第35話

☆☆☆


カットバンで手の甲の傷を隠して教室へ戻ると授業開始の1分前になっていた。



自分の体を傷つけることはさすがに抵抗があって、時間がかかってしまったのだ。



「セーフ」



慌てて席へつくと旭がそう言って笑った。



変わらない笑顔をみせてくれる旭に胸の奥がジワリと暖かくなる。



同時にこんないい人を振ってしまったのだという罪悪感が溢れ出してきて、顔を伏せた。



今の私はまだ旭に笑いかけてもらう資格なんてない。



そう思い、教科書と筆記用具を机の上に並べたのだった。



それは授業開始から15分ほど経ったときのことだった。



先生から配られたプリントを眺めていると後ろの方から紙を切る音が聞こえてきて振り向いた。



真純がカッターナイフでプリントと切っている。



きっと必要なところだけ切り取ってノートに貼り付けるつもりなんだろう。



私は真純の右手に握られているオレンジ色のカッターナイフをマジマジと見つめた。



力が入りすぎているようでそれは小刻みに振るえているのだ。



「真純、どうしたの?」



隣の席の夕里子が異変に気がついて声をかける。



しかし真純は返事をせずにカッターでプリントを切り続ける。



プリントの必要な部分まで切り裂き、更にそれを細かく切り刻む。



手には更に力が入りプリントの下のノートまで一緒になって切れているのがわかった。



「おいそこ、なにしてる」



先生が授業を止めて注意しても真純は止まらない。



その頬に汗が流れていき、顔はどんどん青ざめていく。



止められないのだ。



止めたくても、自分の意志では止められない。



真純は涙の滲んだ顔を上げた。



それでも右手だけは乱暴にカッターを振り回し続ける。



ぼろぼろになったプリントとノートが床に落下して、カッターナイフは机に突き立てられた。



「キャア!」



近くで見ていた夕里子が悲鳴を上げて飛び退いた。



「危ないじゃないかやめなさい!」



先生が近づいて行っても真純は止まらない。



クラス内は動揺でざわめき、みんなが真純のことを異質なものを見るように見つめる。





「止めて……誰か」



真純の小さな悲鳴がカッターが机に突き刺さる音にかき消されてしまう。



「カッターナイフを離しなさい!」



先生が怒鳴ったそのときだった。



真純はカッターを左手に持ち替えると、そのまま右手の甲へ突き刺したのだ。



「ギュアアアア!!」



断末魔のような真純の悲鳴。



あまりの衝撃に教室から逃げ出していく生徒たち。



そんな中私は真純の行動を凝視していた。



真純は手の甲に突き立てたカッターナイフを躊躇することなく横へ引いたのだ。



途端に傷口が広がり、少し遅れて大量の血が溢れ出してきた。



「真純やめて!!」



夕里子が悲鳴を上げて、真純はその場に倒れ込んだのだった。


☆☆☆


こんなにうまくいくとは思っていなかった。



私は自分の右手の甲をさすって微笑む。



うすーくちょっと血が流れただけの右手の甲。



それだけであんなことになるなんて。



血溜まりができた真純の机はすでにキレイに掃除されていたけれど、あのときの衝撃はまだ教室の中にとどまっていた。



真純の奇行のおかげで授業は自習になったが、みんなとても静かでまじめに机に向かっている。



そんな中私は夕里子へ視線を向けた。



夕里子もさっきからなにもしゃべらず黙々と課題を片付けているように見える。



だけど顔色は悪いし、さっきからちっともペンが動いていないことを、私は見抜いていた。



友人2人が悲惨な目にあったのだから沈み込んでしまう気持ちもよくわかる。



だけど夕里子1人だけ許すわけにはいかなかった。



ちょっとまっていてね。



すぐに夕里子も不幸のどん底に落としてあげるからね……

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