正午から午後2時
お昼時になっていよいよ忙しくなって来た。扉の鈴はその音をよく響かせている。二人でこの店を始めてすぐの頃、お客は全然来なくて、ただぶら下がり続けていた鈴とは大違いだ。たまに鳴ったと思えば風で揺れただけで気落ちした時もあった。
「こんな日もありますよ。大丈夫です」
そんな時は妻がそう言ってくれていた。
そんな日々も懐かしくて、長い時間が流れて、今は沢山のお客が来てくれて、最後には多くの言葉を残してくれる。ご馳走様でした。長い間ありがとうございました。帰ったら餃子焼きます。そんな言葉をかけてくれる。
商売であるからには、お金は大事だ。だけど慎ましく暮らすのなら、二人はもう店に立つ必要は無くなっていた。それでも続けれていたのは、そんな人々のおかげ。
時にお金以上に、誰かからの言葉は何かを続ける力になるのだと思う。
鈴が鳴って、小さな男の子を連れた若い夫婦が入ってきた。
「あら、まーちゃん、裕くん。いらっしゃい。久しぶりね」
妻がそう声をかけた。二人は高校の頃から店に来てくれていて、地元で就職して結婚したらしい。同じ県大に入るために、まーちゃんが裕くんを引っ叩いて勉強していたのが微笑ましかった。
「パパ、まーちゃんってだーれ?」
「まーちゃんはママのことだよ。ママの名前が麻由子だからね」
「パパは裕くんなの?」
「そっそうだね。裕介だから」
3人はテーブルに付いて料理を待っている。ついこの前まで制服姿で店に来ていた二人が親になっている。気恥ずかしいだろうが、二人のことをまーちゃん、裕くんと呼ぶのをいつまでもやめれない。
私たちはあの頃に取り残されているのかもしれない。
人はいつのまにか育ち、大人になるのだろう。
「はい、お待たせ。スプーンと小皿も置いておくね」
料理と一緒に子ども用の小皿を出す。もう何年も前に、放送が終わっているアニメが底にプリントされたプラスチックのお皿。子どもと一緒にくるお客のために選んだもの。それをこの二人が使う日が来るなんて。
「おいしい!おいしい味!好き」
「良かったねぇ。赤ちゃんの頃にもきたの覚えてる?」
「ない。おいしい。またここ食べよ!」
二人が赤ちゃんを抱いてお店に来たのが、ついこの前のようだ。それから忙しくなったみたいだけど、最後に来てくれてよかった。
「ごめんね。もう来れないんだよ」
母親の言葉にキョトンとする。
「なんで?」
「このお店がなくなるからだよ。今日で終わりなの」
「お店ってなくなることあるの?」
子どもの言葉にそうだよと答える。まだ飲食店がなくなると言う発想が存在しないのかもしれない。でも大丈夫。この町には美味しいラーメン屋さんもあるし蕎麦屋さんもお寿司屋さんもある。
「そうなんだ…悲しい」
「うん悲しいね。ママもパパも悲しい。ほらご馳走様でしたって」
「ご馳走様でした!ばいばい!」
まーちゃんと悠くんは深くお辞儀をして店を出て行った。この店がなくなった後、あの男の子はいつかのこの町で自分の好きなお店を見つけるはずだ。
ばいばい。
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