。家事全般が出来ます。それ以外にも色々できますが、最近では坊ちゃんのお世話もセルフの仕事です。坊ちゃんは最近新しいお友達を作る努力をしているので、皆さんも坊ちゃんのお友達になってあげてください」

「こら、余計なことは言わなくていいよ」


 僕が慌てて割り込むとクラスメイト達に笑いが起こった。

 別に嫌な感じの笑いではなかったが、僕は途端に恥ずかしくなり顔が熱くなるのを感じた。

「ところで皆さんのお名前は何ですか? せっかくなのでセルフは皆さんの顔と名前を、覚えたいと思います」

 セルフがそう問いかけると、クラスメイト達は順番に自分の名前を名乗り、セルフに名前を覚えてもらって嬉しそうだった。

 皆が名乗った後、女子のひとりの山本さんがセルフに対してお願いをした。

「ねえ、体に触ってもいい?」

「かまいません。どうぞ」


 セルフが了承すると残りの4人も触りたいと言い出して、クラスメイト達がセルフを取り囲んだ。

 お腹や腰、背中辺りを遠慮なくペタペタと触り、クラスメイト達は楽しそうだ。

「ねえ、セルフ。握手して」

 再び山本さんがセルフにお願いすると、今度もセルフは握手に快く応じる。

「わ。指は感触が違う」

「指の表面はゴムで出来ているのです」

「そうなんだ」

 それを聞いたクラスメイト達は今度は手を触りたがり、セルフと順番に握手をした。

 みんなが握手を終えると男子のひとりの木村くんが僕の所に来て、何気なく聞いてくる。


「大場くん。セルフはサッカーとか出来ないの? 僕、セルフが動いている所をみたい」

「セルフは走れないからサッカーは出来ないよ」

「走れないの?」

「うん。セルフは歩くことと話すことと手作業くらいしか出来ないんだ。スポーツは難しいと思うよ」

「そうなの? ボールを蹴ったりも出来ないのかな」

「うーん、どうなんだろう。手は凄く器用なんだけど。足は器用なのかな」

「試してみようよ。大場くん何か大きいボール持ってない?」

「一応、サッカーボールがあるよ」

 僕が小さい時に親にせがんで買ってもらったもので、今は自室の押入れに眠っている。


「ちょっとサッカーボールを取って来るよ」

 僕はそう言い残して家に入り、自室に行ってサッカーボールを取って、再び庭までやってきた。

「おまたせ」

 僕はそう言ってサッカーボールを庭に置き、セルフに声をかける。

「セルフちょっといいかな」

「何でしょう、坊ちゃん」

「このボールをシュートしてみてほしいんだけど」

「かしこまりました。どの方向にシュートしましょうか」

「じゃあここから道路に向けてシュートしてくれるかな」

「かしこまりました」


 道路に向けてと言ったのは左右の壁や家の方に比べ、一番距離が取れるからだ。

 僕の予想ではセルフの蹴るボールは道路まで届かない気がするが、念のため道路までボールが行かないように男子3人を配置しておく。

「田中くんと木村くんと安藤くんはボールが道路に出ないように向こうで待機してて」

 3人が「わかった」と言って道路付近まで駆けていく。

 残った女子ふたりはここでセルフの応援だ。

 男子3人が持ち場に着いたのを見届けて僕はセルフに注意点を告げる。

「準備が出来たからセルフはボールを蹴ってもいいけど、バランスを崩して転ぶのだけはやめてね。転ばないように注意してボールを蹴ってね」

「かしこまりました」


 転ばないように注意を促したのは、転んだ衝撃でセルフが故障してしまわないか気掛かりだからだ。

 僕はハラハラとセルフを見守り、転ばないように祈った。

「いきます」

 セルフの掛け声とともに右足を後ろに引いて、そして僕たちが見ている前でボールを蹴った。

 ボコッ、という音とともにボールが道路の方向に飛んでいくが、転がった距離を足しても飛距離は5メートルくらいしかなかった。

 男子3人が待つ道路付近までは届かず、不甲斐ない結果に終わってしまう。

 しかし僕としては予想の範囲内であり、逆に道路付近まで届かせていたら驚いていたところだ。

 男子3人がボールに歩み寄り、木村くんがボールを拾い上げて僕の所まで戻って来た。


「一応ボールを蹴れたけどあまり飛ばなかったね」

「うん。多分足の力が歩くのに必要な分しか無いんだと思う」

「そっか。でもセルフが頑張るところを見れて満足だよ、僕」

 木村くんはそう言いながらサッカーボールを差し出してきたので、僕は受け取る。

 それから木村くんは周囲を見回して、残りの4人に対して告げた。

「じゃあ僕たちはそろそろ帰ろっか。あんまり長居すると大場くんに迷惑になるかもしれないし」

 残りの4人も木村くんの言葉に同意したようで、頷いたり「そうしよっか」と言葉に出したりした。

「それじゃ、また明日」

 僕とセルフは皆が庭から道路に出るまでその場で手を振って見送った。

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