第17話 セルフと勝負

 僕はかくれんぼをする前に、セルフに対してルールの説明を行う。

「僕が家の中に隠れるから制限時間の30分以内に僕を見つけたらセルフの勝ちね」

「かしこまりました」

「それじゃセルフはここでゆっくりと100秒数えたら僕を探し始めていいよ」

「かしこまりました。100秒ですね。いち、にい、さん……」


 セルフがカウントを始めたので僕は急いで部屋を出た。

 何となくセルフが苦手そうな遊びを選んで、かくれんぼにしたが、隠れる場所に当てがあるわけではなかった。

 僕は音で向かう先の見当をつけられないよう足音を殺して歩き、とりあえず階段を登って2階に上がった。

 とにかく今セルフがいる僕の部屋からなるべく離れたところに隠れたかった。

 セルフが100秒を数え終わっても、1階から僕を探し始めたら随分と時間を稼げるはずだ。


 僕は2階にあるあまり使われない物置部屋に入り、どこかに隠れるところがないかチェックする。

 タンスの中にでも隠れようかとも思ったが、タンスを開けられたら身を隠す場所がないのでやめる。

 もっとよい隠れ場所がないだろうかと考え、セルフの出発場所を僕の部屋にしたのが間違いだったなと気付く。

 一度玄関の外まで行って、そこから100秒間数えさせたら自室のベッドの下とかに隠れられたのにと思う。


 しかし今更セルフを移動させてカウントを初めからやり直しても自室が怪しいと感づかれてしまうかもしれない。

 2階には両親の寝室もあるが、ベッド派ではなく布団派なので、ベッドの下に隠れたりは出来ない。

 そこまで考えて待てよと思い、僕は物置部屋を出て両親の寝室に向かい、ふすまを開けて中を覗き込む。

 中には布団が畳まれて収納されており、それを見た途端、僕はここに隠れようと閃いた。


 押入れの中に隠れて更に布団で体を隠せば、セルフが来ても気付かないのではと考えた。

 我ながら良い考えと思い、すぐさま実行に移して押入れの中に入る。

 ふすまを完全に閉めてしまうと、外の様子がまるでわからないので少しだけ開けたままにして、いつでも閉めれるようにスタンバイして、布団にも半分潜り込んだ。

 さあ、来るなら来いとセルフを待ち、少し開けたふすまの間から外の様子を警戒する。

 それにしても制限時間の30分は少し長すぎたかもしれない。


 一通り家の中を探すのに10分もあれば十分な気がしてきたし、プラス5分もあればセルフを焦らしオロオロする姿を陰から見られるかもしれない。

 それに30分もじっとして過ごすのは大変な気がする。

 というわけで制限時間は15分ということに勝手に変えさせてもらおう。

 僕はしばらく押入れの中で時間を過ごし、そろそろ1階を探し終えて2階に上がって来るのではと思うタイミングでふすまを完全に閉めて、体を布団で隠した。

 そして僕が耳を澄ませていると、おそらくセルフと思われる足音が微かに聞こえてきた。


 別の部屋に向かったのかすぐには寝室にセルフが入ってくる気配がない。

 しかし僕は油断をせず布団の中でひたすら物音を立てないように気を使って、じっとしていた。

 そしてついに足跡が寝室内に入ってきた。

 外のセルフの様子はわからないが、立ち止まっているのか足跡が今は途絶えている。

 再び足跡が聞こえ始めてると、まっすぐに押入れに近づいてきた。

 ふすまが開かれる音がして、おそらく今セルフが押し入れ内を見ているはずだ。

 僕は息すら止めてセルフがどこかに去ってくれることを祈り、体の動きを止める。

 そんな僕にセルフの声が聞こえてきた。


「サーモグラフィーに反応あり。坊ちゃんを発見しました」

 そして僕の体を覆っていた布団がセルフの手によってはぎとられる。

「うわー。見つかった」

「タイムは9分7秒です。セルフの勝ちです」

「どうしてわかったんだ」

「布団の温度が不自然に少しだけ上昇していましたので、坊ちゃんが下に隠れていることが、わかりました」

「温度だって? なんでそんな機能を持ってるんだ」

「料理に使うのです」

 そういえばセルフが料理をしていた時に温度センサーが付いてると言っていた気がする。

「くっそー。悔しい」


 僕は嘆いて押入れの中から這い出ると、セルフが手に持つ布団を綺麗に押入れの中に戻した。

「次はどうしましょう。まだ何かで遊びますか?」

 セルフがまるで挑発するかのようにいい、僕の心は思わず煮えたぎってしまう。

 このまま負けたままでは終われない。

 僕は頭を働かせて今度こそセルフが苦手そうな遊びを考える。

 僕はこれまでのセルフの行動や言動を細かく思い出すが、セルフは基本ハイスペックなので中々結論が出ない。

 それでも考えて僕は一つの遊びを選んだ。


「とりあえず場所を移そう」

「どこに向かうのですか」

「庭」

 僕はセルフを引き連れて階段を下り、そのまま玄関の方へと向かう。

 玄関で僕は靴を履き、庭に出ると今日も良い天気で青空が広がっていた。

 外で遊ぶにはもってこいの天気で僕は一度深呼吸をしてからセルフに告げた。

「それじゃ次は鬼ごっこだ。鬼はセルフで10分以内に僕を捕まえたらセルフの勝ちね。動ける範囲は庭の中だけだよ。鬼は最初にここで50秒数えてから動き出してね。それじゃ、よーいスタート」


 僕はゆっくりと歩いてセルフから離れる。

 さて今回僕は鬼ごっこを選んだわけだが、体力のない僕が鬼ごっこをするなんて無謀にも思える。

 勝てるわけないようにも思えるが、僕は思い出したのだ。

 セルフの苦手な事について話をしていた時に、セルフは走れないと言っていたことを。

 出来ないこととしてはっきり言っていたので間違いないだろう。

 実際に今までセルフが走るところを僕は見たことがない。

 これで突然走り出したらぶち切れ案件だが、さすがにセルフは嘘を付くことはないだろう。


 これまで見てきたセルフの歩く速度はそんなに早いものではない。

 僕でも十分に10分間を逃げ切れることが出来ると読んでいる。

 庭をぐるぐると回りながらセルフから距離を取り続けるだけの簡単なミッションだ。

 セルフが歩いて追ってくるのを僕も歩いて逃げ続ければよい。

 とりあえず僕は庭の四隅のひとつに到達するとセルフの方に振り返り状況を確認する。

 セルフはまだスタート地点に立っているが、そろそろ50秒を数え終わるころだ。

 セルフが今やっと動き始めて、僕に向かいまっすぐ歩いてくる。

 セルフの歩く速度を確認し、やはりあまり速くないなという感想を抱く。


 これなら問題なく逃げ切れそうな感じではあるが、油断はしない。

 僕はセルフと十分な距離を取りながら、隣の角に向けて歩き始めた。

 セルフは僕を追尾するように歩き、僕との距離を詰めようとする。

 僕は適度にセルフの方に目をやって、セルフとの距離に意識を向ける。

 とりあえず気付いたことは確実に距離を詰められているということだ。

 僕は庭に四角を描くように移動し、セルフは弧を描くように移動しているので、移動距離が僕よりセルフの方が少ない。


 そのため予想よりも早くセルフが僕の近くまで接近している。

 僕が頭で想像していたのは二人とも四角を描くように周り続ける形だったので、いきなりそれが破綻している。

 というより考えていた想像が現実的ではなかった。

 しかしそんなことで諦めるわけにはいかず、僕も弧を描く動きに変えるべきか少し悩んだが、今のところまだ完全に追いつかれてはいないので、今の動きを続行する。

 四隅を一周する頃にはかなり近くまでセルフの接近を許したが、距離が近づくとセルフの動きもほぼ四角を描くように変化した。


 なのでふたりが直線上を歩いている時は、ふたりの歩く速度がそのまま勝負の決め手になる。

 そしてセルフの歩く速度は、僕の普通に歩くよりも少し早く、急いで歩いた時よりも遅かった。

 なので僕は早歩きを要求され、庭の四隅周辺を歩く時はセルフが少し弧を描いてショートカットするため、僕はさらなる頑張りが必要とされた。

「今、何分?」

 僕がセルフに振り返らずに聞くと、後ろから答えが返ってくる。

「5分を過ぎたくらいです。坊ちゃん」


 今で半分か。僕は気を引き締めてセルフに追いつかれないよう早歩きを続ける。

 正直、突然セルフが早歩きを始めたり、僕が地面につまづきでもしなければ、勝てそうと思った。

 今のこの状態は安定しており後5分ほど続ければいいだけだ。

 僕なら出来ると自分に言い聞かせ、ひたすら無心で歩き続ける。

 しばらくこの拮抗状態が続き、状況に変化が見られなかった。

「今、何分?」

「7分を過ぎました。坊ちゃん」


 後3分ほどで勝てるが、体力のない僕は徐々に疲れてきた。

 足が重くなり、気を抜けば歩く速度が落ちそうになるので、より一層気を付けて早歩きを続ける。

 頑張って早歩きを続けているので心臓の鼓動がだいぶ早くなってきて、良い兆候ではないと考える。

 歩く速度を緩めたいが、そうするとセルフに追いつかれるので、今のままを維持するしかない。

 負けたくないという思いが強く募り、足を前へ前へと出していくが、足がもつれてしまいそうだ。

 ここで倒れたら一発でアウトだと自分に言い聞かせ、勝利を目指して自分を鼓舞し続ける。

 だがしばらくすると徐々に苦しくなってきた。


「今、何分?」

 僕はぜぇぜぇ息を切らしならが聞くとセルフが答える。

「9分を過ぎました。残り50秒です、坊ちゃん」

 後50秒でこの苦しみから解放できると思うと嬉しくなり、ここまできたら勝利しかないと自分に言い聞かせる。

 体力はほぼ尽きかけているし、意識も朦朧としてきた。

「あと少し、あと少し」と小さく口に出して僕は意識を繋ぎとめる。

 僕は後ろを振り返る余裕もなく、前だけを目指して歩き続ける。

 だが僕は自分の歩く速度が少し落ち始めていることに気付かなかった。

 僕の体感で40秒が過ぎたころ、僕の真後ろでセルフの声を聞いた。

「坊ちゃん、捕まえまし……」


 僕は後ろからセルフの手が伸びてくるのを直感で感じ、最後の力を振り絞って走った。

 しかし僕は5秒もしない内に力尽き、足がもつれて地面に倒れた。

 もう起き上がる気力も残っておらず、意識も朦朧で、後はセルフが僕を捕まえるのを待つだけだった。

 その前に僕の意識が無くなるのが先かも、と考えた僕の前にセルフがやってきて告げた。

「10分が経過しました。坊ちゃんの勝ちです」

 その言葉を最後に僕の意識は途絶えた。

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