第2話 犬神の呪い

 甚兵衛は村の年貢徴収や公事沙汰で忙しく、下世話なことにうとい面があった。それでも、たまに犬神使いについてのよからぬ噂を聞かぬでもなかったが、それがまさか自分の身にふりかかろうとは――。

 小者の留蔵は、「これは、川向こうの加茂かも村でのことでございますが……」と前置きし、ぼそぼそと語りはじめた。

 それによると、加茂村の大百姓三郎左衛門さぶろうざえもんは、前年の夏、土佐から来たと言う山伏に病平癒へいゆの祈祷を願った。

 祈祷が終わり、熊野牛王符くまのごおうふ(護符)をおしいただいた後、その山伏が屋敷内をきょろきょろと見渡す。

 三郎左衛門が不審に思い、いかがなされましたか」と問うと、その山伏が言った。

「この屋敷に、何やら悪霊のごときものが漂っておる。それが、そなたさまを病に陥れたのじゃ。よこしまな憑霊ひょうれいをすぐさま取り除かねば、家中ご一党ことごとく死に至る病に倒れよう」

 三郎左衛門はこの当時の常人並みに迷信深く、信仰心も格別にあつい男であった。それだけに、山伏の効験あらたかと言われる神秘的かつ呪術的な霊力にすがるべく、頭を深々と下げて頼み込んだ。

「ぜひとも、悪霊折伏しゃくぶくの祈祷をお願い奉る」

「よろしい。じゃが、何事も準備が要る。三日後に再び参上つかまつる」

 約束の三日後、その山伏は大きな布袋を抱えて、三郎左衛門の屋敷に現れた。袋の中から犬のき声がする。

 怪訝けげんに思った三郎左衛門が訊ねた。

「はて、その犬をどうされるおつもりか」

 山伏はその問いに応えることなく、屋敷の庭に穴を掘り、犬を首だけ出す形で埋めた。

 犬は三日三晩、恐怖と飢えで哭きつづけた。

 頃はよしとばかりに、山伏は弓矢で仕留めてきたきじの肉をどさりと犬の目の前に置いた。空腹の犬はハアハアとよだれを垂らすが、土の中に首まで埋められているため食べることはできない。

 やがて哭声なきごえはやんだ。怨念と執念がこもった眼だけがらんらんと光る。あわれな犬が見つめるのは、眼前の雉肉一点である。

 四日目の朝、山伏は犬めがけて腰の野太刀を一閃させた。犬の首は飛んで雉の肉に食らいついた。すさまじくも惨たる情景に、三郎左衛門は驚愕した。

 山伏は印を結び、孔雀明王の真言を唱えはじめた。

オン麼庾囉訖蘭帝マユラキランデイ莎囀訶ソワカ……」

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