第9話 セルフの料理

 僕たち三人が台所に来ると、母が食材の入ったスーパーの袋を手にして告げる。

「お料理はダイニングでしましょう。その方が料理をしている姿がよく見えるわ」

 そういって母は食堂のテーブルに食材の入った袋を持っていき、そこに食材を並べ始める。

 すべてを並べ終えると今度は台所に戻り、包丁とまな板、切った食材を入れる料理用バットなど必要な調理道具を調達してから食堂に戻って来た

「準備は整ったわ。それじゃ料理を始めてちょうだい」

「かしこまりました。ただ料理の前に念のため、手を洗わせてください。水道の水でも、洗えますが、出来れば濡れタオルで拭く方が、良いです」

「分かったわ。少し待っててちょうだい」

 一度ダイニングを出てタオルを取ってきた母が、台所の水道でタオルを濡らし、良く絞ってからセルフの元に戻って来た。

「自分で拭けるのかしら。私が拭いてあげた方がいいのかしら」

「大丈夫です。セルフは自分で拭けます」


 セルフは母から濡れタオルを受け取り、丁寧に手を拭いてからテーブルの椅子に座った。

「準備が整いました」

 セルフはまずは包丁とジャガイモを手に取り、皮を向き始めた。

 その様子を僕はテーブルの向かい側の椅子で、母は隣の椅子に座って観察する。

 これまでの仕事に比べ、ジャガイモの皮むきはかなり繊細な手の動きを要求する動作だが、セルフはこれを難なくこなす。

 するすると剥ける皮は薄くて無駄がないし、スピードも母より確実に早く進んでいき、あっという間にジャガイモの皮むきが終わった。

 最後に皮を剥き終わったジャガイモを手でくるくると回して確認し、見つけた芽の部分を包丁のあごの部分で綺麗に取り除いた。


「凄いわね」

 母がそういうのも納得するほど、セルフの動きは洗練され無駄がないように僕は思った。

「剥いた皮を捨てないといけないわね。ごみ箱を取って来るわ」

 母が椅子を立ち上がり、台所に行ってごみ箱を持ってきて、セルフの脇に置いた。

 その間にセルフはジャガイモを一口大に切るのを済ませ、母が持ってきたごみ箱に皮を捨て始める。

 その後は、一口大のジャガイモを料理用バットに入れ、次はにんじんに取り掛かった。

 にんじんのへたを切り落とし捨てた後、5センチくらいの大きさに切ってから皮を剥く。

 皮を全部剥き終わると乱切りにして料理用バットに入れた。


 次の玉ねぎは根元を切り落とし、頭の部分は一皮残して切って、そのまま茶色の皮を剥いていく。

 残った茶色の部分も巧みに包丁と指を使って剥いていき、すべて剥き終わると縦半分に切った。

 その後は、半分を乱切りにして料理用バットに入れ、残り半分をみじん切りにし始める。

 みじん切りとかセルフが超絶スピードで玉ねぎを切り刻むのを期待したが、母に比べて少し早いくらいで意外と普通だった。

 みじん切りが終わると、一度手を止めて母に話しかける。


「すみません。みじん切りの玉ねぎを入れる器を用意して、もらえないでしょうか」

「わかったわ」

 母が椅子を立ち食器棚まで行って小さな皿を一つ手に取る様子をセルフが見つめている。

 食器がある場所を今覚えているのかもしれない。

「これを使ってちょうだい」

 戻って来た母が料理用バットの横に丁寧に皿を置いて、再び隣の椅子に腰を下ろす。

「ありがとうございます」

 礼を言ったセルフは新たに置かれた皿を引き寄せ、玉ねぎのみじん切りを入れて、料理用バットの脇に置いた。


 そして最後の食材の鶏もも肉をまな板に乗せ、一口大の大きさに切っていき、特に問題なく切り終えた。切り終えた鶏もも肉も料理用バットに入れて食材の準備が整った。

「次の作業は台所ね。包丁とまな板は私が持っていくわ。セルフは食材を持ってきてちょうだい」

「かしこまりました」

 台所まで行くと母がテキパキと動き、カレー鍋をIHクッキングヒーターの上に乗せてセルフに続きを促す。


「それじゃ続きをお願いね。ちなみにうちのコンロはガスじゃなくてIHなんだけど使い方を一応教えておくわね。電源ボタンを2秒間長押ししたら電源が入るんだけど、その後にPOWERボタンで加熱が始まって、マイナスとプラスで温度調整するだけよ」

「かしこまりました」

 セルフが早速電源ボタンを長押しし、POWERボタンを押して加熱を始める。

「油はどこにありますでしょうか?」

「セルフの足元の所に収納されているわ」


 セルフが足元の収納の扉を開けて、中からサラダ油を取り出すと鍋の中に適量垂らした。

「菜箸はありますでしょうか?」

「あるわよ。ちょっと待ってね」

 母が食器棚へ向かい、菜箸を取ってきてセルフに手渡す。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 それからセルフは鍋が温まるまで少し待ち、頃合いを見計らって玉ねぎのみじん切りを鍋に投入した。


 ちなみに小柄な僕の身長では背伸びしても鍋の中身を覗くことが出来ず、中の状態が分からない。

 とりあえず今は玉ねぎのみじん切りを炒めていることが分かるくらいだ。

 セルフはしばらく玉ねぎを炒め、たまに菜箸で鍋の中を軽く混ぜていることが分かる。

 そして玉ねぎの炒め具合に満足したのか、料理用バットに入った食材をすべて鍋の中に入れた。

 再び菜箸で軽く混ぜながら食材を炒め始める。

 母が横から鍋の中を覗き込んで、食材の炒め具合を確認している。

 母が何も言わないということは、今のところ特に問題なく料理が進んでいるのだろう。

 しばらく食材を炒めた後、セルフが次に必要なものを要求する。


「そろそろ水を入れる準備をしようと思います。計量カップはありますでしょうか?」

「計量カップね。分かったわ。大きいサイズの方がいいわよね」

 そういって母はキッチンラックに乗っている500ミリリットルサイズの計量カップを手に取って、今は空の料理用バットの横に置いた。

「ありがとうございます」

 セルフが礼をいい、早速計量カップを手に取ってすぐ近くにある水道から水を注いだ。

 最初は500ミリリットルの水を計り、頃合いを見計らって鍋の中にすべて入れた。

 二度目もセルフが丁寧に水の量を計り、見た感じ計量カップに半分行かないくらいの量を、鍋の中に入れていた。


「後は20分ほど、煮込みます。あく取りやお玉などは、ありますでしょうか?」

「あるわよ」

 母は再びキッチンラックからあく取りを取って、それをセルフに手渡した。

「はい。これを使ってね」

「ありがとうございます」

 その後のセルフはあく取りをしながら水が沸くにつれて徐々に火力を弱くしていった。

 セルフがあく取りをしている間は比較的暇だったので、母がセルフに話しかける。

「セルフは料理をするとき、食材の火の通り具合とかどうやって判断してるのかしら。見て判断してるのかしら、それとも時間かしら」


「両方の情報などを総合的に、判断しています。セルフは知っているレシピ通りに、作ることしか出来ませんので、基本的に自分の判断で、応用は出来ません。レシピ通りの時間で料理を行ないますが、火加減などで多少の誤差が生じます。そこで食材の色の変化を見たり、搭載されている温度センサーによって、食材の火の通りを知ることが、出来ます」

「なるほど、温度センサーなんて付いてるのね」


 それからしばらく僕は無言でセルフがあく取りする様子を眺めていた。

 母は今のうちに洗い物を済ませようと、包丁とまな板、料理用バットと玉ねぎのみじん切りが入っていた小さな皿を洗い、食器棚やキッチンラックに戻していた。

 それから母は次に使うお玉と市販のカレールウを準備してセルフの近くに置き、カレー用の皿も3人分用意して、それから炊飯器を覗き込んで米がきちんと炊けたかチェックしていた。


 それらが終ると再びセルフの横に来て、食材が煮込まれている様子を一緒に見始める。そして煮込み始めて20分くらいの時間が経過して、セルフが言った。

「そろそろカレールウを、入れましょう」

 セルフがPOWERボタンを押して加熱を止めてから、市販のカレールウを割り入れる。

 そしてカレールウが溶けるまでしばらくお玉でかき混ぜてから、再びPOWERボタンを押して加熱を始めた。

 火力は最弱に設定し、最後の仕上げとばかりにお玉でゆっくりとかき混ぜる。

 台所に美味しそうなカレーの匂いが立ち込めて、僕のお腹がグルルルルと鳴る。

 もうそろそろ出来上がるんじゃないかと僕が思った時、セルフが告げた。

「チキンカレーが出来ました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る