第4話 セルフの充電と起動

「とりあえず箱を開けてみよう」

 父が箱のそばに腰を下ろし、蓋に手をかけてそのままゆっくり持ち上げると、中に横たわったロボットと説明書が見えた。

 父が蓋を脇に下ろし、説明書に手を伸ばして中を確認する間、僕はロボットに目を向け観察する。

 一度見たパンフレットによると、いくつかのカラーバリエーションがあるようだったが、購入したのは売り場で見たロボットと同じ白色のボディカラーのようだ。

「これって初めから充電されているのかしら」


 僕の横で箱を覗き込んでいた母が、素朴な疑問を口にして充電ケーブルを探し始める。

 僕も母を手伝い箱の中を念入りに調べると、箱の底がクッション材になっており、そしてロボットの腰の横あたりに充電ケーブルを発見した。

 一応念のため他の備品がないか調べると保証書を見つけ、他には何も見つからなかった。

「とりあえず充電してみましょうか。あなた、この箱をもう少しコンセントの近くまで動かしてくれる?」

「ああ、わかった」


 母が説明書に夢中の父にお願いして、僕も手伝い父と箱を押してカーペットの上を滑らせコンセント付近まで移動させた。

「ありがとう、あなた。それとこのケーブルはロボットのどこに挿せばいいのかしら」

「腰のあたりに挿せばいいと書いてあったぞ」

 父がロボットの腰のあたりを調べてケーブルの差込口を探すと、腰の前面に見つかった。

「ここだな。よしケーブルを繋いでみよう」

 父が充電ケーブルを掴んでロボットに挿し、反対側のプラグをコンセントに挿した。

「何か変化はあるか?」


 僕はロボットの変化を注意深く調べて、すぐにある変化を見つけることができた。

「目が少し赤く光ってるよ」

「本当ね。充電中は目が淡く光るのね」

「説明書によると充電完了まで1時間以上かかるみたいだ。しばらくこのままにしておくか」

 父がロボットの傍を離れてテーブルまで行き、そこに座って説明書を読み始めた。

 僕と母もテーブルまで行って座り、つけっぱなしのテレビに目を向けて時間をつぶす。

 正直、ロボットの事が気になってテレビの内容がまったく頭に入ってこない。

 母も気になるのか時折ロボットの方に目を向けてはうっすらと微笑んでいた。

 父は黙々と説明書を読んでおり、たまに興味が引かれることが書いてあるのか「ほぅ」とか「なるほど」と一人で相槌を打っていた。


 30分後には説明書を読み終えたのか、父が説明書をテーブルに置いて、ロボットの様子を見に行った。

「特に変化はないな」

 そういって父は再びテーブルの前に戻って座り、テレビを見始めた。1時間後、今度は僕が待ちくたびれてロボットの様子を見に行った。

 相変わらず目が赤く、淡い光が灯っている状態で、何ら変化は無い。

 まだ充電中なのだろうと思い、テーブルに戻ると父が聞いてくる。

「どうだった。何か変化有ったか?」

「ううん。変わらない」

「そうか」


 短い言葉を交わし、それから僕らは再びテレビに目を向けた。

 充電を始めて一時間半が経った頃、再び父が立ち上がり「そろそろいいんじゃないか」といってロボットの様子を見に行く。

 ロボットの目を覗き込んだ途端、父は嬉しそうな声で告げた。

「目の色が変わっているぞ。充電が完了したんじゃないか」

「え、ほんと? 僕も見る」

 僕も立ち上がりロボットに近寄って目を覗き込むと、たしかに目の色が赤から緑に変化していた。

 母も僕の横からロボットの顔を覗き込み、目の色の変化を確かめる。


「本当ね。目の色が緑に変わったわ。充電が出来たみたいね」

「充電ケーブルはもう外してもいいだろう」

 父がロボットから充電ケーブルを外すと緑の目の光が消えて、後は電源を入れれば動き出すところまで来た。

 ただ顔や胸、お腹や腰と順番に見た感じでは電源ボタンのような物は見当たらない。

「お父さん、このロボットどこに電源ボタンがあるの?」

「説明書によると口の中にあるらしいぞ」

「口の中? ずいぶん変わったところにあるんだね」

「誰かが間違って電源を切ったりしないようになってるんじゃないか」

「なるほど」


 父がロボットのあごに手を添えて力を加えると簡単に口が開いて、そのまま口の中を覗き込み電源を調べる。

「あったぞ。人でいうと舌がある場所に電源ボタンが付いてる。電源を入れるぞ」

 父がロボットの口の中に指を入れて電源ボタンを押すと一瞬だけ目が光り、そして、

「電源ボタンの押下が、確認されました。起動します。しばらくお待ちください」

 売り場で聞いた少し違和感のある口調で急に言葉が発せられて僕は少し驚く。

 その後、30秒ほど経った頃に、ロボットの上半身がゆっくり動きだして、身を起こした。


「起きたぞ!」

 父が興奮した声を出し、僕たち三人の視線がロボットへと集中して、次の行動を見守る。

 ロボットは周囲の状況を把握するように頭をぐるりと回して、父、母、そして僕の順に視線を向けて、最後に再び父に戻った。

「初めまして。セルフです。いくつかの質問に答えることで、初期設定を行ないます。名前を変更することができます。変更しますか?」

 父が母に「どうする?」と声をかけると、母が「そうねえ」と少し考えてから答える。

「私はそのままでいいと思うけれど、聡は何か付けたい名前とかある?」

「僕もそのままでいいよ」

「じゃあ、そのままで。変更はしない」

 父がロボットに声をかけると、ロボットが返事を返す。


「かしこまりました。それでは、セルフ、とお呼びください。次に声を変更することができます。変更しますか?」

 ロボット、いやセルフが次の質問を父に投げかける。

 再び父が、どうする、と言いたげに視線だけを母と僕に交互に向けた。

「これって、後から変更したり出来ないものなのかしら。説明書に書いてなかった?」

 母が素朴な疑問を口にして、父の方を見るが、その疑問に答えたのはセルフだった。

「全ての設定は、後でいつでも変更することが、出来ます」

 セルフが答えるとは思っていなかった母が、少し驚いた表情を見せてセルフを見た。


「そうなのね。答えてくれてありがとう」

「どういたしまして」

「後で変更できるなら、別に今決める必要はないんじゃないか」

「そうね。後で今の声が気になるようなら、その時考えましょう」

「ということで変更は無しだ」

「かしこまりました。それでは最後に家族構成を教えてください」

「家族構成? そんなものがいるのか。俺は大場健司だ。この家の主人だ」

「かしこまりました」

 父が答えると、セルフの首がくるりと周り、母の方を向いて止まる。

「妻の玲子よ。よろしくね」

「かしこまりました」


 再び、セルフの首がくるりと周り、今度は僕の方を向いて止まる。

「僕は聡だよ」

「聡は私たちの子よ」

 母が僕の言葉に補足説明して、僕の肩に優しく手を置いた。

「かしこまりました」

 セルフの首がくるりと周り、他の人がいないのを確認すると視線を父へと戻した。

「他に誰かおられますでしょうか?」

「いや、いない。うちは三人家族だ」

「かしこまりました。初期設定が完了しました」


 そういい終えると、今度はセルフの手足が動き始め、箱のふちに手を乗せて、その場で立ち上がった。

 そのまま足を上げて自分で箱から外に出て、僕たちから適度に距離を取り、優雅な動作で腰を曲げてお辞儀をした。

「改めまして、これからお世話になるセルフです。ご主人様、奥様、坊ちゃん、よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく。妻や聡のことをよろしく頼む」

「これから色々なお手伝いを頼むと思うけれどよろしくね」

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