第10話 セルフの料理の実食と一日の終わり

 セルフの作ったチキンカレーが出来上がり、まず僕は母に頼まれて父を呼びに行った。

 おそらく居間にいるだろうと思い、居間に入ると案の定父はテレビを見てくつろいでいた。

「お父さん、夕ご飯だよ」

「飯か。そういえば腹が減って来たな。今日のメニューは何だ?」

「チキンカレーだよ。セルフが作ったんだ」

「おお、そうか。料理好きの母さんがセルフに作らせるなんて少し意外だな」

 父がリモコンでテレビを消しながら、よっこいしょと立ち上がる。


「お母さんもセルフが料理を作るところは興味があるって言ってたよ」

「そうなのか。俺もセルフが作った料理に興味があるな」

 そういって父は居間を出てのんびりとダイニングに向かう。

 僕は父の後ろを歩きながら、セルフがチキンカレーを作っていた時の印象を述べる。

「僕、セルフがチキンカレーを作るところずっと見てたけど、何か普通っぽかったよ」

「普通か。別に普通でいいんじゃないか。食べて美味しけりゃそれで十分だ」


 父が食堂に入るとテーブルの椅子に座り、僕も続いて椅子に座った。

 テーブルには既に水の入ったコップとスプーンが用意されており、僕はぐびりと水を飲んだ。

「母さん。カレーを持ってきてくれ」

「はいはい」

 父の分はセルフが、僕の分は母がカレーライスを持ってきてテーブルに置き、最後に母が自分のを用意して席に着いた。

「それじゃ、いただこう」

「いただきます」


 僕たち3人はいただきますを終えると、カレーライスをスプーンで食べた。

 ひと口食べた父と母が早速感想を述べる。

「うん。ちゃんとカレーライスになってるな。普通に美味い」

「そうね。特に変なところはないわね」

 ふたりの感想を聞いた僕はセルフの料理に対する採点が少し甘いのではと感じてしまう。

 確かに不味くはないし、普通に美味いのだが、もっとプロが作るような味を期待していた。

 正直セルフが作ったカレーライスは母が作るものと大差ないし、味に驚きを感じられない。


 などと考えてしまうのは贅沢なのだろうか。

 父と母はその辺りどう考えているのだろう。

 ちらりと視線を父と母に向けると、ふたりは満足そうにカレーライスを食べている。

 僕は自分の感じたことをふたりに話してみようと思い、口を開く。

「僕はもっとセルフの料理はプロ並みに美味しいと期待してたから、少しもやもやしてるよ」

「そうなのか。でもロボットに人のプロ並みをいきなり期待するのは酷なんじゃないか。お手伝いロボットが売りに出されたのはセルフが初めてなんだし、もっと技術が進歩して改良されれば美味しいご飯を作れるようになるんじゃないかな」


 父が僕を諭すように言って、それから母に視線を向ける。僕も母に視線を向けると何やら少し考えているようで、やや間をおいてから話し始めた。

「それより注文した料理のせいじゃないかしら。市販のカレールウを使ったカレーだから、誰が作ってもそんなに変わらないんじゃない。カレーとしてはよく出来てると思うわ。プロ並みの味を期待するならもっと難しい料理を頼んだ方が良かったんじゃないかしら」

 母の言葉に僕はなるほどと納得し、確かに簡単な料理を頼んだので出来上がりが普通っぽかったのかもしれないと思った。

 その後はカレーライスを食べ続けて、小食の僕はおかわりはしなかったけれど、綺麗に完食した。


「ごちそうさま」

 僕はカレーライスを食べ終えた皿と空のコップを台所の流し台に持っていこうとすると、セルフに声をかけられた。

「坊ちゃん。食器類を流し台に持っていくのは、セルフにおまかせください」

「そう? それじゃ、はい。お願いするね」

 僕はセルフに皿とコップを渡すと、セルフはそのまま台所の流し台まで持って行った。

 そして流し台に置き、汚れが落ちやすいよう水道を流して皿とコップに水で満たした。

 それが済んだら食堂のテーブル付近に戻り、父か母が食事を済ませるのを待つように佇んでいる。

 実際、次に食べ終わった母の食器類も素早く受け取り流し台に持って行って、先程と同じように皿とコップを水で満たした。

 最後の父に対しても同じように振る舞い、使用した皿とコップとスプーンがすべて集められた。


「奥様、洗い物はセルフに、おまかせください」

「食器洗いをしてくれるの? お願いするわ。食器洗いに使うスポンジはそこ。食器洗い洗剤はそれね」

 母がセルフに身振りを交えて説明すると、すぐさまセルフはスポンジを手に取りそこに食器洗い洗剤を数滴垂らした。

 そして丁寧な手つきでゆっくりと食器を洗い始めた。

 3人分の皿とコップとスプーンなので、さほどの時間がかからずにすべての食器類が泡に包まれた。

 次に水道の水で洗い流し始めたのだが、そこでふとした疑問が僕の中に浮かび上がった。


「あれ、セルフは水道水で直接手を洗ったりすることは避けた方が良かったんじゃないの? 手を洗う時に、濡れタオルがいいって言ってたよね」

 今見るとセルフは思い切り水道水を手に浴びているが、大丈夫なのだろうか。

 そういえば雨を浴びても壊れない程度には防水加工がされていると言っていたことを思いだす。

 しかし今手に浴びている水の量は雨とは比べ物にならない量だろう。

 水中の活動は壊れると言っていたが、食器洗いをしているセルフが僕は心配になってくる。

 しかしそんな僕の心配をよそにセルフは食器の水洗いを続けている。


「坊ちゃん。水道水で手を洗うのを避けたのは、別の理由です」

「別の理由?」

「そうです。少々お待ちください。食器を洗い終えたら、説明します」

 セルフがマイペースに食器の泡を水で洗い流すのを眺めながら、僕は別の理由とやらを考えてみるがさっぱりわからない。

 頭を捻っている間にセルフは水洗いを終えたらしく、母に洗った食器の置き場所を尋ねる。


「洗ったものはどこにしまえばよろしいでしょうか?」

「ここに水きりかごがあるから入れてちょうだい」

「かしこまりました」

 セルフが食器類を水きりかごに入れると、僕に近づき先程の説明を始める。

「まずセルフの手を、見てください。触ってみてもよいです」

 僕の顔の前にセルフは手のひらを上にして手を差し出したので、僕は近くで観察して触った。

「わかりますでしょうか。手の表面がゴムで出来ています。このゴムは高い摩擦と耐水性を備えた素材で出来ており、水に濡れても問題ありませんが、その代わりにやや脆いのです。頻繁に手をこすり合わせるとゴムの部分が摩耗して、薄くなるのです。もちろんすぐにというわけではありませんが、避けた方がゴムが、長持ちします。ちなみにこのゴムはセルフを開発するために生まれた、特殊なゴムで……」


 最後の方は何かセルフのうんちくが始まったけれど、僕は適当に聞き流していた。

 母は微笑みを浮かべながら聞いていたが、何となくよくわかっていない顔に見えた。

 こういった話は父の方が興味を持つかもと一瞬思ったが、そういえば父は理系科目が苦手だと話していたのを思い出し、その考えを捨てた。

 こうしてセルフが来た初日の仕事がすべて終わり、することが特になくなった。

 僕たち家族は何となく居間に集まりテーブルの周辺に座ってテレビを見て過ごした。

 相変わらずセルフは家族の話には自分からは加わらず、静かに正座して僕たちの話を聞いているようだった。

 夜の9時になり僕は寝る時間になって自室のベッドに向かう直前、少し気になることがあってセルフに質問した。


「セルフって夜の間はどうしてるの?」

「セルフは夜の間に充電して、その後に座ったままスリープモードに、入ります」

「そうなんだ。それじゃおやすみ」

 僕は自室へと向かい、パジャマに着替えてベッドに横たわり、今日一日のことを思い返していた。セルフのことを考えていると知らず知らずのうちに僕は眠りに落ちた。

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