第21話 セルフと散歩

 家を出た僕はまずどこに向かおうか考えて、セルフに学校まで案内しようと思い、いつもの通学路を歩き始めた。

 セルフが僕の横に並び、僕の歩くペースに合わせて、セルフも歩いている。

 周囲に歩いている人は少なく、それがゴールデンウィークだからなのか、たまたまなのかはわからない。

 僕はあまり休日のこの時間に外出せず、家の中で過ごすことがほとんどなので、もしかしたらこれが普通なのかもしれない。

 この道は通学時には今より沢山の人が歩くのでそのイメージが強く、人が少なく感じるのかも。


 僕は他の人がセルフを見た時の反応を楽しみにしていたので、人が少ないのは少し残念に思う。

 でも人が全くいないわけではないので気持ちを切り替えて人々の反応を楽しもうと思う。

 さっそく向かいから人がやってきたので、僕はその人に意識を向けて反応を読み取る。

 その人は20歳くらいに見える男性で、俯きがちで歩いているのでまだセルフのことが目に入っていないようだった。

 そして相手との距離が5メートルほどになったところで男が顔を上げてセルフを見た。

「うおっ、何だ」

 男が思わず呟き、驚きに満ちた表情でセルフのことをまじまじと見つつその場に立ち止まった。


 そんな男の様子を見て僕は笑い出したいのをこらえながら、何事もないように男の横を通り過ぎる。

 その時、セルフは歩きつつ相手に軽くお辞儀をしながら挨拶をした。

「こんにちは」

 セルフの不意打ちの挨拶に男は一瞬びくっと震え、それから向こうも会釈を返した。

 通り過ぎた男の方から「何だったんだ。今のは」という声が聞こえて、僕は歩きながら後ろを振り返ると、男がセルフの後姿を呆然と眺めていた。

 僕は可笑しくなり、クスクスと笑って視線を前に戻した。

「さっきの人凄い驚いてたね」

 僕がセルフに声をかけると、セルフはなぜだかよくわかっていない感じで答える。


「どうして驚いていたのでしょう。何か驚くようなことがありましたか」

「そりゃ町中にロボットが歩いていたら皆驚くよ。セルフはまだほとんど普及してないんだから」

「そうだったのですね。セルフの存在が他の人を驚かせていたんですね。挨拶したのも不味かったでしょうか。ご近所さんかなと思ったのですが」

「うーん。ご近所さんかもしれないけど、顔見知りじゃなきゃ挨拶をする必要はないんじゃないかな」

「そうなのですね。次からは会釈だけにしておきます」


 などと話していると再び前方から人が歩いてきていた。

 今度は小学生にもなってなさそうなお嬢さんとその母親と思われる人が、手を繋いで歩いて来ている。

 近くまで来てセルフの存在に気付いたお嬢さんが遠慮なく指さしながら大声で母親に話し始める。

「ママー、見て。ロボットさんが歩いてるよ」

「まあ、本当ね」

 母親もセルフを見て驚いた顔をして、娘に穏やかに話しかけている。お嬢さんは大きな目をくりくりと見開いて興味津々にセルフを見続け、さらに距離が縮まった時に話しかけてきた。


「ロボットさん、ロボットさん。ロボットさんはどこから来たの?」

 母親がお嬢さんを少したしなめるが、お嬢さんはまるで聞いていなかった。

 セルフの目の前で立ち止まって答えを聞こうと目を輝かせて待っている。

 先ほど僕はセルフに挨拶はいらないと言ったばかりなのでセルフが困ったかのように僕の方に顔を向ける。

 まさか向こうから話しかけてくる状況は想定していなかったので僕も驚いたけれど、セルフに声をかけて対応を促す。

「答えてあげたらいいよ」

「かしこまりました」

 そういってセルフは目を丸くしているお嬢さんに向き直り、自分のことを話し始めた。


「セルフはこちらの坊ちゃんの家から、歩いてきました。この後ろの道をまっすぐに進んだ右手にある、大きな家が坊ちゃんの家です。セルフはそこでお手伝いロボットとして、購入されました」

「そうなんだ。すごーい」

 お嬢さんが心底感心したように答えて、それから「触ってもいい?」とセルフに聞いた。

 セルフが「いいですよ」と答えると、お嬢さんは小さな手でペタペタとセルフを触り始めた。

 僕はその様子を眺めながら小さな子供は好奇心に忠実だなと感じ、気持ちはわかると思った。

「娘が迷惑かけてすみませんね」

 母親が僕に申し訳なさそうに話してくるが、僕は問題ないですよというように笑いかける。


「この道をまっすぐ進んだ右手の大きな家ということは、大場さんのお宅の人ですね」

「そうです。僕の家を知ってるんですか?」

「ええ、私たちもこの辺りに住んでいるのよ。だから最近大場さんがお手伝いロボットを買ったという噂は聞いてるわ。これがそうなのね」

「はい。セルフと言います。今日はセルフと初めての散歩をしているところです」

「そうなのね。邪魔しちゃってごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です」

 僕がセルフに目を向けると、お嬢さんが楽しそうにセルフと握手をしている所だった。

「ほら茜、そろそろ行くわよ」


 母親が声をかけ、お嬢さんは名残惜しそうにセルフから離れて、母親と手を繋いだ。空いた手をセルフに振ってお別れをする。

「バイバイ、ロボットさん。またね」

「はい。また機会があれば、お会いしましょう」

 お嬢さんが母親に手を引っ張られて、その場から歩いて去っていく。僕らも散歩を再開し、学校のある方向へと歩き始めた。

「それにしてもセルフは人気者だね。僕なんかとは大違いだ。珍しくて人から注目されているだけかもしれないけど」

「セルフには特に人気者の要素はありません。坊ちゃんと一緒に散歩をしているだけです。坊ちゃんの言う通り、きっとロボットが珍しいから、人に見られたり話しかけられたりするのでしょう。お手伝いロボットが普及して、歩いてるのが当たり前になったら、特別な視線など無くなるでしょう」


 僕はセルフの言葉に、確かにそうかもしれないと思い頷いた。

 ちょうどその時、十字路に差し掛かったので僕はセルフに正解の道を教える。

「学校はこの道を左だよ」

 僕らが十字路を左折すると、ちょうどおばあさんが十字路に差し掛かるところで、出会い頭にセルフとおばあさんがぶつかりそうになる。

「おっと、ごめんなさい、おばあさん」

 セルフは冷静におばあさんを気遣ったが、おばあさんの方は突然現れたロボットに驚いて尻もちをついてしまう。

「ひゃあ」

「だ、だいじょうぶですか。おばあさん」


 僕は慌てておばあさんに近寄り、おろおろと心配して声をかける。まさかセルフに驚いて尻もちをついてしまうなんて、何だか申し訳ない気持ちになる。

「立てますか。おばあさん」

「少し待っておくれ、びっくりして腰が抜けたわい」

 僕はハラハラドキドキしながら、おばあさんの腰が回復するのを待つ。

「そろそろ立てそうじゃわい」

 そういっておばあさんはゆっくりと立ち上がり、お尻の砂を手で軽く払った。

「何でこんなところにロボットがいるんじゃ」

「最近、売りに出されたお手伝いロボットなんです。僕の親が買ったんです」

「近頃はそんなものまで売ってるんじゃな。おったまげたわい」

「あの、どこかケガはないですか? 歩けそうですか?」


 おばあさんがその場で足踏みをして体の状態をチェックする。

「大丈夫そうじゃな」

「驚かせてごめんなさい」

「いやいや、謝ることではなかろう。わしが勝手に驚いただけじゃ。これから孫に会いに行くんじゃが、良い土産話が出来たと思っておくわい。それでは失礼」

 そういっておばあさんはその場をゆっくりと歩き去った。

 その様子を眺め、どうやらケガはしていないようなので僕は安心した。

 いつまでもその場にとどまるわけにはいかないので僕たちも散歩を再開し、小学校を目指した。

「もうすぐ僕の通う小学校に着くよ」

「楽しみです。坊ちゃん」


 その後は誰にも遭遇することなく、小学校の校門前に到着し、僕たちは歩みを止めた。

「ここが僕が通っている小学校だよ」

「ここで坊ちゃんは平日は毎日、お勉強をしているのですね」

「うん」

「大きな建物ですね」

「うん。平日は沢山の人がここに集まって勉強してるんだ」

 僕は校舎を眺めながら、自分のクラスがどこにあるかなどをセルフに説明した。

 そしてしばらくセルフと一緒に校舎やグラウンドを眺めたが、そろそろ帰ることにした。

「大回りして帰ろう。家から学校まで10分位なので、20分位かけて家に帰ろう。30分も歩けば十分だよね」

「最初だし、十分だと思います」

 そうして僕たちは大回りをして家へと帰るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る