第28話 雨の日の翌日

 セルフが校門に現れた雨の日の翌日、僕が学校に登校し教室へ足を踏み入れると、一瞬静寂が訪れた。

 だがその静寂もすぐになくなりクラスメイト達が普通に雑談を始めたので、僕は先ほどの静寂は気のせいと思った。

 僕は自席に腰を下ろしランドセルの中身を机に放り込んでロッカーにランドセルを片付ける。

 それから再び自席に戻り腰を下ろして、何気なく周りを見回すと、やたらとクラスメイトと目が合った。

 みんな僕と目が合うとすぐに目をそらしてしまうが、なぜか妙に注目されている気がする。


 何か僕の格好におかしなところがあるのだろうかと自分を見下ろすが、いつもの制服姿だ。

 特におかしなところは見られず、それでは一体なんだろうかと頭を悩ませていると、ひとりのクラスメイトが近づいてきた。

「大場くん、ちょっと聞いてもいいかな」

 相手は佐藤くんで、普段話さないクラスメイトから突然話しかけられて僕は緊張する。

「いいよ。何かな」

「昨日、校門のところにロボットが来てて、そのロボットは大場くんと帰っていったって噂されてるんだけど本当?」

 何だそんなことかと僕は思わずため息をついて、それから質問に対して答える。

「本当だよ」


 僕が答えた瞬間、教室内がざわつき、周囲に目を向けると僕が注目されているのがわかった。

 佐藤くんに視線を戻すとさらに聞いてくる。

「あのロボットって何なの? 大場くんのお父さんが開発した秘密兵器っていう噂も流れてるけど本当?」

 僕は思わず耳を疑い、佐藤くんの顔をまじまじと見つめ、小学生は想像力が豊かだなと思い、それからやっと言葉を口に出した。

「それは違うよ」

「違うんだ。それじゃ、あのロボットって何なの?」

 佐藤くんが再び同じ質問を繰り返して僕に問いかける。


「ただのお手伝いロボット。正確には万能型お手伝いロボットセルフだよ。家電量販店で買ったんだ」

「えっ、あれって売り物だったの?」

「そうだよ」

 僕の言葉に佐藤くんは驚いているようだった。

「知らなかったよ」

「うん。まだあんまり普及していないみたい。僕もセルフ以外に見たことないから。それにお値段も凄い高かったみたいだよ」

「なるほど。気軽に買うってわけにはいかないんだね」

「そうみたい」

「色々教えてくれてありがとう」


 そういって佐藤くんは自席へと戻っていった。

 みんなセルフに興味津々なんだなと思っていると、今度は田中くんが僕の席までやってきた。

「おはよう、大場くん」

「おはよう、田中くん」

 田中くんが僕に挨拶をしてきたので、僕も返す。

 田中くんから話しかけてくれるのはこれが初めてなので僕は少し嬉しくなり口角が緩む。

 徐々に仲良くなってる実感が得られて僕は心の中でこっそり喜んだ。

「昨日の騒ぎは大場くんの家のロボットが原因だったんだね」

「うん。まさか僕を迎えに来るなんて思ってなかったから、驚いたよ」

「そうなんだ。そのセルフっていうロボットはどんなロボットなの? お手伝いロボットっていってたけど、具体的には何が出来るの?」


「何でも出来るよ。出来ないことを探す方が少ないよ」

「家事全般が出来るってこと?」

「うん。家事全般が出来るし、家事以外のことも出来るよ。僕と一緒に遊んでくれたりもするし、話し相手にもなってくれるんだ」

「へぇー、それは凄いね」

「それに凄いもの知りだから色々なことを教えてくれるんだ」

「例えばどんなこと?」

 僕はセルフに教わったことを思い出し、田中くんに告げる。

「勉強の仕方とか、筋トレの仕方とかかな」

 田中くんが少し驚いたように目を丸くして僕を見る。

「大場くん筋トレしてるの? 何か意外」


「少し前にセルフに言われて始めたんだ。ひと月前くらいから毎日は無理だけど一応マイペースで続けてるよ。セルフが言うには何事も続けることが大事みたいだから」

「そうなんだ」

「うん。僕あまりハードな運動は出来ないから効果が出てるかどうか実感はないけどね。でもやらないよりは絶対に体力が付くはずだから、頑張って筋トレ続けてるんだ。小さなことをコツコツと積み上げる方が僕には合ってると思うし」

「僕は筋トレは体育の授業でやる腕立て伏せや腹筋とかで十分だよ」

「それで十分と思うよ。僕は体育の授業をいつも見学してるから、その代わりにしてるようなものだし」

「そういえば大場くんいつも体育の授業を見学してるね」


 田中くんとは今年初めて同じクラスになったので僕の事情を知らないのだろう。

「うん。ちょっと僕、普通の人より心臓が悪いんだ。激しい運動をするとすぐに倒れちゃう。だから体育の授業は見学することにしてる」

「なんか悪いことを聞いちゃったかな」

「ううん。全然そんなことないよ。大体の人は知ってることだと思うし」

「そっか」

「うん」

「それにしても、少し話が戻るけど、家にロボットがいるってどんな気持ち?」

「楽しいよ。最近僕は家でセルフと一緒にいることが多いけど、とても楽しいよ。お父さんはよくロボットは男のロマンだとかいってるし、お母さんも家事の負担が減って喜んでるよ」


「僕昨日は雨降ってたから実際にロボットの姿を見てないんだよね。大場くんの話を聞いてると僕もロボットを見とけば良かったと後悔してるよ」

「そうなの? じゃあ僕の家に見に来る?」

 僕が軽い気持ちで告げると田中くんは期待で目を輝かせて僕を見た。

「いいの? 見に行っても」

「うん。いいよ」

 僕が快く同意したその時、僕らの会話を周りで聞いていた人たちの中から声が上がった。

「田中くんだけ、ずるいぞ。俺もロボットを見てみたい」

「あたしも見たい」

 僕も私もと、声が上がり最終的に田中くんも含めて5人がセルフを見たいと言いだした。

 田中くんが僕を気遣い「どうする?」と声をかけてきたが、僕の気持ちは決まっていた。

「5人ともいいよ。セルフに会わせてあげるよ」

「やったー」


 教室内のあちこちで喜びの声が上がり、僕も何だか嬉しくなる。

 こんなにたくさんの人を家に連れて行ったら母は驚くだろう。

 今まで坂本くんしか家に連れて行ったことがないのだから。

「今日の放課後で大丈夫だよね」

 僕は教室内のあちこちに散らばる5人に聞こえるように大きな声で告げる。

「大丈夫」とあちこちから返事をもらい僕は安心する。

 予定が合わない人がいないようで良かったと思い、みんなをセルフに会わせられると思うと嬉しくなる。

 そんな僕に田中くんが声を潜めつつ心配そうに話しかけてくる。

「みんなで押しかけて本当に大丈夫なの? お家の人の迷惑にならない?」

「大丈夫だよ。庭がすごく広いからそこでセルフに会わせるつもりだよ」

「そうなんだ」

 僕が言葉に田中くんは納得するように頷いた。

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