第4話 欠けた月を見上げて

1996年8月19日(月)


「それはそうと、

高宮さんと遠藤君の仲を取り持ったのは

……カズ。

キミだって話だけど……」


おいおい!?

トモサカ……。

この"柔道男"の前でそんな話をするなよ!!!


「ほう……」

柔道男の視線がギョロッとこちらに向けられた。

ヤベ―!!!!

遠藤だけじゃ無くて俺まで

柔道男にロックオンされちまう!!!


気さくな柔道部員が

柔道男を「まぁまぁ」と宥めていた。

お。落ち着いてくれ!

というかもう諦めろよ!!

お前! 振られたんだろ!!!


「もともと両想いだっと思うぞ。あの二人は」

慎重に言葉を選びながら話す。

俺が二人をくっ付けたみたいに話したら

柔道男に何されるかか分からんからな……。


「なるほどね。

でも……。

君が恋のキューピッド役としても優秀とは気が付かなかったよ」

トモサカが厄介な誉め方をする。


「大したことしてねーよ。告白する場所をセッティングしただけだ」

実際その通りだと思っている。


「ふむ。そういう意味では僕と同じだね」

そう言ってトモサカは柔道男に目配せした。


「……感謝してるよ」

柔道男が憮然と答えた。

全く感謝している態度には見えなかったワケだが……。


二人の話の内容から察するに

トモサカが告白できる機会をセッティングして

柔道男が高宮に告白した……みたいだな。

振られたみたいだけど……。


「……。では遠藤くんと高宮さんの話はこれでいいかな」

その言葉に柔道男が不承不承ではあるが頷いていた。

どうやら納得して頂けたようだ。


「せっかくのバーベキューだから食べようか」

トモサカが場の注目をバーベキューに切り替えた。


そう。そう。

もう遠藤と高宮の話題は無し!

ホント、心臓がもたん。

自分を落ち着かせる為に、アクエリをグビりと飲んだ。


「結構うまいところ持ってきたんだぜ」

肉屋のせがれと思しき柔道部員が説明し出した。

「このカルビなんかお勧めだ」と付け加えていた。

ほうほう。

あの辺りの肉だな。

他の奴らの視線もその肉に集まる。

よし。俺もその肉に狙いをつけておこう。


「そう言えば。清水さんの事はいいの?

僕のとこにも彼女に告白したいって相談にくる人が出てきたよ」

不意打ちだ。

アクエリを噴き出しそうになる。

ゲホッ。ガホッ。

……むせた。


「ほう。鬼塚は清水狙いか……」

柔道男が俺の顔を覗き込む。


「あー。テニス部のあの子か!」

肉屋のせがれも付け加える。


な。な。なんだ!?

みんな清水さんのこと、知ってんのか?


周りを見るといつのまにか

焼き肉に向かっていた視線が一斉にこちらに集まっていた。

もくもくと肉だけを食べて会話に入ってこなかった

柔道部員までこっちを見てやがる!


おいおい。今、肉焼いてるんだぜ!?

バーベキューだぜ!

色恋の話なんて止めて、

肉……食べようぜ!!!


だが……

折角の願いも虚しく

肉の焼ける旨そうな匂いと共に

色恋の話になりそうな雰囲気が漂ってきた。


「前にも言っただろ……。カズ

一緒にクラス委員をやってるから分かるけど。

彼女人気出てきてるんだよ」


「確かに可愛いよね。あの子」

気さくな柔道部員が付け加える。

それに会話に加わわらず

肉ばかり食べている柔道部員もコクコクと頷いていた。


「高宮には劣るがな」

指に巻いたテーピングを見ながら柔道男が呟いた。

柔道男も清水さんに悪い評価をしていないようだ。


「カズ。前にも言ったけれど

本当に大切なものは

自分の手元においていた方が良い。

後で後悔することになるから」

肉を金網に置きながらしゃべるトモサカの表情は見えない。


「そういえば。鬼塚って成績も上がってたよな」

おい。肉屋のせがれ!

お前は肉だけ提供しろ!

変な話題を提供するな!!

そっちの話題もマズい!!!


「……あー。中間に赤点多かったから

まぁ。多少、勉強して……な」

ポリポリと顔を掻きつつ答える。

誰と何時、勉強しているかは敢えて言わない。

言いたくない……。


「清水さんと昼休みにほぼ毎日ね」

俺が敢えて隠していた事実を

"腹黒イケメン"ことトモサカが笑顔でねじ込んできた。


おいーーーーー!!


ト・モ・サ・カーーーーーーーーー!!


俺。お前に何かしたかい?


う。なんか。

視線に嫉妬が混じってきた気が……。


「はぁー!? それもう付き合ってるのと変わんねーじゃんかよ!!」

肉屋のせがれの突っ込みが入る。

ど。どこかで聞いた台詞だ。


肉だけ食べてた柔道部員の視線も

剣呑な感じになっていた。

いや……。お前は肉だけ食ってろ!

カルビ以外は許す。


「あ。いや。だから

他にも一緒に勉強してる面子がいるから、さ。

遠藤とかそのアカリとか、その高宮も……」

勉強会には他にもメンバーがいる。

俺と清水さん二人きりで勉強しているわけじゃ無い。


「ふーん。そういやさー。

鬼塚ってよく女子と一緒に下校してなかったっけ?」

おい。肉屋のせがれ!

お前は肉だけ提供してろつーの!

これ以上危険な話題を持ち出してくるな!!



「愛川と清水さんだね」



ト・モ・サ・カーーーーーーーーー!!



俺お前に恨みを買うようなことしたかい?

トモサカが腹黒な笑顔を浮かべて

またしても厄介な事実を会話に挟み込んできた。


「なんかもう。早く付き合えよ。お前らっていうレベルじゃねーの。それ!!!」

これもどこかで聞いた台詞だった。

まさか。自分が言われることになろうとは……。


「まぁ。まぁ。彼等には彼等のペースがあるからね」

トモサカがやっと助け舟を出してくれた。


「鬼塚。お前、可愛い女子と登下校して……

それで一緒に勉強までして成績を上げたのか。

メチャクチャ羨ましい奴だな……」

肉屋のせがれが変にまとめやがった。


違ーーーーーう!


と、登校は一緒にしてねーぞ!!

下校はしてるけど……。

いや、これは口にしては駄目だ……。

火に油を注ぐ。


肉だけ食べてた柔道部員の視線も

確実にこちらをロックオンしていた。

しかし、肉を止める手は止まってなかった。

うん……。

お前はこっち見るか、喰うかどっちかにしろって!?


ああーーーーーーーーーーーーーーっ!!


俺の狙ってたカルビ喰いやがって!!!

ちくしょう……。


「……告白はしねぇのかよ?」

柔道男がブッ込んできた。


「……そういうのは未だ」


「へっ」

柔道男が嘲笑った。

あっ。今。お前、俺のコト馬鹿にしやがったな!

このヤロウ!!

俺には俺の考えがあるんだよ!!!


くそう。

落ち着いて今の空気を変える言葉を考える。

……話題をトモサカに振ろう。


「成績が上がったのは

色んな奴と勉強したってのもあるけど……。

トモサカから過去問とかもらって

それが役に立ったというのもある」

これもこれで事実だ。


「そうだね。そう言えば君たちにも同じものを渡したはずだけど……」

トモサカは笑顔のまま刺すような視線を柔道部員たちに投げた。


「あ。いや俺達はあんまり……。使わなかったっっていうか……」

気まずそうに顔を見合わせる柔道部員達。

さては、コイツラ碌に勉強してねーな!


トモサカが嘆息する。

「カズはどれくらいあの資料を使った?」


「科目によるけど……

昼休みに一回やって。その復習をみんなでして。

それでテスト前にももう一回やったから。

三回ぐらいしてるかな」

自分が教師役を務めた科目はもっとしてる。

けど他の科目も含めて考えればそれぐらいだと思う。


「三回も……」

誰からともなく柔道部員たちから声が漏れた。


「人の事を妬むのは別に構わないが

まずは自分が成すべきことしてからだと思うよ」

期末、中間共に学年2位のトモサカの言葉は重い。

たしかアカリと同着だったはずだ。


「俺達はお勉強ってガラじゃないさ……。

だけどトモサカの言う通りだ。

やることやってねーやつが文句を言う筋合いは無い」

柔道男がそう答えた。


……割といい奴なのかもしれない。


さっきの話でもあったが、暴力を用いた"脅迫"は

遠藤相手にもできる。

ようするに「高宮と別れろ!」って脅迫だな。

だが、それを柔道男はそれを使っていないようだった……。

柔道男だけでは無理かもしれないが

トモサカがいれば可能なはずだ。

だがそういうことをしてない

いや多分、そういうのは好まないタイプのはずだ……と思う。


「しかし今回の期末試験。君達は凄かったね」

トモサカからお褒めの言葉を頂いた。


「俺達って?」


「君達が始めた勉強会のメンバーは

全員順位を上げてきた。

たしか……偏差値も上がっていたはずだ」


「そりゃみんなで勉強してれば

みんな成績が上がるんじゃないの?」

肉屋のせがれからチャチャが入る。


「……そうでもない。みんなでやるということで

甘えがでて遊んでしまう者もいるし、

逆に今まで成績が良かった者が下がるということもある。

以前にもあった事だよ。

どうしても教える側に負荷が集中するからね」

……俺達の勉強会も最初はそうだった。

成績のいい女性陣、つまり教える側に負荷が集中した。

それと肉屋のせがれがばつの悪い表情をしていた。

こいつはみんなで勉強すると遊んでしまうタイプにみえる。


「生徒会は目標として、今でも耳障りの言い

"生徒間での教え合いの促進"を掲げている。

これは、口にするのは簡単だが

実際に叶えようとすると難しいものだ」


「理想はあくまで理想ってことだろ」

柔道男が口をはさんだ。

-うめぇな。この肉!-と肉の感想も付け加えていた。


「その通り。

理想は口にするだけでは意味が無い。

現実とすり合わせをして

理想通りとはいかないまでも

可能な限り、実現してこそ意味がある」

トモサカの瞳に意思の光が灯っていた。


「かつての生徒会。……いや今もそうだね。

ただ……理想論を口にするだけだよ。

でも一部の先生や生徒に受けたんだ。

"共に学び合い高め合う"だったかな。

そんな中身の伴わない上辺だけの言葉で篭絡されたんだ。

だから色々と支離滅裂な制度改革もあった」


「図書館での会話の許可とか……」

他にも細かい成績の公表とかだったかな?


「そういうのだね。まぁ。良いものもあったんだけど……」


「結果的に成績の上がった者は出たよ。

……。だけど逆に下がった者もいたんだ。

しかし……悪い結果を無視した」

トモサカが冷厳した表情で続けた。


「嫌な話だが、よくある話といえばある話だ」

柔道男が同意を示した。


「教える側にどうしても負担がかかるしね。

不公平と言えば、不公平よね。

なんか……野球部とかテニス部とか酷かったって聞くし

人が多い部活は特にそういう事が起きたって……」

気さくな柔道部員も過去に起きた内容を知っているようだ。

確かアカリは"生徒間の教え合い"を嫌っていた……。


"これ"があったからか……。


会話に一拍おいてトモサカが続けた。

「気付いていないのかい? カズ

今回の期末で君達5人全員、誰も成績を落とさなかった。

寧ろ上がったんだ。

君達は叶えたんだよ。"共に学び合い高め合う"という

理想を……」

トモサカが眩しいものを見るような目線で

俺を見ていた。


「凄い事なんだよ。これは。

胸を張っていいことだと僕は思うよ」

トモサカからそう言われて気恥ずかしくなる。


「……別に俺だけの成果じゃねーしな」

……みんなのおかげだ。

リーダー役のアカリがいて

それに高宮と遠藤、

そして……教え上手の清水さんがいて……

みんながいなければ出来なかった。

素直にそう思う。


「それはそうなのかもしれないが……

君が発起人何だろう?」


「勉強会を引っ張ったのアカリだよ。

それに清水さんは人にもの教えるの上手なんだ。

俺はさ……。何ていうか、サポートしただけだ」


「黒子役か。君らしい……。

でもそれも大事な役割だ」

トモサカが穏やかに続けた。


しばしの静寂の後、トモサカが空を見上げて呟いた。

「今日は天気がよかったからね。月がよく見える」

夕陽が沈み、月がくっきりと見えてきた。

トモサカは遥か上の夜空を……

欠けた月を見上げていた。

皆つられて空を、月を見あげた。


トモサカ自身、きっと何かの理想を追い求めているんだと思う。


でも満月じゃない。欠けた月になんだろう。

それでも満月を求めている。

そんな気がする……。


トモサカ……。

お前はどういう理想を追いかけてるんだ……。

どんな現実とすり合わせしているんだ……。


すぐ横にいるはずの友人を俺は遠くに感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る