夏祭りにて

第1話 お誘いその2

1996年8月7日(水)


夏休み中、部活が終わった後の午後、

またしても遠藤からお誘いの電話が来た。

部活で話せよ。ったくもう……。


「隣り町の夏祭りさ。みんなで行かない?」

遠藤の口調は多少、興奮気味だった。


「いや。お前らそろそろ二人でいけよ!

それに俺、日曜は空いてね―ぞ」

プールでの一件を見てての感想だが、

遠藤がやらかしても、高宮は気にしないと思う。

ホント。うらやましい……。


「何で?」


「バイ……。実家の手伝いで農作業すんだよ」

マズい。マズい。

危うく”バイト”と言いかけた。

ウチの高校はバイト禁止なのだ。


シューズもそうだが、色々欲しいものがあるからな……。

そういやワセリン、油紙も補充しとかんとな。

金はいくらあっても足りない。


「そうなのか。でも日曜じゃないから

だから……大丈夫だよな!」

……。何だか遠藤の押しが強い。


「いや。だからさぁ。お前。高宮と二人の方がいいんじゃねーの?」

男女づきあいは俺にはよく分からん。

そもそも経験が無い。

が。もうそろそろ二人で行けば? とも思う。


「あの。その……愛川さんが……。

じゃなかった……。えーと。プールでさ。

愛川さん。ナンパされてただろ?」

なんだか遠藤の返答がしどろもどろだ。

そういや。アカリがナンパされてたな。

俺が追っ払ったけど……。


「お前が高宮を守ってやればいいじゃねぇの?」


「それはそうなんだけど……。

えーと。だから。

愛川さんも来るし、その勝手に動き回るから……」

ま。確かに……。

あいつは目を離すと勝手にどこかに行ってしまう。

てか。アカリも来るのか。

何か腑に落ちない。奴らしく無いような気がする。


「あ。そうだ。そうだ。愛川さんから言われてたんだ。

"清水さん"も来るから」

遠藤の声が次第に明るく大きくなった。

"清水さんも来る"か……。

遠藤はそこを強調していた。


しかし俺ってやっぱりバレバレなのかな……。


さて。どうしよう。

ナンパの件もあるけど。

俺自身。清水さんに会いたいというのは確かにあるからなぁ……。

でもなんかアカリの奴がまた企んでる気はするんだよな。


「しゃーない。行くわ」

ホントは清水さんに会えるのが嬉しくて仕方が無い。

でもそれは照れくさいから隠したつもりだった。


「恩に着るよ。鬼塚」

遠藤は本当に電話口で頭を下げていそうだ。

恩に着るね……。

その言葉づかいから、遠藤に対して

アカリから何かの圧力が掛かってる気がした。



ま。俺は俺で清水さんに会えるのは嬉しんだけどね。



うーん。

清水さん……。

なに着てくるのかな?

やっぱ浴衣か?

可愛いんだろうな……。


うっ。イカン!

想像しただけで、丸めた布団を抱きかかえて

またゴロゴロと転がってしまいそうだ。

で……も……。楽しみだなぁ。

思わず顔がにやけてしまう。


「で。待ち合わせの場所と時間は……」

遠藤の説明を聞き流しつつ、すでに心が湧きたっていた。



遠藤との電話を終えてふと。

頭をよぎるのは中2の事件。

何せ。俺自身がこの高校に来るきっかけでもある。


事件の登場人物は

4人の馬鹿共、先輩、俺、トモサカ、そして……アカリ。

あの後なんだよな。トモサカとアカリが疎遠になって、

別れたとかそういう噂が流れたの。



……アカリも祭りに来るんだよな……。

ボディガード役は多い方が良いっちゃいいし。

トモサカ呼んだ方がいいのか?

しかしアカリに一言断り入れないとマズいのかな……。

"女ゴジラ"が暴れ出すとなぁ……。



一言断りぐらい入れておこうか……。

そう思ってアカリに電話を掛けた。



「アカリさんいませんか?」

アカリの家に電話を掛ける


「あら。鬼塚君。いつもありがとう。少し待ってね」

お母さんらしき人が電話にでた。


「何よ」

不機嫌な声が唐突に聞こえる。アカリだ。

声の感じは母親と似てる。

しかし対応が違い過ぎる。

お母サマ、教育がなってませんよ。


「あのさ。明後日。夏祭りに行かないか遠藤から誘いがあったんだけどさ」


「あんたも来るんでしょ。ミサキも来るわよ」

誘い方が遠藤といっしょだ。

しかしバレバレなのかな? 俺の下心は。


「行くけどさ。トモサカ誘っていいか?」


「……そんなに勝手に呼べばいいじゃない」

勝手に呼んでいいらしい。


「いいんだな?」

念押ししておく。


「その。それで。ユーリ。来るって言ってるの?」

勇利(ユーリ)はトモサカの名前だ。


「まだ聞いてない」


「先に聞いときなさいよ! バカっ!!」

そう言い放ってアカリに電話を切られた。


受話器を戻しつつ、

ホントにアカリの女王様気取りはどうにかならんのかね、と思った。



誘えば来るかもしれない。

プールの時とは違って夕方以降だし、

部活も終わってる。

こういうのは考えるよりも行動だ。

とりあえずトモサカに電話してみよう。


「もしもし。鬼塚ですけど」


「友坂です。カズか。どうした?」

すんなり電話口にトモサカが出た。


「明後日の夕方、夏祭りがあるんだけど、そのお誘い」


「あー。そういえば隣町であるそうだね」


「もう他の誰かと行くことになってる?」


「いや。誘われてはいたけど。断った」


「じゃ。来ないか?」


「いや。そういうわけじゃなくて。

付き合いは必要だけど、余り親密になると

勘違いされそうな人達からの誘いだったから。

適当な理由で断った」

こいつは相変わらず人付き合いが大変そうだ……。


「他を断ったのなら来るの難しいか。

こっちのメンツは

お前と同じクラスの清水さん。

俺のクラスの高宮、遠藤、んでアカリなんだけど……」


「うーん……」

電話口でトモサカは悩んでるみたいだ。


「無理してくる必要ないぞ」

トモサカを誘ったのは誰だかは分からない。

ヶド……。もし出会ってしまえば、

”私達の誘いは断ったのに”とか言われそうだしなぁ。


「何で僕を誘ったの?」


「久しぶりに一緒に遊びたいというのもあるけど。

このまえプールでそのメンツで遊んでたらナンパされてな。

アカリが単独行動しやすくてさ。

離れると、何か面倒みるのが大変で。

ボディガード役がもうちょっと欲しいなって…」


「君が下校中にもしていること……だね」

"トモサカは察してそうだな"と思っていたが

やはりバレてたか……。


「まぁ。向こうから来てくれる分には付き合うさ。家もまぁまぁ近いしな」

俺もアカリも中2の事件は引きずってる。

しかしトモサカもおそらく……。


ややあってトモサカは別の質問をしてきた。

「愛川は僕の事を誘っていいって言ってた?」

アカリの事を聞いてるくるってのは、

やっぱりそういう事なのかな……と思う。


「聞いてる。問題ねぇってよ」


「アカリに直接聞いたのかい?」

電話口でもわかるぐらいにトモサカは驚いているようだ。

さっきは愛川と言っていたが、今はアカリと呼んでいる。


「アカリを相手にする時はもって回った言い方より、直接の方がいいぞ」


「……。確かにそれはそうなんだけど……」

やっぱ。こいつら噂通り付き合ってたんじゃねーのかなと思う。

そういう雰囲気はあったし。



でなければあんなことを俺としなかったはずだし……。



「んで。どうする? こっちも無理に誘ってるわけじゃないから。

断ってもいいぜ」

別れちまったのなら、一緒に過ごすのは辛いものなんだと思う。

俺には失恋の経験も無いからその辺は分からないが……。


他にボディガード役で誰を誘おうか考えていた矢先に

トモサカが答えた。


「……。うん。僕も行くよ」



トモサカとの連絡の後で

しばらくしてからアカリから電話があった。

トモサカが来るのかどうかどうなったかの確認だった。


"トモサカ来るぞ"って言ったら、

"き。決まったならさっさと連絡しなさいよ! バカっ!!"

と返された。


勝手に呼べばいいと言ったのはそっちだろーが!!!

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