『準備中』鳴る日々

 ピカピカのカウンター席にテーブル席。傷ひとつない皿たち。新品の出前箱。店の前に置いたランプには、パリッとした文字で『営業中』と書いてある。

やっと持てた自分の店だ。拳をグッと握りしめて小さく「よし!」っと言う。

 この腕とこの足で稼いでやる。


「今日から頼む。君のおかげだ。ありがとう」


 妻にそう言う。不動産から揃える皿まで、何も分からない俺の代わりに君が選んでくれた。しかもメニューには絶対口を出さないでくれた。

 いやちょっとだいぶ結構言われたな。振り返ると……潰れない、傾かないだけに集中するんですといつも言っていた。でもいい。こうやって店が持てたのだから。

 

「貴方が頑張ったからですよ。これから一緒に頑張りましょうね」


「ああ、まずはこの店から始めて、席を増やしてテーブルを増やして、次は2号店、3号店と増やすんだ。バイトも大勢雇ってこの町から一大中華帝国を作る!君に楽をさせるよ」


「夢だって言ってましたものね。でも楽なんていいからずっと一緒にいましょうね」


 最初の1日、これから何十年もある。これから始まる。最初の営業日だ。

 もう一度拳を強く握った。


 鈴が鳴る。




 午前5時半少し前、目を覚ます。その少しあとに目覚まし時計が鳴る。さっき握りしめた若く力強い拳は、皺くちゃの老人の手になっていた。

 変な夢を見てしまった。こんな鮮やかな夢を見たのはいつぶりだろう。


「おはよう」


「はい、おはようございます」


 ふと気がついた。もうこの時間に起きる必要はないのだ。でも目覚まし時計の設定はそのままだった。



もう店に出なくてもいいんだな。本当に。


終わり。

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今日で閉店です。小さな町の一つの終わり。 土蛇 尚 @tutihebi_nao

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