第6話 セルフとふたり

 セルフとふたりになった僕はまず一番肝心な疑問点をセルフに聞いた。

「ねえ。セルフはそもそも僕のいうことも聞いてくれるの?」

「もちろんです。坊ちゃん。セルフは家族みんなの言うことを、聞くようにできています」

「そうなんだ」

 僕はセルフの言葉に少し安心して、それなら気楽にお手伝いを命じることができる。

「じゃあとりあえず僕についてきて」

「かしこまりました」

 僕は廊下を歩き、まだ掃除をしていない父の書斎に先に入ってセルフを案内する。

「この部屋はお父さんの書斎だよ。今日は使ってないけど土日でもよくここで仕事を持ち帰ってしてるみたい」


 後からセルフが掃除機を持って入ってきて部屋の中を一度見回し、それから僕に視線を向けた。

 指示をくれと言いたいのだろう。

「それじゃ、この部屋に掃除機をかけてくれる?」

「かしこまりました」

 初めて入った部屋にもかかわらずセルフはコンセントの場所を自分で発見し、電源プラグを差し込む。

 部屋に入った時に室内を見回していたのでその時にコンセントの位置を把握したのだろう。

 必要なことを先読みして自分で考えて行動した結果だろうか。

 人なら簡単に出来ることでもロボットにそれをさせるのは大変なのではないだろうか。


 でも新しい部屋に来たら必ず室内を観察するように出来ているだけかもしれない。

 その辺どうなっているのか僕には判断が付かず、興味が尽きない。

 などと考える間にセルフは掃除機をかけ始めており、相変わらず黙々と作業をこなしている。

 そういえば作業をしながら喋るところを聞いたことがないなと思い、少し悪戯心が芽生える。

 ここはひとつ試練を与えようと思い、セルフが手と口を同時に動かせるかを検証する。

「セルフはさあ」

 僕が口を開くとセルフは話を聞く態勢に入ったのか動きを止め僕の方に向いた。


「作業は続けたままでいいよ。僕の話は別に重要じゃないし」

 セルフは一度掃除機に目を向けたが、すぐさま僕の方に顔を戻してくる。

 その姿は一瞬どうするか迷うような素振りで、ロボットも迷うことがあるのかなと考える。

「坊ちゃん。セルフは人の話は相手の目を見て聞きなさい、と教えられています」

 一瞬、誰に? という疑問が浮かんだが、今はそんなことどうでもいいので聞き流す。

「そう言わずに作業は続けててよ。話が長くなるかもしれないし、単なる雑談なんだから。話に夢中で掃除が出来てないと、僕が後でお母さんに怒られるかもしれないから困るんだ」

 僕は何とかセルフの説得を行なうために頭を働かせて言葉を選び、いかにも困ったという口調でお願いした。


 雑談なら後でと拒否されるかなとも思ったが、セルフは僕の願いを聞き入れてくれたみたいで「かしこまりました。それでは作業を続けます」と答えた。

 セルフが掃除機がけを再開し、僕はその様子をにやにやしながら何を話そうかと考える。

 セルフの限界を探る試練なので、セルフに少し負荷がかかる内容が良いが、そんなものあるだろうか。

 良い案が浮かばず、あまり待たせるのも不審がられるかもしれないので、妥当にセルフのことを詳しく聞いてみた。

「セルフって何か苦手な事とかあるの?」

 はたしてセルフは作業しながら質問に答えることが出来るのかと、僕はワクワクしながらセルフの返事を待つ。


 するとセルフは少しだけ返事が遅れたけれど、掃除機がけを行ないながら話し始めた。

「あります。セルフは感情表現が得意ではありません」

「得意ではないということは、出来ないことはないということ?」

「はい。最低限の感情表現は可能です。具体的に言えば、感謝と謝罪の言葉を述べることが出来ます」

「そうなんだ。そもそもセルフに感情ってあるの?」

「セルフに感情はありません。ただ考えて行動するだけです。しかし考えた結果、感情表現をすることが、ベストと判断される場合もあります。先ほど述べた感謝の言葉もそうですが、嬉しさを表現した方がご主人様たちに、喜ばれる場合があります。困った時にはそのことを言葉で、または動作で表現することが出来ます。セルフがミスをした場合は、心を込めたように謝ります」


 心を込めて、ではないところがセルフの機能としての限界なのだろう。

 僕の質問に答えてもらう形で、セルフのことをより詳しく知ることができて僕は嬉しくなる。

「ちなみに他にもまだ苦手ってあるの?」

 この際だからセルフの苦手を全て聞き出したい欲求に駆られて僕は質問を重ねる。

「セルフは人に暴力を振るうことも、苦手です」

「え?」

 何か今とんでもないことをさらっと言った気がしたけれど、僕の聞き間違いだろうか。


 これまでの会話の流れからすると苦手ってことは不可能ではない、と聞こえてしまう。

 あまりからかったり悪戯したりすると怒り出して暴れ始めるんじゃないだろうな。

 僕が内心少しビビッていると、セルフが安心させるように付け加える。

「セルフは平和主義なのです。安心安全です」

 何かちょっと失言をカバーするみたいになってるけど、本当に大丈夫なのだろうか。

 この話題に小さな危険を感じ、ここでバッサリと終らせる。

「平和主義なのはいいね。僕も賛成だよ。他にまだ苦手はある?」

「苦手というより、セルフに出来ないことがみっつ、あります」

「それは何?」


「まずは泳ぐことです。セルフは水中での活動は、まったく出来ません。沈んでしまいますし、セルフが壊れてしまいます。ちなみにセルフのボディは防水加工が施されており、雨の日に傘を差さなくても、壊れない程度には水を弾きます」

「大雨でも大丈夫なの?」

「大丈夫です。しかし推奨はしないので、雨降りの外出は傘もしくはレインコートの使用を、検討してください」

「わかった。憶えておくよ。それで次の出来ないことは何なんだい?」

「走ることです。セルフは走ることが出来ません」

「そうなんだ」


 セルフの歩き自体は非常にスムーズなので、走ることも出来そうなイメージだけれど、出来ないのか。

 まあでも泳ぐこともだが、走れなくても家のお手伝いをするのに影響はないだろう。

「みっつめは何なの?」

「セルフは乗り物を運転することができません。移動手段は徒歩のみになります」

「乗り物ということは、自転車や車は運転できないってことだね」

「はい。その通りです」

「苦手や出来ないことはそれで全部なの?」

「はい。セルフが自分で把握しているのは以上です」

「質問はこれで終わりだから、後は掃除機がけを続けてくれたらいいよ」

「かしこまりました」

 セルフが黙々と書斎に掃除機をかける姿を、僕は黙って見続けるのだった。

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