第5話 バイトじゃないです。家事手伝いです。その2

1996年8月25日(日)


よーし。今日は稲刈り。

バイトだ。バイト!

……じゃ無かった家事手伝いだ。


外は暑いけど、稲は触れるとかゆい!

しょうがないので……

薄手の長袖に、

首にはタオル、

手には軍手、

そして帽子をかぶる。

小さめの魔法瓶を携えて……

これで、準備は万全!


新人戦前だ。

欲しいものがいっぱいある。

働くぞ!



従兄がコンバインで稲を刈り取っていく。

俺はコンバインで刈り取れなかった田んぼの隅の稲を

手に持った鎌で刈り取りコンバインに突っ込む。

地味な作業。

夏に日差しに全身を焼かれ全身から汗が滴る。

へへっ。部活で慣れっこだぜ!

それに俺は暑い時の方が調子がいいんだ。


「駄目だなぁ。……またやっちゃったよ。あの学生さん」

遠くの農道を見て、コンバインを運転していた従兄の兄ちゃんが呟いた。


その視線に誘われて、農道をみると

脱輪して傾いた軽トラがあった。


「うわ。またかよ」

げんなりする。

ここらの農道は狭い。

ハンドル操作を誤れば、

道の脇の側溝にはまって

脱輪してしまうこともある。



「おーい。コ―コーセー! しっかり車上げてくれ!!」

車を脱輪させた本人が運転席で宣う。


側溝に入り、脱輪した車に手を掛け持ち上げてみる。

しかし上手くいかない。

完全にタイヤが落ちちまってる。


しかもさっきと違って軽トラには

大量の米が積み込まれている。

これじゃ持ち上がらない。


大勢の助けがいる……。

そう思っていた矢先に

従兄の兄にせっつかれて

ようやく他の大学生のアルバイト連中が現れた。


「聞いてたのと違うぞ。おい。車運転するだけって話だろ!」


「なんで泥だらけになって車持ち上げなきゃならねーんだ」


「かゆいな。イネって。かゆいのな……」


「うわっ。虫! これなら家庭教師のバイトの方が良かったぜ」


「でも運転だけで1日8千円はおいしいよ」

大学生と思しき奴等は思い思いの不満を口にしていた。


こいつら。そんなにもらってるのか?


車が運転できる……。

ただ免許を持ってるってダケで……。



俺なんて1日4千円だ……。



奴らは汗をかきたくないと言う……

泥だらけになるのが嫌だと言う……。

つらいことはしたくないと文句を言う……。


お前らが日頃食べているご飯は

誰が作っている?


額に汗して、手を汚して、働いた人達が

作ったものなのじゃなのか?


大学にも行ってそんなことも分からないのだろうか?

"親に金を出してもらっている大学生だから"なのか?




……大学生ってこんなもんなのか?




親父はしきりに"大学へ行け!"と言う。

だけど…


流した汗の大切さと……

手を汚し働くことの大切さも……

そんなことも分からない奴らに


……俺は成りたくなかった。

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