第5話
☆☆☆
それから昼休憩になるまでの時間は早かった。
移動教室が2度も入っていたので一人の時間を過ごすことが少なかったからだ。
移動教室で班に別れたときはクラスメートたちは普通に私に話しかけてくれる。
いつもと変わらない学校にいるのに、少し環境が変わるだけで見て見ぬ振りから知り合い程度の関係になれるのだから不思議なものだった。
「予定通りテストを返すぞー!」
担任の先生が小テストを片手に教室に入ってきたのは昼休憩が半分くらい終わった頃だった。
教室内に生徒の姿はまばらだったけれど、教卓の上にテスト用紙を並べていく。
小テストの場合は自分たちが勝手に取っていくのだ。
点数を見られたくない生徒たちが慌てて椅子から立って教卓へと急ぐ。
私はもみくちゃにされるのが嫌でしばらくその様子を眺めていた。
「由希、あんた点数本当にヤバイじゃん!」
夕里子の声が教室中に響き渡った。
「ちょっと、やめてよ」
そう言いながらも由希も自分の答案用紙を見て笑っている。
「50点満点中、5点だって、5点!!」
夕里子が由希の点数を大声で叫んだ。
それを聞いたクラスメートたちが笑い出す。
「だからぁ、漢文なんてわけわかんないんだって! そもそもこんなの勉強したって絶対無意味だし」
由希が言い訳を始める中、私はようやく立ち上がって教卓へ向かった。
半分くらいの生徒たちがテストを持っていったみたいだ。
その中から自分の答案用紙を見つけ出す。
47点。
まぁまぁいい点数だ。
やっぱり勉強はできないよりもできたほうがいいよね。
そう思って自然と頬がゆるんだ、そのときだった。
気配がして顔をあげるといつの間にか由希が私の目の前にたっていたのだ。
その表情は険しくて私はすぐに笑顔を引っ込めた。
「お前、今私のこと笑っただろ」
それは突き刺すような声だった。
私は一瞬にして背筋が寒くなり、自分の答案用紙を握りしめて左右に首を振った。
「うそつけ、笑っただろ!」
由希の怒鳴り声に教室の中のざわまきが消える。
由希のことを笑っていたのは他の子たちだ。
由希だってそれは見ていたはずだ。
心の中でそう反論するが、とても口には出せなかった。
私はただうつむき、みんなからの視線に耐えるだけだ。
「お前、今日も放課後残ってろよ」
由希は私の耳元でそう言うと、大股で夕里子たちの元へ戻っていったのだった。
☆☆☆
「行く必要ないよ」
5時間目が始まる前にトイレに行こうと廊下へ出たところで、太一に声をかけられた。
私は思わず眉間にシワを寄せて太一をにらみつける。
「なんのこと?」
「聞こえたんだ。また呼び出しだろ?」
こいつは地獄耳か。
それとも私のストーカーか。
とにかく、こんな場所で堂々と話しかけるなんてどうかしてる。
夕里子たちに知られたらまたなにを言われるかわからないのに。
「あんたには関係ないでしょ」
「でも、ほっとけない」
「いいからどけてよ。それとも女子トイレまでついてくるつもり?」
「ごめん」
私は大きく舌打ちをして、太一の横を通り過ぎたのだった。
☆☆☆
午前中は難なく過ごすことができたのに、午後からはとても長く感じられた。
授業を受けている間に背中になにかがコツコツとぶつかる感覚がして振り向くと、夕里子たちの含み笑いの顔が見えた。
ついで自分の足元へ視線を落とすとたくさんの消しカスが転がっている。
「背中の真ん中に当てたら50点。上か下だと20点。頭にあたったら100点ね」
そんな声が聞こえてきたけれど、聞こえなかったフリをして黒板へ顔を戻した。
その授業中、私はずっと後頭部になにかをぶつけられる感触があって、3人分の小さな笑い声が聞こえてきて、そして授業は当たり前のように進んでいった。
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