第7話 セルフの料理について

 セルフが書斎の掃除機がけを終えて、さらに次の部屋の掃除をしている時、母がやってきて昼食が出来たことを僕に告げた。

「わーい、ご飯だ」

「セルフも掃除を一度中断しましょう。ダイニングに案内するわ。掃除機はこのままここに置いておけばいいから。聡が昼ご飯を食べた後にまた掃除を再開してね」

「かしこまりました」

 セルフが掃除機のスイッチを切ってその場に置くのを見届けると、母は部屋を出て食堂へと向かう。

 母の後ろを僕とセルフがついて歩き、食堂に到着すると、セルフが室内を首を巡らせ見回していた。


 僕はセルフの横を通り過ぎテーブルに近寄ると、皿に盛られた美味しそうなチャーハンがみっつ、目に入った。

 それぞれの皿の隣にはスプーンと空のコップが置かれており、食事の準備がほぼ整っている。

 僕はテーブルに座り、やかんに作り置かれた緑茶をコップに注いでいると母が僕に尋ねてくる。

「お父さんがどこに行ったか知ってる?」

「散歩に行くっていってたよ」

「そう。それじゃ、先に食べちゃいましょう。セルフは少しそのまま待っててね」

「かしこまりました」


 僕と母が「いただきます」と呟いてチャーハンを食べ始めた。大場家の食事は母と僕のふたりで食べることも多い。

 平日は遅くまで父は家に帰ってこないし、休日も今日みたいに時間が合わないことが良くある。

 父の方も家族そろって食事するという、こだわりがあまりないようだ。

 とはいえ一緒に食べれるときは、食べるようにしている。

 僕が黙々とチャーハンを食べていると、母がセルフに向かって話しかける。


「セルフは料理ができると言っていたけれど、何か得意料理はあるのかしら?」

「セルフの料理はレシピを忠実に再現するだけですので、得意料理と呼べるものはありません」

「そうなのね。じゃあどんなレシピを作れるの?」

「日本の一般的な食事は大抵何でも、作ることができます。地域特有の郷土料理などは、作ることが出来ません。しかし作り方を教えてもらうことで、作ることが出来るようになります」

「なるほど。わかったわ。それにしてもセルフの料理はどんなものか少し気になるわね。私は料理が好きなんだけど、人にレシピを教わるのも好きなのよね。もちろんセルフが料理を作るところも興味があるし見てみたいわ。ただ毎日料理をお願いってわけにはいかないわね。私、料理をするのが大好きなんだもの。でもとりあえず今日の夕食はセルフに任せてみようかしら」


「かしこまりました。料理は何をお作りいたしましょう」

「聡は何か食べたいものあるかしら」

 僕は口の中のチャーハンを飲み込むと、少し考え、それから一言で答えた。

「カレー」

「わかったわ。それじゃ、セルフ。夕ご飯はカレーを作ってちょうだい」

「かしこまりました。何カレーにいたしましょう。お肉は何が良いですか?」

「僕、チキンカレーが食べたい」

「かしこまりました。それではチキンカレーをお作りします。楽しみにしていてください」


「後でセルフが作るカレーの詳しいレシピを教えてちょうだい。食材を買ってこなくちゃいけないから」

「かしこまりました」

 話がひと段落すると、僕は再び黙々と食事に戻り、チャーハンを食べ終わると緑茶を飲んで「ごちそうさま」と言ってから一息つく。

「聡にお願いがあるんだけど、紙とペンを取ってきてくれない。レシピのメモを取らないといけないから」

「うん、わかった」


 僕が椅子を立ち上がり、紙とペンが置いてある居間まで行こうと歩き始めた時、セルフが何かもの言いたげに僕を見ていたので声をかけた。

「セルフも一緒に来るか。紙とペンがある場所を教えてあげるよ」

「行きます」

 それから僕はセルフを連れて居間まで歩き、メモ用紙とペンがいつも置いてあるテーブルの上を指さす。

「ここにいつもメモ用紙とペンが置いてあるよ。もしなければ」

 僕は部屋の端にある棚を指さして答える。

「あの棚に筆記用具類が沢山置いてあるから。憶えておいてね」

「はい、記憶しました」


 今日はテーブルの上にメモ用紙とボールペンがあったので、それを持って母が待つ食堂まで戻る。

「はい、お母さん。持ってきたよ」

「ありがとう。聡」

 まだ食事中の母は微笑みながらメモ用紙とボールペンを受け取ると、さっそくセルフに聞く。

「それじゃセルフ。レシピの食材を教えてちょうだい。ゆっくり言ってね」

「かしこまりました。鶏もも肉、玉ねぎ、人参……」

 セルフが今日作るチキンカレーの食材を話すのを聞いていると、特に変わった食材を使うことはなさそうだ。

 オーソドックスなチキンカレーが出来ることが予想されるので、安心して待つことができる。


 母がメモ用紙にセルフのレシピの食材を書きとると、ボールペンをセルフへと手渡す。

「このボールペンを元のあった場所に戻しておいてちょうだい。それから掃除を再開してね。聡もセルフを見ててあげて。私は昼食が終わったらスーパーに食材を買いに行ってくるから、帰ってくるまでふたりに掃除を任せるわね」

「かしこまりました」

「はーい」

 それから僕はセルフがきちんとボールペンを居間のテーブルの上に戻したことを確認し、掃除が途中になっている部屋まで向かう。

 向かう途中、鼻歌交じりで散歩から帰った上機嫌な父と出会い、軽く言葉を交わす。


「もう飯は食ったか?」

「もう食べたよ」

「そうか」

 それだけいって父はダイニングの方に歩いていった。

 掃除途中の部屋まで来た僕はセルフに改めて掃除再開の指示を出し、その後はセルフの様子を見届ける。

 相変わらず黙々と問題なく掃除を終らせたセルフに次々と新しい部屋を案内する。

 2階へ行く時、セルフが手に掃除機を持ったまま階段を登れるのか少し心配したが杞憂だった。

 難なくすいすい階段を登り、上から見ていた僕を安心させた。

 2階の部屋の掃除機がけをしている途中に、母が買い物から帰ってきて合流した。


「それじゃセルフ残りの部屋も頑張って掃除しちゃいましょう」

「かしこまりました」

 母が戻り、僕の役割は終ったので、後は母に任せて僕は自室に戻ってもよかったが、セルフが気になるので結局全ての部屋の掃除が終わっても残っていた。

「奥様、これで最後の部屋の掃除も、終わりました」

「ありがとうねセルフ。本当に助かるわ。お家が広いから毎日大変だったのよね。部屋の掃除機がけに関してはこれから毎日お願いするわね。掃除をする時間も指定した方が良いのかしら。詳しい時間は後で考えるけど午前中とだけ言っておくわ。それと明日からは付き添いがなくても全部ひとりで出来るかしら」

「すべきことは全て記憶いたしましたので可能です」

「もしひとりで掃除中に判断できないことがあったら、すぐに家の誰かに知らせてね」

「かしこまりました」

「とりあえず掃除機を片付けに行きましょうか」

 母が部屋を出たので、僕とセルフもその後に続き、部屋を出た。

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