第2話 イイワケせずに前を向く

1996年8月11日(日)


長距離5000m。

実戦形式の練習が二本終わった。


遠藤はやはりというか、レース展開に合わせられず

本来の実力を発揮できていなかった。


ハイペースのレースでは先頭に釣られてしまい、ペースを乱した。

スローペースのレースでは

俺より後ろに走っていたのでちょっと分からないが、

思うように走れなかっただろう……。

着順は後ろの方だった。


自分のペースで走れないと疲労が進む。

特に急激な加速、減速を繰り返すとそうなる。


「大勢で走るってこんなに……しんどいの」

遠藤がタータンにへたり込んだ。


「大勢っていってもな……。今日は10人ぐらいなんだぞ」

9月の新人戦はそれよりも多い、多分30人ぐらいのレースになるはずだ。


「新人戦はもっと人が多いぞ」


「う。分かってる。分かってるんだけど……」

一応。去年の県大会や北信越とかの試合を何本か映像で見せている。

でも、見ただけで全部分かるわけじゃ無いからな。

実際に経験してみなければ分からないことは多い。


「試合の映像見る時も、自分はどの位置取りにするかとか

この展開になったらどうしようか、考えながら見ろよ」

前々から言ってる事だが、敢えて再び伝えた。


「……強豪校ってさ。いつも大勢で、しかも競技場で練習してるんだろう?」

遠藤から質問がきた。


「いつもって訳じゃないだろうが……、

私立の強豪校は人が多いし、競技場持ってるところもあるな」

競技場どころかジムを持ってるところもある。


「そんなの……かなわないよ」


「イイワケか?」


「他校の奴等を羨むのを止めろとは言わないさ。

少なくても無いよりは有った方がいいのは確かだからな。

けどイイワケも度が過ぎると

負ける為の準備をしてるのと変わらんぞ」


「そんなんじゃ……」


遠藤の言葉を遮って続ける。

「それと公立の強豪校の中には専用の競技場がなくても

常に全国に出ているところもある」


「えっ。そんなとこ……あるの?」


「あるさ。だから勝てないことは

環境のせいには出来ねーよ」

だいたいそういうところは

監督が凄い人だったりするんだが、

それは伏せておいた。


「何度も言うが

"他人を羨むな"とは言わんさ。

俺達に無いものを持ってる奴等は間違いなくいる。

でもな、羨んでも仕方ねぇ。

そんなことするより

勝つために何をすべきかを考えて、行動した方が建設的だ。

……違うか?」

俺には身長という才能が無い。

いい設備がある学校でも無い。

おまけに金も無い。

無い無い尽くしだ。


俺にあるのは

"四人殺しの鬼塚"という

汚名ぐらいだ……。



でも……。

それでも……。

俺は諦めたくなかった。



「違わない……。鬼塚の言う通りだと思う」

遠藤が答えた。


「ま。要するに、イイワケせずに前を向けってコトさ」

俺はずっとそれを自分に言い聞かせている。


「……そうだ。そうだよ。

僕はもうイイワケなんてしちゃいけないんだ」

遠藤は思いつめたようにそう呟いた。


「ホント。こんなところまでそっくりなんだよな。鬼塚は……」

遠藤が苦笑していた。


そっくりって?

「何の事だ?」

俺が誰かに似ているんだろうか?


「なんでも無い。こっちのこと。

それに……負けられないからね」

そう言いながら遠藤は立ち上がった。


「うん?」

負けられない? 何に?


「負けたくない奴がいるんだ……」

遠藤の瞳に強い意志が感じられた。

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