第3話 父と僕、そしてセルフの到着
その日はよく晴れた春の日曜日で、僕と母がロボットを見に行って購入手続きを行なった翌週だった。
予定では今日の午前中にロボットが僕の家に運び込まれる予定で、家族勢ぞろいでロボットが届くのを、今か今かと待っている。
まあ家族勢ぞろいとはいっても3人家族なので、父と母と僕が待機しているだけなのだけど。
昨日の夜はロボットがもうすぐ家に届くのかと思うと興奮して中々眠れなかった。
今朝も早くに目が覚めてしまい、そのまま起きて居間に向かうと父も母も既に起きていて、僕を見るなり二人してクスクスと笑った。
ロボットが待ち遠しいという僕の興奮を見透かし、さらには共感して思わずこぼれたのかもしれない。
僕が少し戸惑っていると、父の明るい声と、母の優しい声で「おはよう」と朝の挨拶をしてきた。
僕も両親に「おはよう」と返し居間のテーブルの空いた位置に座った。
朝食のトーストを母に作ってもらって食べて、最後に牛乳をぐびぐびと飲み、一息ついた。
それから三人で居間のテレビを見ながら談笑し、現在に至るというわけである。
ちなみに今の時間は午前の8時過ぎで商品が配達されるにはまだ少し早い気がする。
しかし父なんて全然待ち切れないのか10分に一度くらいの頻度で席を立っては玄関から外に出て、家の前を通る自動車を眺めに行っている。
父が残念そうに帰ってくるたびに母は微笑みながら父に声をかけるというのを繰り返している。
そして今またそわそわした父が「ちょっと外を見てくる」といって立ち上がり居間を出て玄関の方へと歩いて行った。
父が一番楽しみにしているのか行動が少し子供じみていて笑える。
僕が微かに失笑していると、それを目ざとく見つけた母が僕に優しく話しかけてくる。
「おかしなお父さんね。あんなに頻繁に見に行かなくてもいいのにね」
そういって母は可笑しそうにクスクスと笑い、父が出ていった扉を優しい表情で見つめる。
「何時くらいに届くんだろう。正確な時間、お母さん知ってる?」
「お店の人は8時から12時の間っていってたわ」
「じゃあ早ければ。もうすぐ届くかもしれないんだ」
それを知ってて父も玄関先で待機しているのかもと思ったが、よく考えると父は7時頃から居間と玄関先を往復していたので、ただ待ちわびているだけだろう。
「早く届けばいいのに」
「焦らなくてもその内届くわよ。ゆっくり待ちましょ。そうだ聡、紅茶でも飲む? 母さん淹れてくるわ」
「うん。お願い」
母は立ち上がり居間から出て台所へと去っていった。
一人残された僕がぼんやりとテレビを眺めて時間をつぶしていると、配達の車を見つけられなかった父が戻って来た。
「なかなか来ないな。あれ、母さんは?」
「今、紅茶を作りに台所に行ってる」
「そうか」
父が先ほど座っていた場所に座り、テレビへと目を向ける。
しばらく二人とも黙ってテレビを見ていたが、父が視線をテレビに向けたまま、おもむろに僕に語り始めた。
「父さんな。ロボットはロマンだと思うんだ。男のロマンだ。父さん今でこそ普通の会社員やってるけど子供のころは将来研究者になってロボットを作りたかったんだ」
父の稼ぎは普通の会社員レベルでは済まないけれど、それは突っ込まないでおいた。
「今の聡と同じくらいの歳に、父さんロボットアニメにハマっててな。大きくなったら自分でロボットを作ってやると本気で思ってたよ。ただ父さん理系科目の勉強があまり得意じゃなくてな。高校生になるころには自分には無理だと完全に諦めてしまったよ」
そういって豪快に、アハハハ、と笑い、それからすぐ真顔に戻って話を続ける。
「だから今日、我が家にロボットがやって来ると思うと、子供のころの夢が蘇って嬉しくなるよ。自分で作ったロボットではないけど夢が叶ったような気分だ」
父が照れくさそうにはにかんで、テレビに向けていた視線を僕に向けてくる。
「聡には何か夢はあるかい?」
「うーん、今のところ特に何もないや」
僕が父の目を見て答えると、父が少し寂しそうな表情を一瞬だけ浮かべて、頷く。
「そうか。急いで見つけることでもないが、夢があるのはいいことだぞ。夢の実現に向かって動いていると毎日が生き生きとしてくるものだ。聡にも何か見つかるといいな」
「うん」
僕は曖昧に頷き、父の言葉を頭の中で反芻させて、夢について考えてみる。
正直、現時点ではまったく将来について考えられないが、そこをあえて想像してみると、お先真っ暗で悲観的な想像しかできない。
僕みたいな体に問題がある子供が、人並みに夢を追いかけ叶えるなんて、出来るだろうかと思ってしまう。
弱者は弱者らしく社会の底辺に打ち捨てられて暗い人生を送るのが関の山ではないだろうか。
そう思うと気分が沈んできて、僕の表情が陰るが、暗い気持ちを吹き飛ばす元気な声で父が僕に声をかける。
「そんな暗い顔をするな。俺は別に夢を叶えろといってるんじゃない。夢を持てといってるだけだ。持つだけなら誰でもできてお得だぞ。別に難しいことをするわけじゃない」
「持つだけでいいの?」
「そうだ。持つだけでいい。どうせ子供のころの夢なんてほとんど叶える人いないんだから好きに思い描けばいい」
父はそういって、がははは、と大笑いする。
正直、持つだけでいいというのは暴論のような気もするが、夢を持ち、目指すことは悪いことではないと理解できる。
ただやはり現時点では僕に目指すものは何も思い浮かばないし、夢を持つことを躊躇してしまう気持ちも残されている。
それでも夢について少し前向きに考てみる気持ちが父のおかげで芽生えた気がする。
僕が心の中で父に感謝していると、母が紅茶の入ったカップを3つお盆に乗せて、居間に戻って来た。
「お茶の時間にしましょう」
母が穏やかな口調で告げ、テーブルの上に紅茶の入ったカップとスプーン、それにスティックシュガーを並べていく。
僕は紅茶にスティックシュガーを2本入れてスプーンで溶けるまでかき混ぜてから熱い紅茶を一口飲んだ。
高級な紅茶の香りが嗅覚を刺激し口内に柔らかな味が広がる。
僕はこの紅茶が大好きで、正直とても美味しい。
熱い紅茶をちびちび飲み進めると自然と笑顔がこぼれる。
両親の顔にも満足げな表情が浮かんでおり、紅茶ひとつで幸せな時間を過ごすことができた。
紅茶を飲んだ後、父は再び玄関先まで行って配達の車が来ないかチェックし始めた。僕は最近の学校の出来事などをのんびり母に話して時間を過ごし、ロボットが届くのを待った。
そして時計の時刻が9時を回るころ、興奮した父が居間に駆け込んできて、叫んだ。
「来たぞ!」
それだけ言って父はまた急いで玄関の方に戻っていく。
僕も急いで腰を上げて廊下を早歩きで進みながら玄関まで来て、靴を履き替え玄関から飛び出した。
庭を突っ切って道路の方まで出ていく。
するとちょうど万能型お手伝いロボットセルフの文字とイラストが塗装された車から、まるで棺桶のような箱を男二人で運び出すところだった。
またもう一人車から男が降りてきて父に向かって告げる。
「ご注文の品をお届けに参りました」
「うむ。ありがとう」
「大変重たい商品ですので我々が運ばさせていただきますが、どちらまで運べばよろしいでしょう」
「それでは居間までお願いします。ご案内します」
そういって父が配達に来た人たちを案内するために庭を横切り、目的地に向かって後ろを気にして歩き始めた。
僕は大きな箱を運ぶ二人の男たちのさらに後ろから見守るように歩く。
父が家の中に入り、廊下をゆっくり歩く。
「こちらです」
父が居間へと入り、箱を下ろす場所を男たちに指示して、箱が下ろされるのを見守る。
男たちがゆっくりと箱を居間の床に横たえると、父は安心したのか溜息を一つついた。
「それでは確かに商品をお届けいたしました。こちらにサインをお願いします」
「ああ、はい」
父が男から紙とサインペンを手渡され、さらさらとサインをし、紙を男に返す。
「それではありがとうございました」
そういって男たちが部屋を出ていき、後には両親と僕と棺桶のような箱が残された。
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