第13話 セルフとけん玉

 坂本くんとセルフを引き連れて、僕の部屋まで案内すると、ふたりに適当に腰を下ろしてもらい、僕は父の書斎に古いおもちゃを取りに行く。

 父の書斎に入ると母が先に適当におもちゃを見繕ってくれていて、僕は両手でおもちゃを受け取った。

 そのまま僕は自室に引き返し、おもちゃを一度机の上に置いてから、けん玉を手にして説明を始める。

「これはけん玉っていうんだけど、本体に3つの皿とけん先があって、皿に本体から糸でつながった球を乗せたり、けん先に球にあいた穴を入れたりするおもちゃだよ。こうやって遊ぶんだ」


 僕は見本を見せるために、一番大きな皿に球を乗せてみようと何度か挑戦する。

 3回目の挑戦で球は見事に一番大きな皿の上に乗った。

 幼稚園の頃に一時的にハマっていて、その頃は今よりも上手に乗せることが出来たけれど、今は腕が落ちているようだ。

「今乗せたのが大皿で、皿によって全部サイズが違うんだ。反対側にあるのが小皿で、この下にある部分が中皿だよ。今度は中皿に乗せてみるね」

 僕は中皿を上に向けて持ち、中皿に球を乗せてみようと挑戦して、一度で成功することが出来た。

 少しカンを取り戻してきたのかもしれないと思い小皿にも挑戦するが、乗せるまでに二回かかった。


「こんな感じだよ。とりあえず坂本くんやってみる? セルフには最後にやってもらおう」

 僕が坂本くんにけん玉を渡すと、まずは大皿から挑戦を始める。

 1回目こそ失敗したが早くも2回目の挑戦で成功することができた。

 僕よりも坂本くんの方が運動神経に優れているということかもしれない。

 その後、中皿、小皿と挑戦してそれぞれ何度か失敗した後に成功させる。

「大場くん、この先の尖ったところは球の穴に入れたらいいんだよね」

「そうだよ。挑戦してみる?」

「うん」

 坂本くんが何度か挑戦するが、まったく成功しそうにない。


「球を回転させると、やりやすいらしいよ」

「こう?」

 坂本くんが球を横に回転させてから、再び挑戦するがそれでも成功することが出来なかった。

「難しいね」

「実は僕もあまり成功したことないんだ」

「そうなんだ」

「うん。じゃ、そろそろセルフにやってもらおうよ」


 僕は一度坂本くんからけん玉を受け取り、それをセルフに手渡した。

「それじゃ、セルフ。さっき僕たちがしたみたいに大皿から乗せてみて」

「かしこまりました」

 セルフは手が器用なので予想としては一度で乗せてくると思ったが、予想に反して1回目は失敗した。

 それもかなり下手くそで、大失敗だと言えるものだった。

 球を引っ張り上げる力加減が全然なっておらず、球が勢いよく上に放りあげられ、落下した球を受け止めたはいいが、軽くバウンドして横から落ちた。


「力の込めすぎだよセルフ。もっと優しく。球を引っ張り上げた時の頂点が、けん玉を持つ手の少し上くらいになるように調整しないと」

「もう一度、挑戦してみます」

 セルフが再びけん玉の大皿に球を乗せようと挑むが今度は、力が足りなくて球が手元まで上がりきらずに失敗した。

 それを見た僕の感想は、セルフも何でもすぐにこなせるわけではないのだなということだった。

 もともと坂本くんにセルフの優秀な姿を見せようと思って連れてきたのに、これじゃポンコツと思われてしまう。

 何とか成功する姿を見てもらおうと僕はセルフにアドバイスを送る。


「もう少し力を加えてもいいよセルフ」

「もう一度、挑戦してみます」

 セルフが球を引っ張り上げると、今度は程よい高さに上がり、大皿で受け止めるとピタリと止まった。

「やればできるじゃないかセルフ」

「ありがとうございます。坊ちゃん。力加減を憶えましたので次からは、失敗しません」

「じゃ、次は中皿に乗せてみて」

「かしこまりました」


 セルフのもう失敗しない宣言の通り、中皿には一度の挑戦で乗せることが出来た。

 ただ僕はセルフの乗せ方に欠点をひとつ見つけたので小皿には乗らないのではと危惧していた。

 とりあえず今のままで挑戦させてみようと思い、セルフに次の指示を出す。

「次は小皿に乗せてみて」

「かしこまりました」

 セルフが球を引っ張り上げると、今度も程よい高さに上がり、小皿で受け止めたが、ポロリと横から落ちてしまった。

 僕はやはりと思い、セルフに問題点を指摘する。


「セルフは本体を動かして受け止めるとき、横の動きしかしてないからだよ。受け止める瞬間に少しだけ本体を下におろすんだ。少しだけだよ。膝を使って体ごと上下運動するのもいいよ」

「わかりました。挑戦してみます」

 セルフが小皿への2回目の挑戦を行い、今度は完璧に近い動作で球を皿に乗せることが出来た。

「うまいうまい。そんな感じだよ」

「動作を記憶しました。次からは完璧に行なうことが、出来ます」

「ちょっとけん玉を貸してセルフ」


 僕はセルフからけん玉を受け取ると、けん玉の技で一番好きな、もしかめ、を披露する。

「まず大皿に乗せて、その状態から球を中皿に乗せるんだ。そしてまた大皿に戻してって感じでこれを繰り返すんだけど、これをもしかめっていうんだ」

 僕はもしかめを何度か実行したけれど、10回も続けることが出来なかった。

 以前なら30回くらい可能だったので、ずいぶんと下手くそになっているが、久しぶりなので仕方がない。

 とりあえず、もしかめをセルフにやってもらうためにけん玉を手渡した。

「それじゃ、さっき僕がしたみたいにやってみて」

「かしこまりました」


 セルフは完璧な動きで難なく大皿に球を乗せると、今度はそのまま中皿に乗せるために球を上に放り上げた。

 初めての動きは力加減が上手くいかないのか一回目は失敗する。

 もう一度大皿に球を乗せるところから始め、2回目に挑むと今度は中皿に乗せることができた。

「成功しました」

「今度はまた大皿に戻すんだ」

「かしこまりました」

 大皿から中皿に乗せるよりも、中皿から大皿に戻す方が簡単なので、セルフは一回目で成功させた。


「それじゃ、それを交互に続けてみて」

「かしこまりました」

 セルフが何度か大皿と中皿を往復させるが失敗する気配がなく、何度でも続けられそうだ。

 ただセルフのもしかめはひとつひとつ丁寧に行なっているが、見ていてスピード感がなく、もっと流れるような動作で行なってほしい。

「もっと速くしてみて」

「かしこまりました」


 セルフの動きが速くなりずいぶんとマシになったが、まだ動きに無駄があるせいか、どこかぎこちない。

「ちょっと貸してみて」

 僕が再び自分で、もしかめをやってみるが、回数は行かないけれど、僕がするほうがスピードは速い。

「何が違うんだろう。坂本くん分かる?」

「うーん。セルフは球を皿に乗せた後、安定するまで待ちすぎなんじゃないかな。大場くんは球が皿に乗るとき、膝の上下運動で衝撃を上手く吸収してすぐに上に放り上げてる感じだよ。あと中皿から大皿に乗せるとき、大場くんの方がソフトというか軽く浮かせるくらいで、あまり高く放り上げてない感じがする。セルフは大皿から中皿に乗せるときと、中皿から大皿に乗せるときで、上に放り上げるときの力加減が同じなんじゃないかな」

「なるほど」


 坂本くんの指摘によく見てるなと僕は感心し、たしかにその通りかもしれないと思った。

 自分は感覚で行なっているものを、言語化してもらえたような感覚だ。

 さっそく坂本くんの指摘内容をセルフに伝え、改善を促してからけん玉を手渡し、もしかめをさせる。

 それから何度も試行錯誤を繰り返した結果、劇的に良くなり最終的に一生ものすごいスピードで、もしかめを続けるマシーンと化した。

「坊ちゃん。どうでしょうか?」

「うん。完璧だよ」


 僕は若干、引き気味で答えたが、坂本くんはセルフのことを羨望の眼差しで見ていた。

 坂本くんも喜んでくれているみたいだし、けん玉遊びはこれくらいで十分だろう。僕はいつまでも、もしかめを続けるセルフに、次のおもちゃを与えてみようと考えた。

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