第27話 ある雨の日の出来事
その日は朝から曇り空で天気予報によると降水確率は30パーセントだったので、僕は傘を持たずに学校へ登校した。
お昼休みになって窓の外を見ると、随分と黒い雲が多くなってきたと思っていると、ぽつぽつと雨が降り始めた。
降水確率30パーセントだし帰るころには止むだろうと思っていたが当てが外れた。
下校時間になっても天気は回復せず、むしろ雨が強くなり、今帰ったら確実にずぶ濡れになってしまう。
僕はしばらく雨宿りをするため学校の下駄箱付近で待機することにした。
僕と同じように傘を持ってない人も周囲に沢山いて雨宿りをしたり、雨の中を駆け出していく人が見られた。
僕の家は学校から歩いて10分程度しか離れていないので、雨の中を歩く選択肢も無いわけではないが、せめてもう少し雨が弱まってから帰ろうと思う。
僕がぼんやりと校門の方に目を向けていると、坂本くんが横に来て僕に話しかけた。
「雨だね」
「そうだね」
「今日は降水確率が低かったから傘持ってきていない人が多いみたいだね」
「僕も雨が降るとは思わなかったよ。もちろん傘を持ってきてない。坂本くんはどう?」
坂本くんに目を向けると、明らかに傘を手に持っていなかったが一応聞いてみた。
「僕も持ってきてないよ。今日の天気予報はハズレだね」
「そうみたい」
「大場くんは雨宿りしてから帰るの?」
「うん。もう少し雨が弱くなってから帰るつもりだよ。坂本くんはどうするの?」
「僕は少し迷っているよ。雨に濡れながら走って帰ってもいいと思ってる」
「そうなんだ」
「うん。ただ今日はさすがに公園でサッカーが出来ないから、早く帰っても家でゲームをするくらいだけど、うーんどうしよう」
坂本くんは少し悩んだ後に結論を出したのか、自分に言い聞かせるように呟いた。
「やっぱり雨に濡れて帰るか。雨が止んだりを待つのは時間がもったいない気がする」
「帰るの?」
「うん、帰るよ。大場くんまた明日ね」
「バイバイ。雨に濡れて風邪ひかないようにね」
「わかってる」
坂本くんはその言葉を最後に雨の降りしきる中を校門に向かって走っていった。
僕の口から「坂本くんは元気だな」という感想が漏れ、走り去る坂本くんの背中を見ていた。
坂本くんの姿が見えなくなると、降りしきる雨に目を向け、それから何気なく辺りを見回した。
すると少し離れたところに最近友達になった田中くんの姿を見つけ、僕は近くに歩み寄り声をかけた。
「田中くんも傘を持ってきてないの?」
「うん。そうだよ」
「天気予報の降水確率は結構低かったもんね」
「うん。雨は振らないと思ってたよ」
僕は田中くんの言葉に頷いて「だよねー」と返し、それから気になることを聞いてみる。
「田中くんは雨宿りをしてるの?」
「そうだよ」
「雨に濡れて家に帰ろうとはしないの?」
「うん。別に急ぐ用事もないし。帰っても漫画を読むだけだし。のんびり雨宿りするよ」
「そうなんだ。僕も雨宿りをして帰ろうと思うから、それまでお話でもしようよ」
「うん。いいよ」
それから僕が好きな小説の話をしたり、田中くんが好きな漫画の話をしたりした。
その時、セルフに言われた相手を褒めるといいという言葉を思い出し、色んなシーンを熱く語る田中くんを、沢山憶えていて凄いねと僕は褒めた。
少し適当過ぎたかなと思ったが、褒められた田中くんは少し嬉しそうだったので、褒めてよかったと思った。
元々は友達を作るための話をするきっかけとしてセルフに教わったので、友達となった今では不要かもしれないが、褒められて悪い気分になる人はいないだろう。
友好関係を築くための方法としても役立つだろうと自分に言い聞かせる。
そんなことを考えていると、田中くんの視線がいつの間にか校門の方に向かっているのに気付いた。
自然と僕の視線も校門の方へ向かい、何を見ているのだろうか気になる。
その時、田中くんが不思議そうに口を開いた。
「ねえ、大場くん」
「何?」
田中くんが校門の方を右手で指さして続けた。
「なんか校門の所に人だかりができてない? 気のせいかな」
言われて僕も校門の方に目を向けると、気のせいなんかじゃなかった。
確かに校門付近に児童たちが集まっていて動き出す気配がなく、あれでは帰る人の邪魔になるのではないか。
そう思う間にも帰ろうとする人たちが校門の所で詰まり、どんどん渋滞を作り始めていた。
「確かに校門の所で人が詰まっているみたい。何かあるのかな」
僕が頭を捻っていると、心配そうに田中くんがぼそりと呟く。
「最近は何かと物騒な世の中だから、変な事じゃなきゃいいけど」
そんなことを言われると少し怖くなるが、校門付近で足を止める人を見る限りでは危険はなさそうである。
もし危険があるなら皆逃げ出すなり先生に報告しに行くなり何らかの動きがあるだろう。
「危険はないんじゃない。皆校門のところで立ち止まってるだけだし、あの辺に何かあるんじゃないかな」
「何があるんだろう」
「気になるね。雨が降ってなきゃ何があるか確かめに行くんだけど。どうする田中くん。見に行ってみる?」
「うーん、どうしよう」
田中くんが悩み、頭を抱えていると、校門から戻って来た児童が雨宿り中の友達に向けて大声で話すのが耳に入った。
「変なロボットが校門前に立ってるぞ」
「何それ」
「いいから来てみろって」
そういって校門から来た児童が友達を引き連れて、再び校門へと戻っていく。
その様子を見ていた田中くんが僕に向かって呑気に話しかけてくる。
「校門前にロボットがいるんだって。なんでそんなところにロボットがいるんだろうね」
しかし僕の頭はロボットという単語を聞き取った時からまさかという思い出いっぱいで、田中くんの言葉はあまり聞いていなかった。
とりあえずすぐにでも確かめようと思い僕は雨の中を歩いていくことを決意する。
「田中くん、僕ちょっと見てくるよ。僕の家のロボットかもしれない」
「え?」
ぽかんとする田中くんをその場に残し、僕は校舎を出て雨の降る中、校門へ向けて歩き始めた。
校門付近に近づき渋滞をかき分けて進むと、人だかりの真ん中にいつも見慣れたセルフが傘をさして立っていた。
どうやら周囲の児童から質問攻めにあっているらしく、ひとつひとつに答えているようだった。
ちょうど先ほど下駄箱に駆け込んできて、友達と一緒に校門まで戻っていった児童がセルフに話しかけている。
「お前、こんなところで何してるんだ?」
「坊ちゃんを、迎えに来ました」
「坊ちゃんって誰だ?」
「この学校に通っている、大場聡という子です」
「大場聡? 知らないな。誰か知っている人いるか?」
セルフと話していた児童が周辺に呼びかけると、いくつもの「知らない」「聞いたことない」「わからない」などと声が上がる。
同じ学年でない人たちが僕の名前を知らないのは仕方ない。
だが今確実に僕のクラスメイトの女子の声が聞こえたんだけど。
でも僕はクラスでも印象が薄いから仕方ないよねと自分に言い聞かせるが、やはり少し悲しい。
このままでは僕はこの学校にいない人みたいな流れになりかねないので、人だかりを突っ切ってセルフの前まで出た。
「待たせてごめんね、セルフ。でもどうして学校に来たの? ひとりで来たんだよね」
いきなりの僕の登場に周囲からは「実在したんだ」「坊ちゃんキター」などと失礼な言葉を囁かれる。
「坊ちゃん、お疲れ様です。今日は昼から雨が降ってきましたので、坊ちゃんの傘をお持ちしました」
セルフが空いた手に持ったもう一つの傘を僕に差し出してくる。
「ありがとう。セルフ」
僕は礼を言って受け取り、その場で傘をさした。
「それでは一緒に、帰りましょう」
「そうだね、帰ろっか。このままここに居続けたら渋滞がどんどん出来てその内先生が来ちゃうよ」
それから僕は黙って成り行きを見ていた周りの取り巻きに対して「お騒がせしました」といってその場から家に向かって歩き始めた。
「もー、セルフがいきなり来るからびっくりしちゃったよ、僕」
「以前、散歩のときに坊ちゃんが通う学校まで、連れて行ってもらいましたので、今日はここに来ることが出来ました。坊ちゃんを迎えに行くことは、奥様にも伝えてあります」
「お母さん、何かいってた?」
「校門前で待ってればその内出てくると、笑いながらおっしゃっていました」
「そうなんだ」
母には校門前での出来事が予想出来ていたのだろう。
「今日は来てくれてありがとう。困ってたから助かったよ」
「どういたしまして」
「それにしても、みんなのセルフに対する反応は面白かったな。みんな興味津々みたいだったね」
僕はセルフと先ほどの騒動について話をしながら家に帰った。
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