第2話 出会い
母と並んで話しながら歩き続けてしばらくすると駅前にやってきた。
お買い物とやらは駅前にある店でするのだろうかと僕は辺りを見回すが、母は周辺には目もくれず駅に入っていく。
「電車に乗るの?」
「そうよ」
母が当然といった感じで答えて、僕は一体どこに連れていかれるのだろうかと考えるがさっぱり分からない。
わざわざ電車に乗ってお買い物に行くなんて僕の記憶にはない。
僕の家は都会にあるのであらゆるものが自宅から自転車で行ける範囲で手に入る。
だから母は普段お買い物に電車なんか使わず自転車を使う。
目的地が近ければ徒歩で行くこともあるので今日はそのパターンと思っていたが、予想が外れたみたい。
そんなことを考える内に、母は手早く切符を購入し僕に手渡した。
そして改札を抜けて駅のホームに来て電車を待つ間、僕は気になっていた事を母に聞く。
「一体どこまでいくの?」
その言葉に母は反応し、僕に視線を向けて、少し考える仕草をしてから口を開いた。
「電気街よ」
そういって母は続けて日本で最も大きな電気街である目的地の地名を僕に話した。
この町から電車一本で30分はかかる所にある電気街で僕はまだ一度も行ったことがない。
電気街ということは何か電化製品を買うのだろうか。
それも近所の家電量販店では手に入らない何かを母は今日求めているということか。
一体それが何なのかまるで想像できないが、僕は買うものに興味が湧く。
その時、電車が来て僕らは乗り込み、空いている席に母と並んで座った。
電車がゆっくりと出発し、ガタゴトと僕らを揺らし始める。
「電気街ってことは、お買い物の内容は電化製品ってことでいいんだよね」
母は再び少し考える仕草を取り、僕を見てしばし無言の時が過ぎる。
僕にどこまで話そうか今考え中なのかもしれない。
そして母は言葉を選ぶように穏やかな口調で話し始める。
「そうね。電化製品と言えるでしょうね。でもそれを知っても想像できないと思うわ。これまでにない商品だもの。実際に目にするまで我慢ね。見たらきっと驚くと思うわ」
「そうなんだ」
母の言葉で僕は考えるのを放棄して、大人しく座席に座って目的地に着くのを待つ。
電車に乗る間は特に会話もなく、落ち着いた時間が過ぎていく。
車窓からの景色をぼんやり眺め、到着までの時間を楽しんだ。
そして目的地の駅へと到着する。
「降りるわ」
僕は座席を立ち上がり、人混みの中を母のすぐ後ろについて移動し電車を降りた。
僕が初めて降りたこの駅は、さすがは日本最大の電気街にある駅のホームで、人で溢れかえっていた。
僕の家がある街も都会だが、これほど人を見るのはお祭りの時くらいで、一瞬何かあるのかと勘ぐってしまうほどだ。
僕が人の多さに圧倒されていると、前にいる母が後ろを振り返り、僕がついてきていることを確認し声をかけてくる。
「はぐれないように気を付けてね」
「うん」
僕は母と離されないよう後ろにピッタリくっついて歩き、階段を降り、改札を抜けて、駅を出た。
外に出てまず目に飛び込んでくるのは、辺りを歩いている大勢の人で、それから立ち並ぶ沢山のビルや店舗、そして相変わらず広がる青空だ。
初めて日本最大の電気街に来て僕は思わず「すごい」と感嘆の言葉を漏らす。
そんな僕の隣では母が鞄からタブレット端末を取り出し、何やら画面をタッチ操作しており、しばらくして満足そうに微笑んだ。
「行きましょうか。こっちよ」
母がタブレット端末を鞄の中にしまい、僕を手招きしてゆっくり歩き始めたので、僕も遅れず母の後についていく。
歩きながら通り過ぎる様々な店舗に目を向け、色んな店があるんだなと、少しワクワクした気持ちになる。
5分ほど歩いた後に母が歩みを止めて、僕にゆっくりと振り返り、そして一言告げた。
「着いたわ」
目の前にはビルが建っており、そのビルの上から下まで全て一つの家電量販店で占められていた。
母が躊躇なく他の客の流れに乗って店の中に入るのを、僕も遅れずについていく。
とりあえず目的地は一階ではないらしく、エスカレーターに乗って上の階を目指す。
3階まで来て母がエスカレーターを降りて、店員がやたら沢山いる大きなフロアを歩く。
そして歩きながら前方の人だかりの方を指さして、僕に得意げな表情で告げた。
「今日のお買い物はあれよ」
僕は前方の人だかりのさらに奥に目を向けたが、僕の身長では人々が邪魔で何がそこに売られているのか判別ができない。
僕はゆっくりと近づき、人だかりをかいくぐって前方に出て、そしてそれを目撃した。
「ロボットだ!」
僕は驚き思わず声を上げてから、まじまじとそのロボットを観察した。
全身は主に白く体の表面はぱっと見た感じ高級なプラスチックを思わせる素材で出来ている。
なぜか体にニコニコマークが描かれた黄色のエプロンを身に着け手には包丁を持ち、僕らの見ている前でキャベツの千切りを始めて度肝を抜かれた。
動きはめちゃくちゃなめらかというか、自然な感じで、あまりの自然さに中に人が入っているんじゃ、と思い始めたところでキャベツの千切りが終わり、突然話し始めた。
「この様に私は料理をすることができます。他にも家事に関することなら、何でもすることが出来ます。知らないことも、何でも憶えることが出来ます」
少しだけ合成音声っぽさが残る点もあるが、おおむね自然で気にしなければ何ともないような声だった。
僕が目を丸くしてロボットを眺めていると、母が手にパンフレットを持って隣にやってきた。
僕のロボットへの反応を嬉しそうに眺めて、笑顔で聞いてくる。
「凄いでしょう」
「うん。でもこのロボット何なの? 商品なの?」
「そうよ。パンフレット見る?」
「見せて」
僕は母からパンフレットを受け取り、表紙に目を向けると、万能型お手伝いロボットセルフ、という言葉が目に入った。
それからパンフレットの中をパラパラ流し読みすると、色んな出来ることが書いてあり、炊事、洗濯、掃除、などをする姿が描かれている。
僕は一体このロボットはいくらするのだろうと興味が湧き調べると、目玉が飛び出るほどの高額だった。
だが僕の家はかなり裕福な家庭であり、母が買うと言っている以上、金銭的な問題はないのだろう。
パンフレットを母へと返し、再びロボットに目を戻すと、次なるデモンストレーションとして台の上の洋服を次々と綺麗に折りたたんでいた。
とにかく手が器用なようで自然な動きを実現するロボットは僕の興味を引く。
興味津々の目でロボットを眺めていると隣の母が聞いてくる。
「気に入ったかしら。聡がこんなロボット家にいてほしくない、嫌だっていうなら、もう少し買うかどうか考えてみるけれど。どう?」
「別に嫌じゃないよ。むしろ興味津々だよ僕は」
「そう。それなら良かったわ」
母は安心したように柔らかく微笑んで、僕を見ながら言葉を続ける。
「こんなのいらない、って駄々をこねられたらどうしようって、お父さんと話してたの。日々の生活空間に入ってくるものだから、聡の生活に影響を与えるかもしれないし。それを嫌がるんじゃないかって」
「そんなこと嫌がったりしないよ僕」
「そう。心配は杞憂だったみたいね」
最近の僕はいつも家の自室にこもっていて、両親から少し気難しい子供と思われていたのかもしれない。
単純に体を動かすのが苦手で、一番落ち着く自室でいつも読書などをしているだけなのだが、両親にとって僕の様子は少し心配なのかもしれない。
もう少し両親を安心させる振る舞いをした方が良いと僕はその時思った。
「じゃあ母さんは購入の手続きしてくるから、聡はちょっとここで待っててね」
「うん」
母がその場を離れていったので、僕はロボットを再び観察して時を過ごすことにする。
ロボットのデモンストレーションは2種類だけなのか再び包丁を手にしてキャベツの千切りを行なうところだった。
僕は母が戻ってくるまでの間、何度も飽きずにその行動を見続けた。
それが僕とそのロボット、セルフとのファーストコンタクトだった。
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