第27話
☆☆☆
自分の彼氏があの黒坂くんだなんて信じられない。
保健室で『旭って呼んで』と言われたことを思い出すと、自然と頬が緩んでしまい、晴れているので痛みがした。
「有紗、嬉しそうな顔してどうしたの?」
自分の机でさっきからニヤニヤしっぱなしの私に多美子が不思議そうな顔を向けてきた。
「ううん、別になんでもないよ」
そう返事をしながらもニヤニヤが止まらない。
「そういえば殴られた傷大丈夫?」
「傷? あぁ、そういえばそういうこともあったっけ」
つい数時間前のことなのにスッカリ忘れてしまいそうになる。
だって、この私が黒坂くんの彼女だよ?
他に起こったことなんて全部頭の中から抜け落ちてしまうくらい衝撃的なことが起こったんだ。
「有紗、ジュース買ってきたけど飲む?」
その時教室へ戻ってきた黒坂くんが陽気な声で私にパックのオレンジジュースを差し出してきた。
「あ、じゃあお金……」
「そんなのいらないよ。俺が有紗に買ってあげたかったんだから」
旭は教室中に聞こえるような声量でそんなことを言う。
「ちょっと、そんなこと言ってるとバレちゃうよ?」
小声になってそう伝えたが、旭はキョトンとした表情で私を見つめた。
「バレたら、なにか悪いの?」
「そうじゃないけど、でも……」
旭くらいの人気者の彼女が私だなんて、みんなどう思うかなと考えてしまう。
「ねぇ、2人ってもしかして」
私達のやりとりを一番近くで見ていた多美子が目を丸くして私と旭を交互に見つめてくる。
「うん。付き合ってるんだ俺たち」
返事に困っている私を尻目に旭は堂々と返事をする。
次の瞬間驚きの声を上げたのは多美子だけじゃなかった。
私達の会話を盗み聞きしていたクラスメート全員から悲鳴のような声が漏れる。
「ちょっと旭」
「いいじゃん知られたって。もしなにかあっても、俺柔道の有段者だよ?」
旭はそう言うと満面の笑みで型を作って見せた。
その素早く力強い身のこなしは本物だ。
私は苦笑いを浮かべて「そういうことになったの」と、多美子に説明したのだった。
☆☆☆
なんだかあのアプリがダウンロードされてからすべてがすごく順調だ。
いじめっ子への復讐はもちろん、彼氏までできてしまった。
これであの3人は私にそう簡単には手出しできなくなるはずだ。
暴力や金銭の要求が始まっていた時期なので、ひと安心ということろか。
これから私のまともな学校生活が始まってくれるはずだ。
「ねぇ井村さん、黒坂くんと付き合ってるって本当!?」
休憩時間中、あまりしゃべったことのないクラスメートが声をかけてきた。
その顔には羨望の眼差しが浮かんでいる。
「う、うん」
旭は私との関係を全然隠そうとしないため、すでにクラスの外にまで知れ渡ってしまっていた。
こうして私に声をかけてくる子も沢山いる。
「すごいじゃん! ねぇ、一体どうやったの!?」
「どうって、私はなにも……」
「私知ってるよ、黒坂くんが井村さんに一目惚れしたんでしょう!?」
「え、そうなんだ!? じゃあ絶対に私じゃ無理じゃん!」
キャアキャアと黄色い声を上げながらも私を罵倒するような言葉は聞こえてこない。
旭が柔道有段者ということで誰も私を傷つけようとはしてこないみたいだ。
「なんの話し?」
そんな声がして視線を向けると旭がトイレから戻ってきたところだった。
至近距離の旭に女子生徒たちは一斉に悲鳴を上げて頬を赤らめる。
しかしそれ以上旭に近づくことはなく、数歩後ずさりをして見つめている。
単なるファンといった様子だ。
そんな女子生徒たちを警戒している旭。
「旭大丈夫だよ、なにもされてないから」
「そっか。それならよかった」
旭は心底ホッとしたような表情を浮かべてようやく席に座った。
「有紗、今日一緒に帰ろうよ。放課後デート」
放課後デート。
その言葉に顔にボッと火が出るのを感じる。
放課後デート。
なんていい響きなんだろう。
そんなものが自分の身に降り掛かってくるなんて思ってもいなかった。
私はぼんやりとした気分になり、「うん」と、頷いたのだった。
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