第36話
昼休憩になると真純が教室に戻ってきた。
何針も塗ったようで右手には包帯がグルグルにまかれている。
それでも学校に戻ってくるのだからやっぱりすごい気力を持っているみたいだ。
でも、あんな右手で多美子をイジメることなんてできないから、ひとまずこれでいいんだ。
お弁当を多美子たちと一緒に食べたあと、私と多美子は2人でトイレの個室に入っていた。
「こんな風に狭い個室に2人で入るのって久しぶり」
多美子が昔を思い出すように言う。
そういえば小学校の頃内緒の話をするときなんかはトイレの個室を使ったりしたっけ。
「真純のあれ、有紗がやってくれたんだよね?」
頷くと、多美子が慌てた様子で私の右手を確認してきた。
そこには小さな絆創膏が一枚はられているだけで、多美子は安心したように息を吐き出した。
「傷はこれだけ?」
「そうだよ。それなのに真純はあんなことになったの。すごいと思わない?」
「確かに、すごいね」
「ねぇ、次は夕里子だよ」
私はスカートのポケットからカッターナイフを取り出していった。
多美子の表情が険しくなる。
「またどこかを切るつもり?」
「だって、さっきの真純面白かったでしょう?」
うまく行けばあいつらの命を奪うことだってできるかもしれないんだし。
「でも、追体験ってことは有紗が経験したのと同じ経験をするってことでしょう? 真純のことは偶然そうなっただけなのかもしれない」
多美子の言いたいことはよくわかった。
私が体験したことを、あの3人は過激に経験している。
それはもう追体験とは言えない。
「考えたんだけど、あのアプリは人が作ったものじゃないかもって多美子言ってたよね?」
2人で中庭に行ったときのことだ。
あのとき私は初めて他人にアプリのことを伝えた。
「うん。そうだね」
「もし多美子の言っているようにこの世のものじゃないアプリだとしたら、このアプリは私の憎しみを汲み取ってくれているのかもしれない」
だから、私が実際に経験したことよりも過激なことが相手に起こっているのだ。
そう考えると納得いくことだった。
「夕里子にはなにをするの?」
多美子が唾を飲み込む音が聞こえてきた。
私は無言で自分のブラウスを脱ぎ始めた。
「有紗?」
疑問を感じて私の名前を呼ぶ多美子の前で、私はカッターナイフで腹部を切っていた。
痛みが走り、ジワリと血が滲んでくる。
すぐに絆創膏を取り出して傷口に貼った。
「なにしてるの!?」
多美子が悲鳴のような声を上げるので私はあわてて多美子の口を塞いだ。
幸いにも個室の外には誰もいないようで、様子を確認するような声はきこえてこなかった。
重たい沈黙が多美子の上におりてくるのがわかった。
だけど途中でやめるつもりはなかった。
たったこれだけの復讐なんてつまらない。
今度はさっきの真純よりももっともっと楽しいものが見てみたい。
その思いで私は服に隠れる部分をカッターナイフで切り裂いていく。
腹、胸、ウエスト、太もも、二の腕。
少し血が滲んでくる程度の傷なのに、あちこちに傷が入ると全身がビリビリと痺れるように傷んでくる。
体が熱を持ち、必死に傷口を治そうとしているのがわかる。
私は多美子にムリヤリカッターナイフを握らせて背中を切ってもらった。
その傷は一番浅くて、血もでなかった。
それからいつものようにアプリを使い、夕里子の名前を記入すると、私達はようやくトイレから出たのだった。
☆☆☆
A組の教室に入る前からその悲鳴は聞こえてきていた。
「誰かとめて! いやぁ!!」
それは紛れもなく夕里子の悲鳴だ。
私と多美子は顔を見合わせて教室内へと駆け込んだ。
そこには異様な光景が広がっていた。
夕里子が教室の中央にいて、クラスメートたちは夕里子を取り囲むようにして見ている。
机や椅子は散乱し、夕里子は踊るようにカッターナイフを振り回している。
「誰か先生を呼んできて!」
誰かが叫び、誰かが教室から飛び出していく。
教室内では次々に悲鳴が沸き起こり、どれが誰の声なのかもわからなくなっている。
そんな中で夕里子は「助けて!」と叫びながら自分の体にカッターナイフを突き刺している。
引き抜いた途端に溢れ出す鮮血は床に血溜まりを作っていく。
夕里子はその上でダンスするように転げ回り、血は余計に広がっていく。
「止めて止めて止めて!」
夕里子の悲痛な叫びは続く。
誰かが夕里子に手を差し出すが、それだけで止まるものではない。
泣きじゃくりながら叫びながら、自分で自分の体にカッターナイフを突き立てる。
腹に胸にウエストに太ももに。
そのどれもが深い傷で、切った場所からは白い肉や骨まで見えてしまいそうだった。
夕里子は最後に無理た体制になり、カッターナイフを自分の背中に突き刺した。
その時ムリヤリ後ろににまわして右腕がゴキッと音を立てて、背中を切り裂いた後は力なく垂れ下がった。
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