第4話

朝目が覚めると頭がやけにスッキリしていて、私はベッドの上で上半身を起こして首をかしげた。



高校に入学してからは毎日のように朝頭が重たくて、体もだるくてなかなか家から出ることができない日々を送っていた。



こうしてスッキリとしているのは本当に久しぶりのことだった。



「昨日なにかあったんだっけ?」



変わったことでもあったかと記憶をたどってみるけれど、思い出すのは相変わらず嫌な記憶ばかりだったので途中でやめておいた。



特に変哲のない毎日でもこうしていい朝を迎えることができるということかな。



そう思ってスマホで時間を確認してみると、見知らぬ画面が表示されていて手を止めた。



「なにこれ?」



眠っている間に手でもあたったのかもしれない。



自分の寝相の悪さを思って苦笑いを浮かべる。



とにかく画面を戻そうと思ってタップしてみるが、画面は切り替わらない。



「やだ、またフリーズかな?」



購入して2年が過ぎたスマホは最近動きが鈍くて、度々画面が動かなくなるときがあった。



今回もそれだろうと思って一度電源を落とそうとするが、それもできないことに気がついた。



「もう、どうなってんの」



別に、私に連絡してくるような友人は1人もいないからスマホが使えなくても問題はない。



だけどひとりぼっちの昼休憩とか、暇を持て余すことが多い私にとってスマホゲームは救いでもあった。



それが使えないとなると漫画を持っていくか、文庫本を持っていくか。



考えていると画面上に表示されている文字が視界に入った。



そこには赤い文字で『追体験アプリ』と書かれていて、その下にはアプリの説明が書かれているのがわかった。



「追体験?」



首をかしげてベッドに座り直した。



こんなアプリをダウンロードした覚えはない。



いくら寝ぼけていたとしても、勝手にアプリをダウンロードするとも思えないし。



相変わらず画面も切り替わらないままなので、説明を読んでみることにした。



・このアプリは自分の経験を他人に体験させることができます。



「自分の体験を他人に……?」



・まず、アプリに相手の名前を入力します。



・いつ、どの時間にたいけんをしたことを追体験させたいか記入します。



・数日以内に相手に追体験を実行します。



その説明文にプッと吹き出した。



いろいろなゲームをダウロードしているから、きっと一緒に入ってしまったものだろう。



ふと顔を上げて目覚まし時計に視線を向けるとすでに家をでなければいけない時間になっている。



「やばっ!」



私はつぶやき、スマホをカバンに突っ込むと慌てて制服に着替え始めたのだった。


☆☆☆


1年A組の教室へ入ると昨日から降り続けている雨のせいで、ジットリとした空気が身を包んだ。



どこからか漂ってくるカビ臭さを感じながら自分の席へ向かうと、机の上にエンピツで落書きがされていた。



ブス!



バーカ!



シネ!



いつもの単調な落書きだ。



犯人はあの3人だと考えなくてもわかる。



だけどエンピツで書かれている理由はよくわからなかった。



なぜだかあの3人は消せないようなマジックで机にらくがきをしてくることはなかった。



カバンの中身を引き出しに片付ける前に消しゴムだけを取り出してらくがきを消していく。



もう、これくらいのことでは動揺しなくなってしまった。



それから1人で机に座って本を広げていると、あっという間にホームルームが始まる。



みんないつの間にか登校してきて、いつの間にか席に座っている。



それは私には全く関係のないところで行われていることだった。



「今日の1時間目は漢文の小テストがあるからな」



担任の言葉に教室内にブーイングが起こる。



私は内心数学のテストでなくてよかったと思って話を聞いていた。



それを話すような気楽な関係の友人はいないけれど。



先生が言っていたとおり、1時間目からテストが行われた。



テストの返却は昼頃になるらしい。



「テストどうだったぁ?」



休憩時間に入ると同時に夕里子のそんな声が後方から聞こえてきた。



「私が勉強できるわけないじゃん」



返事をしたのは由希だ。



由希はケラケラとおかしそうな笑い声を立てている。



体の向きを変えて3人を横目で見てみると、真純は相変わらず机の上に手鏡を出して熱心に自分の顔を確認していた。



そんなに頻繁に自分の顔をみたってなにも変わらないのに。



とにかく3人がそれぞれで時間を使っているとき私は安全だ。



ホッと安堵のため息を吐いて私は机の中から文庫本を取り出したのだった。

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