第18話 看病

 僕が目を覚ますと、そこは自室のベッドの上で、傍にセルフと母が待機していた。

「あら。目が覚めたみたいね」

 母が僕を覗き込みながら嬉しそうに微笑み、それを見た僕も安心した気持ちで頬が緩んだ。

 時計を見ると僕が倒れたと思われる時間帯から30分もたっていない。

 僕は母に心配をかけないよう、すぐに起き上がろうとしたが母の手がそれを遮った。

「もう少し寝てなさい」

「もう大丈夫だよ、僕」

「無理をしちゃダメよ」


 母の言葉で僕は渋々ながら、起き上がろうとする体の力を抜いてベッドに横になる。

「誰が僕をベッドまで運んでくれたの?」

「セルフよ」

「そうなんだ。ありがとうセルフ」

「どういたしまして」

 そういえば僕はセルフと勝負をして勝ったんだよなと思い出す。

 しかし冷静になった今では勝利の喜びとかはあまりなく、馬鹿なことをしてたなという想いが強い。


 どうしてセルフと勝負することになったんだっけと考えると、元々はゲームに負けて腹が立ったのが原因だなと思う。

 今ではなぜかセルフと競ってもしょうがないなという気持ちが強い。

 鬼ごっこ勝負に勝てて心に余裕が生まれたのかもしれない。

「倒れたのは僕、久しぶりの気がする」

「そうね。今日は少しはしゃぎすぎたのかもね」

「僕、セルフと鬼ごっこをしてたんだ」

「そうなの?」

「うん。僕どうしてもセルフに何か勝負事で勝ちたくて、それでセルフは走れないって前に言ってたからそれを利用して、鬼ごっこで勝とうと思ったんだ」


「そう。それで倒れたのね。セルフからは庭で聡と遊んでて、倒れたと聞いているわ」

「坊ちゃんが庭で倒れて、話しても返事をしなかったので、急いで奥様に知らせました」

「そうね。それで急いで庭に行ってみたら聡が倒れてたから、セルフに聡の部屋のベッドに運ぶようにお願いしたの。それから目を覚ますまでセルフと一緒に聡を見てたのよ。聡は今気分が悪かったりしない?」

「大丈夫だよ」

「それならよかったわ。まあ聡は心臓が少し悪いけど、進行性の病気だったり、命にかかわる病気ではないってお医者さんが言ってるから私はそれほど心配してないけど。どちらかと言うと運動不足の心配してるくらい。だから今日みたいに少しやんちゃな方が母さんは嬉しいわ」


「うーん。僕としては今日みたいなのが頻繁に起こるのはごめんだけど。確かに運動不足なのはあるかもしれない。今日は僕ほとんど走ってはいないんだけど、早歩きを続けただけで体力が限界だったから」

「もう少し体力があってもいいかもしれないわね。暇なときにセルフと散歩でもしてきなさい」

「セルフと散歩かあ。すれ違う人がびっくりしないかな」

 とはいうもののすれ違う人が驚く顔を見るのも悪くないと僕は思う。

「初めてみたら多少は驚くかもしれないけど、その内ご近所さんも慣れるでしょ」

「そっか。じゃあ今度セルフと散歩でも行ってくるよ。セルフ、ついてきてくれる?」

「はい、お供します。坊ちゃん」

「それじゃ、私はそろそろ夕飯のお買い物に行かないといけないから」


 そういって母は僕の傍を離れて部屋を出ようとし、出ていく間際に僕を振り返って言う。

「もう少しゆっくり寝てなさい」

「はーい」

 返事はしたが母が去ると僕はゆっくりと体を起こし、自分の体が動くかチェックした。

「体は大丈夫そうだ」

「坊ちゃん。寝てなくて大丈夫なのですか?」

「体を起こすくらい、平気だよ」

「そうですか」

 その後しばらく無言の時が流れ、その間、僕が倒れたことをセルフはどういう風に思ったのだろうと少し気になった。


「セルフは僕が倒れたのを知ってどう思った?」

「奥様に知らせなければと、思いました」

「それだけ? 焦ったりはしなかった?」

「焦ったりはしません。セルフは常に冷静に、行動します」

「そっか。セルフらしいね。ちなみにセルフは僕の体のことを何か聞かされてる?」

「奥様から体が弱く、心臓が悪い、と聞かされていました」

「それはいつ聞いたの?」

「セルフが起動した日の夜、坊ちゃんが眠った後です」


「そうなんだ。ということは僕が鬼ごっこをするって言った時、僕に体力がないことは知ってたんだね」

「はい。知っておりました」

「鬼ごっこをやめさせようとは思わなかったの?」

「思いませんでした。むしろ鬼ごっこをすると言ったことに、好ましく思っておりました」

「どうして?」

「奥様も言っておられましたが、坊ちゃんは運動不足だと、思われます。運動をしないと、体力は付きません」

「でも僕は心臓が悪いから、他の人みたいに運動が出来ないんだ」

「他の人と競う必要はありません。自分のペースで続ければ、良いのです。奥様が言うには、坊ちゃんは学校の体育の授業も休んでいるようなので、尚更運動が必要です」


「運動をすると今日みたいに倒れちゃうよ」

「倒れない程度の運動をすればよいのです。それに運動をして体力が付けば、倒れにくくなるでしょう」

「倒れない程度の運動か。セルフも僕に散歩を進めるのか?」

「速歩やウォーキング、ジョギング、水泳などの有酸素運動も良いですが、筋トレをするのも良いです。筋肉量が増えると、心臓の負担軽減につながります」

「筋トレとか、しんどいイメージしかないよ」

「しんどいかもしれませんが、効果的なのです。それに他の子供たちは皆体育の授業で、基本的な筋トレを、行なっているはずです。坊ちゃんは体育の授業を休んでいるので、他の子たちと差が広がる一方だと、考えられます」


 僕は自分の細腕に目をやって、たしかに自分には少し筋肉が足りないのかもと思ってしまう。

「坊ちゃんの場合、筋トレも頑張って沢山行なう必要はありません。少しずつすればよいのです。ちなみに昔は心臓病の人が運動を行うと、心臓の状態が悪化し、心臓が拡大すると考えられていました。現在はおおむね運動をしても、心機能を悪化させることはないと、わかっていますが、運動がダメなケースももちろん存在します。坊ちゃんの場合は適度な運動なら大丈夫でしょう」

「そうなんだ」

 そこまで言われたら何だか運動をしないといけない気がしてくるが、筋トレはかなり面倒くさいというかしんどい。


 今の僕の体力では腕立て伏せとか腕が震えて10回も出来ないかもしれない。

 それが今まで運動をサボってきた結果なのかもしれないが、今から頑張れば多少はマシになるだろうか。

「面倒くさいけど、僕もちょっと軽く筋トレとかしてみようかな」

「やりましょう、坊ちゃん。セルフも応援します」

「本当は今から始められたらいいんだけど、さすがに倒れたすぐ後に筋トレを始めるのはお母さんが心配しちゃうよ。とりあえず今日はなるべく安静にして明日から頑張るよ」

「それで良いかと思います」

 僕は今日、筋トレや散歩をする決意を固め、明日から頑張っていこうと自分に言い聞かせた。

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