第29話

声をかけた瞬間多美子はビクリと体を震わせて、持っていた教科書を慌てて机の中にしまい込んだ。



「お、おはよう」



多美子の声が震えている。



そんなに驚かせてしまったかな? と、疑問に感じつつも机に隠された教科書のことが気になった。



「顔色が悪いけど、どうかしたの?」



私は多美子の顔を覗き込んで聞いた。



が、多美子は青い顔をしたまま左右に首を振る。



「なにを隠したの? 見せてよ」



机の中に手を突っ込んで少し強引に教科書を引っ張り出す。



途端に多美子が手を伸ばしてきて「やめてよ!」と叫んだ。



そんな大きな声を上げた多美子は初めてで、一瞬たじろいでしまった。



でも、確認しないわけにはいかない。



私は「ごめんね」と一言多美子に謝ってから背を向け、教科書を確認した。



それは漢文の教科書だった。



裏には多美子の名前がマジックで書かれていて、なんの変哲もない。



首をかしげて中のページを開いた瞬間、呼吸が止まってしまった。



バーカ。



シネ。



ブス。



マジックで大きく書かれたその文字には見覚えがあった。



バカのひとつ覚えみたいに同じ悪口ばかりを書く3人組。



知らない間に教科書を持つ手が震えていた。



私をイジメられなくなったから、多美子がターゲットにされたんだ。



漢文の教科書はいくら開いてみてもどのページにも同じラクガキをされていた。



一体いつから?



私が旭にのぼせている間に多美子はずっとこんなことに耐えていたの?



「大丈夫だから返して」



多美子はそう言うと私から教科書を奪い返した。



「いつから?」



私は呆然と突っ立ったままでそう聞いていた。



「別に、関係ないでしょ」



「関係なくないでしょ? それ、私がイジメられなくなったからだよね!?」



いじめっ子は、いつまで経っても誰かをイジメていないと気が済まない子もいる。



それが、夕里子たち3人だ。



常に誰かを見下してバカにすることで、自分の立ち位置を確立させようとしているのだ。



「お願い多美子。1人で背負わないで」



多美子の体を抱きしめると小刻みに震えていた。



ギュッと両手に力を込めると多美子が嗚咽し始めたボロボロとこぼれ出た涙は私の制服を濡らしていく。



絶対に許さない私の友達をこんなに傷つけて……!



私は久しぶりに奥歯を噛み締めたのだった。

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