第3話 夕陽に向かって吠えろ!

1996年8月19日(月)


電車の中で俺は先週のトモサカとの会話を思い出していた。


何で誘われたのかは分からないが

俺はトモサカからバーベキューに誘われていた。

バーベキューの面子に遠藤や高宮はおらず、

アカリも清水さんもいないそうだ。

自分で言うのも何だが

俺はそんなに人付き合いが良い方では無い。


……何故に俺が誘われたのかが分からん。



「次の月曜の夕方に海沿いの公園でバーベキューをするんだけれど……

できれば参加出来ないか?」

先週、トモサカからバーベキューの誘いを受けた。

参加の面子を聞くと、はぐらかされた。

なんかあるな。これ……。


「俺に何かさせたいのか?」


「質問に答えて欲しいだけ……と聞いてる」

トモサカが少し苦笑しながら答えた。


「俺の中学の時の噂の真相を聞きたいとかいう話なら御免だぞ」

"四人殺しの鬼塚"

そんなあだ名は捨ててしまいたい。


「安心して欲しい。そういうのでは無いよ」

じゃーどういうのなんだ?

……なんだか要領を得ない返答だ。


「よく分からんが、トモサカも来るのか?」


「あぁ。僕も参加するよ」


「会費は?」

これがもっとも重要である。


「特別に1000円で食い放題。肉屋の息子がいるからね」


「乗った!!!」

安さにつられた。

1000円で焼き肉食い放題だ。

参加しないわけには行かない。



そう思っていたが、到着して俺は後悔した。

待ち合わせ場所となった海沿いの公園には……。


あの"柔道男"がいた。


そう。遠藤と高宮の取り合いをしたあの"柔道男"である。


「時間通りだね。カズ」

トモサカが笑顔で迎えてくれる。

が、柔道男は腕を前で組んでムスッとしている。

アレだね。体のごつい男がムスッとしていると

迫力がすごいっていうか。なんというか……。

他にゴツい奴らが三人ほどいた。

おそらく"柔道男"の友人だろう。


「さて。まだちょっと準備が必要だからね

手伝ってもらえると助かる」

炭とか火の準備が未だ必要だった。


しかしヤロウ6人でバーベキューというのもね……。

既に時間は夕陽がまぶしい頃合いで、

少し先の浜辺ではカップルがイチャイチャしていた。

ま。今日は色気より食い気だ。


準備が終わり、炭に火をつけ始めたその時……。

柔道男がその重い口を開いた。



「高宮と遠藤は上手くいってるのか?」



それかいぃぃ!!!!!



俺を呼んだ理由は!?

トモサカの方を見る。

うんうんとトモサカは頷いて見せた。


「上手くいってるんじゃねーの?」

俺はそっけなく答えた。


「具体的には?」

いや。具体的にって言われてもね……。


「よく一緒に映画いってるって聞くし、この前はプールにも行ってたぞ。

仲良くウォータースライダーを滑ってたってさ。

夏祭りも一緒だったしな」

そう言いながらトモサカに目配せした。

夏祭りにはトモサカも一緒だったからな……。

その言葉を聞き、柔道男はプルプルと震え出した。


「楽しくやってるんだな。高宮は?」


「まぁそうなんじゃない。そういや前より喋るようにはなったぜ。高宮」


「何故、分かる?」

声のトーンがやたら重くて低い。


「いや。俺。同じ陸上部だし……」

その言葉を聞き、柔道男の震えが止まった。

と思ったら、海に沈む夕陽に向かって叫びやがった。



「うぉー。うぉー。うぉー。好きだー。好きだ―。好きだったんだー!!!」



俺達もびっくりしたが、浜にいるカップルまでびっくりしていた。

それぐらいの大声だった。


しかもそれに飽き足らず、

柔道男は夕陽が沈む海に突進していった。


柔道男の脇にいたガタイのいい男二人も少し遅れて海に突進した。


カップルが浜からほうほうの体で逃げ出していた。

哀れな……。


「なんなんだ。あいつらは!?」

浜辺にいたカップルほどではないが

こちらもビックリである。

あっ。カップルさんも何事だって顔してるや。


「うーん。まぁ。彼等は熱い漢たちなんだよ」

トモサカが解説する。

うん。ちっとも分からん。


「あぁ。鬼塚。ごめんねぇ。こんなことに付き合ってもらって」

トモサカの横にいる男子から謝罪を受けた。

気さくな感じだが、こいつもゴツイ。

おそらく柔道男と同じ柔道部なんだろう。


「いや。まぁ。別に」

別に殴られたり、投げ飛ばされたワケじゃないからいいが……。


「彼。先週、高宮さんに告白して振られたんだよ」


「せ・ん・し・ゅ・うー! だって遠藤と付き合ってるでしょ」

ビックリである。

負け戦だぜ。それは……。


「うん。まぁ。僕らもそれは何となく分かってて止めたんだけど。

本人が諦めきれないって言ってて。

じゃー告白してみたらって話になったんだけど……。

案の定、振られてね」


そりゃそうだ……。


「僕も彼に少し協力はしてたからね」

トモサカが話す。


「だからこれって単なるバーベキューじゃなくて。

振られてしまって残念会というか"慰め会"なんだよ」

あー。そういうの……。


ソウコウ話している間にずぶ濡れの熱い漢たちが戻ってきていた。

ずぶ寝れのガタイのいい丸刈りの男達が並んだ。

随分準備の良い事で、タオルが既に用意されていた。

どうやら最初から、海に飛び込む気でいた様だ……。


そして柔道男はタオルで体を拭きながら、

開口一番、脅迫してきた……。

「遠藤に伝えろ! 高宮を泣かすようなことをすれば許さんと!」


うわー。

しかもタオルに顔が半分隠れてはいたが、

その眼は爛々と輝いていた。


遠藤は厄介な奴にロックオンされたらしい。

しっかりと遠藤に伝えておこう。

そうしないと。俺の身が危うい。

「つ。伝えておこう」


よし!

危うくなったら遠藤を生贄の羊にしよう!!



「それと友坂。噂の出どころは4組のテニス部のあいつでいいのか?」

柔道男がトモサカに尋ねた。



噂?



「あぁ。彼で間違いないよ」


「フフフ。そうか……。ギタギタにしてやる」

柔道男の瞳がまたしても爛々と輝いた。

しかも怪しさ抜群だ。


その言葉を聞いてトモサカがため息をついて答えた。

「彼にはアカリから"制裁"を加わってるよ。

もう手を出す必要は無いと思う。

君を使った"脅し"もしてる。

実際に君が動くと"平手打ち"どころじゃすまなさそうだ」

トモサカがヤレヤレといった調子で答えた。


"制裁"……。

トモサカが怒ってる時に使う言葉だ。


「むっ。それは困る。この欲求不満を解消できない」

海坊主が不満を露骨に表情で表していた。


「僕は君の暴力を僕は借りるつもりだ。

しかし不満がたまったからといって

むやみに暴力を使うのは宜しくない」

トモサカが止めた。

"暴力を借りる"……。

なんのことだ?


「暴力というものはまず実際に使用せずに脅しに使うべきだ。

どうしても使うなら正当防衛になるように仕向けて使う……。

前にもそう言ったはずだ」

トモサカが少し強めの口調で話していた。


「……分かってるよ。そういう小難しいのは任せる」

だが、海水と砂利まみれのいかつい坊主頭の男は

どうにも、口より先に手が出そうなタイプに見えた。

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