第28話

☆☆☆


旭と歩いているとやっぱり目立つ。



2人で手をつないで教室を出た瞬間から、駅前のドーナツ店に行くまでずーっと誰かからの視線を浴びていることになってしまった。



旭は人に見られることがなれているようで、全然気にせずに足をすすめる。



けれど私は人の視線になれていなくていちいち誰が見ているんだろうと立ち止まって確認してみたくなってしまった。



「ここのドーナツ美味しいらしいね? クラスの男子に聞いたんだ」



「へぇ、そうなんだ」



「有紗は来たことないの? クラスメートの……えっと」



「多美子?」



「そうそう、安倍さんと」



多美子と私はつい最近仲良くなったばかりで、1度休日に水族館に行ったが、それきりだ。



放課後に遊びに出たこともない。



「うん」



私は短く返事をしてうつむいた。



できれば旭にはイジメられていることは知られたくない。



旭と付き合い始めたことで私へのイジメはなくなっていくだろうから、このまま何も知られずにいたい。



「私、このイチゴドーナツにしようかな」



私はこれ以上クラスの話をしたくなくて、強引に話題を変えたのだった。



「彼女がイジメられてて、それでつい手が出たんだ」



2人で店先のベンチに座ってドーナツを食べたいたときだった。



不意に旭がそんなことを言った。



イチゴ味のドーナツにかぶりついていた私はすぐに口を離して「え?」と、目を丸くする。



一体何の話だろうと思ったら、旭がこっちの学校へ転校してきた理由だった。



「向こうの学校の女子たちは妬みがすごかったんだ。俺の彼女ってだけで蹴ったり殴ったり、最後にはお金も奪われた」



旭の話に突然胸が苦しくなって、食欲が消えていった。



それはまるで自分の体験を旭の口から語られているような感覚だった。



「女子たちって群れることが多いだろ? もちろんそうじゃない子もいるけど。だから、1人が嫌いだって言うとみんな便乗して嫌いだって言い始める。それがどんどん広がっていって、彼女自殺未遂をしたんだ」



それは甘いドーナツを食べるときにはあまりにも重たい話だった。



私にとっては特に、自分に降り掛かってきていたかもしれない未来で、これほど聞くのが辛いことはなかった。



「それが原因で転校したの?」



「あぁ。結局彼女にも振られたし、学校には居づらくなったしね。恋愛なんてこりごりだと思ってたんだけど、転校してすぐに有紗に一目惚れしちゃったんだ」



旭はそう言うと照れくさそうに笑った。



その表情は少年のように可愛かった。



「今度こそ守るって決めたんだ。だから、自分たちの関係も隠さないようにした。宣言することで周りの連中も納得せざるを得なくなると思って」



だから付き合い始めてすぐにみんなに知らせたのだ。



旭の行動の理由がわかって私はようやく胸のつっかえが取れた気がした。



「私を守るためだったんだね、ありがとう」



伝えると旭はまた少年のような笑顔を見せたのだった。


☆☆☆


旭との関係は順調だった。



旭は毎日のように私を放課後デートに誘ってきたし、旭を通して新しい友人が何人かできた。



イジメは、もちろん旭と付き合い始めてからパタリと止まっている。



私をイジメるということは、旭を敵に回すことだと、学校中の生徒が知っている。



ようやくまともな学生生活を手にいれた私はなにかに怯えることなく教室へ入っていく。



教室へ入ると数人のクラスメートたちが「おはよう」と声をかけてくれるから、私はそれに返事をして自分の席へ向かう。



机にラクガキはされていない。



運動靴が切り刻まれることもない。



お弁当だって普通に食べることができる。



そしれなにより、隣の席には大好きな旭がいる。



まともな学校生活と言ったけれど、これはもうパーフェクトだった。



鼻歌まじりにカバンから教科書を取り出していると、多美子が登校してきた。



多美子はうつむき加減で誰にも視線を合わせないようにこそこそと自分の席に向かう。



いつもの元気がないように感じて私はさっそく席を立って多美子に近づいた。



「多美子おはよう」

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