第8話 セルフ洗濯を覚える

 セルフが掃除機を片付けるのを見届けると、母が微笑みながら告げた。

「まだすることは残ってるわよ。今度はお洗濯をしないと。とりあえず脱衣所に向かいましょう」

 母が先陣を切って脱衣所に向かい、脱衣所に入ると床に置かれた今は空の籠を指さして話し始める。

「この籠に洗濯する物が残ってる場合があるから、洗濯する時は必ず確認してね。今は何もないから大丈夫だよ。次は洗濯機が置いてある洗面所に向かいましょう」

 うちの家は脱衣所と洗面所が分かれているタイプなので、脱衣所を出て洗面所へと向かう。


「ここが洗面所よ。そしてこれが我が家の洗濯機。ドラム式で乾燥機能付きだから楽よ」

 洗濯機の中には昨日僕らが着ていた服が既に詰め込まれていて、僕は詳しく知らないが後はボタン操作をするだけで洗濯が始められるのだろう。

「セルフは洗濯機の使い方は分かる?」

「はい。おおむね分かりますが、機種によって細かな違いがありますので、一度説明してもらう方が、正確に行なえます」

「わかったわ。一度私がするから見ててね。まずは給水栓を緩めるわ」

 母が給水栓を緩めるところを見ながら、僕はボタン操作だけじゃ駄目だったのかと、ぼんやり思う。

 普段は意識して洗濯機を使うところを見たことがなかったので知らなかった。


「次に洗濯物をドラムに入れてドアを閉めるわ。今日はもう洗濯物はドラムに入れてあるけど、セルフが入れるときは洗濯物のポケットは全部中を確認してから入れてね。もしポケットの中に何か入っていたら知らせてね。全部の洗濯物を入れたらドアを閉める」

 母は閉まっていたドアを一度開けてから、セルフがよく見えるようにゆっくりとドアを閉める。

「そしたらここに電源があるから、電源を入れてね。洗濯のコースは標準でいいわ。だから電源を入れたら、ここのスタートボタンを押してね。次は洗剤と柔軟剤を入れるんだけど、この洗濯機は洗剤も柔軟剤も自動で入れてくれるタイプだから、毎回量っていれる必要はないわ。ここに液体洗剤タンクと柔軟剤タンクがあるからタンク内が残り少なくなってたら補充してね。替えの液体洗剤と柔軟剤はそこに置いてあるから」


 母がそう言って洗濯機の脇の棚に置いてある、詰め替え用の液体洗剤と柔軟剤を指さす。

「とりあえず今出来る説明はこんなところだけれど分かったかしら」

「はい。記憶しました。次からはひとりで出来ます」

「今日は順番が逆になってしまったけれど。洗濯機を動かしてから、掃除機がけをすればいいと思うわ。そうすれば無駄なく家事を行なえるから」

「かしこまりました」

「とりあえず洗濯機が止まるまで3時間くらいかかるから居間でゆっくり休みましょう」


 母が洗面所を出て居間に向かうのを、僕とセルフも後についていく。

 居間に着くと僕と母はテーブルの傍に座ったが、セルフは立ったままだったので何だか落ち着かない。

 そういえば食事中もセルフは立ったままだったが、僕は椅子に座っていて顔の高さがあまり変わらなかったのでそれほど違和感を感じなかった。

 しかし居間のテーブルは床に座るタイプなので、僕たちが座って傍に立たれると非常に気になる。

 セルフはお手伝いロボットなので、あまり家の中で自分からくつろぐことはないのかもしれない。

 母も同じように感じたのかセルフに向かって声をかける。


「座ってもいいのよ」

 僕はセルフが座ることを遠慮するかなと一瞬思ったが、そんなことはなかった。

「失礼します」

 セルフが一言添えてから腰を下ろし、足を器用に畳んで、背筋を伸ばし正座の格好で動きを止めた。

 もっとラフでもいいんだけどな、と僕は思ったがとりあえず座ったのでよしとしておく。

 母がリモコンでテレビの電源を入れて、適当にチャンネルを回しながら、セルフに呟く。


「洗濯機が止まったら洗濯物を取り出して、それを畳んで衣装ケースにいれる作業があるんだけど、今2時くらいだから洗濯機が止まるのが5時くらいになるわね。うちの家は6時に夕ご飯の時間だから、それまでに洗濯物を畳んで衣装ケースに入れて、その後料理も作らないといけないんだけど、セルフのカレーの調理時間はどれくらいかしら」

「40分くらいで出来ます」

「ギリギリ間に合うってところかしらね」

 その後は洗濯機が止まるまでの3時間を居間でテレビを見て過ごす。

 途中で父も居間にやってきて家族が揃い、雑談などを交えながら、家族団らんの時間が過ぎていく。


 母が僕に学校での様子を尋ねて、僕がそれにぽつぽつ答えると、父と母が満足そうに相槌を打って聞いてくれた。

 その時、セルフは表情がないので何を考えているか分からないが、黙って話を聞いていた。

 特に相槌を打ったりすることもなく、話に入ってくることもなく、黙ってその場に正座していた。

 苦手なものを聞いた時に言わなかったが、雑談も苦手なのかもしれない。

 セルフはお手伝いロボットなので、お手伝い以外は基本自分からは行なおうとしないのかもしれない。

 セルフに雑談をするように指示を出したら何か話し出すのだろうか。

 なかなか興味深いことではあるけれど、特に実行はしなかった。

 そして洗濯機が止まる頃の5時が来たので、僕と母とセルフは洗面所に向かった。


「止まってるわね。洗濯機が止まったら給水栓を閉めてね」

 母がセルフに説明しながら給水栓を閉めると、洗濯機のドアを開けて中身を洗濯物かごへと移し始める。

 すべての洗濯物をかごに移すと、三人分の洗濯物でかごが溢れるくらいだった。

「居間に戻りましょう」

 衣装ケースがある居間に戻ると母は広い位置に陣取って腰を下ろし、洗濯物かごを前に置いて、かごが手に届く位置に座るようセルフに指示する。

 セルフがかごの傍に正座すると、準備が整ったようで母が指示を出し始める。


「まずは洗濯物を畳んでしまいましょう。セルフは洗濯物の畳み方はわかる?」

「わかります」

「それじゃ、セルフもお願いね。私も手伝うから。聡もやってみる?」

 突然僕にも振られたが、面倒くさいので首を左右に振って拒否し、僕はふたりの作業を見守る。

 母とセルフが洗濯物を素早く畳み始め、畳まれた洗濯物が次々に出来上がっていく。

 ふたりの作業を見て思ったのは、母の畳み方はシンプルでスピードが速いのに対し、セルフの畳み方は母に比べると少し手が込んでいて出来上がりが綺麗に仕上がるといった感じだ。


 セルフの畳んだものは、まるでお店で並んでいるかのような仕上がりだ。

 すべての洗濯物を畳み終えて、セルフの仕上がりを目にした母もそのことに気付いたようだ。

「あら。とっても綺麗な仕上がりね。どうやって畳んだの?」

「はい。これをこうやって……」

 セルフが畳み終えた一枚を手に取って一度広げてから、母に見せるようにゆっくりと畳み始める。

 それを見た母が感心した表情を浮かべて、自分が畳んだ一枚を手に取り、広げてからセルフを真似て畳み始める。


「こんな感じかしら。とっても綺麗に畳めたわね。教えてくれてありがとうねセルフ」

「どういたしまして」

「それじゃ、最後に衣装ケースに入れてしまいましょう。衣装ケースはあそこの押し入れの中に入ってるわ」

 母が歩いて部屋の押し入れ前まで行き、ふすまを開けて中の様子をセルフに見せる。

 中は上段も下段も収納ケースがびっしりで、その内のいくつかを指さしながら母は中身について説明する。


「このあたりが普段よく使う服を入れた衣装ケースになっているわ。ここが主人の服、ここが私の服、そしてここが聡の服が入った衣装ケースよ。ところでセルフはどの服が誰の服か判別できるのかしら?」

「教えてもらえれば、憶えることが、できます」

「そう。それじゃ、とりあえず洗濯物を全部持ってこっちに来て」

「かしこまりました」

 セルフがカーペットの上に置いている畳まれた洗濯物をすべて重ねて持ち、母の傍まで移動した。


「私が分類して医療ケースに入れるからセルフはそれを憶えてね」

 母はセルフが持つ洗濯物を上から一つずつ手に取って、衣装ケースにテキパキと入れていく。

「これは私、これは主人、これも主人、これは聡で……」

 そうやって最後の一枚を衣装ケースに入れ終えると、母がセルフに確認する。

「どう。憶えられたかしら」

「大丈夫です。記憶しました。一応それぞれの衣装ケースの中も、確認させてください。他のものも、今憶えてしまいます」

 セルフは父の衣装ケースから順に中身を確認し始め、ケース内に手を伸ばして下に隠れているものまできちんと目を通していた。

 父が終われば母の、そして最後に僕の衣装ケースの中身を確認し、すべてが終るとセルフは母にいった。


「ここにあるものはすべて、記憶しました。次からはひとりで、出来そうです」

 母がにっこりと微笑み、セルフに期待するように告げる。

「そう。明日からお願いね」

「かしこまりました」

「それじゃ時間もないことだし、お料理を作りましょうか」

 そういって母はふすまを静かに閉じて、台所に向かい歩き始めた。

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