第2話 ユ・カ・タ

1996年8月9日(金)


ユ・カ・タ。

それは女性を艶やかに見せる。魔法の着物。

やー。いいですね。

うなじとか。

帯に軽く絞められている感じとか。


あの帯を緩めて、帯の端をとって

「いいではないか。いいではないか!」

と言いながら、女性をぐるぐる回転させながら、帯を取ってみたい。

テレビでよくやってるけど。

あれ。芸能人がやるとなんか楽しそうに見えるんだよね。


目が回りそうだけど……。


そういう面で考えれば、

スイカ割りするのに適した服装は水着ではなく着物かもしれない。


待ち合わせの場所に向かう間にも

浴衣を着た女性達とすれ違う。


清水さんも浴衣のはずだ。

アカリが電話口でそう言ってた。

アカリとの会話を思い出す。


「ミサキに綺麗だって言ってあげなさい。可愛いは控えてね」


「可愛いはダメなのかよ?」

清水さんは綺麗というより、

可愛いという感じなんだが?


「駄目ってわけじゃないんだけど。

中学生の時に浴衣を着て、七五三って言われてからかわれたんだって」

確かに、可愛いという言葉には幼いという意味も若干含まれている気がする。

清水さんはそれを嫌っているようだ。


「清水さん。気にしてんの?」


「してると思うわよ。精一杯大人っぽいの選ぼうとしてるから」

なんとなく。大人っぽい服を背伸びして見ている清水さんが想像できてしまう。

それはそれで可愛らしい。

あ。可愛いって言っちゃダメなんだっけ?

難しいな……。


そんなアカリとの会話を思い出しながら待ち合わせ場所に向かった。



待ち合わせ場所に到着すると俺が一番最後だったようだ。


時間には遅れてはいない。

ちょうど2分前程度だ。


「5分前には来るもんだぞ。こういうのは」

遠藤にたしなめられる。


「あー。いや。結構込んでて。ごめん。ごめん」

祭りという事を考慮に入れてなかった。

いつもより道が混雑していた。


"ツンツン"


アカリが俺の横にすっときて、肘でつつく。

そしてアゴを少しだけ傾けて清水さんを指した。

清水さんは金魚が描かれた下地が黒の浴衣を着ていた。


わかってる。わかってるよ。誉めなきゃダメなんだろ。

やらなきゃいけないことは分かってる。

……が。言葉に詰まる。


"ゴリゴリ"


さらにアカリがその肘を俺に押し付けて清水さんに方向に押してくる。

肘が痛いっつーの。

分かってるっつーの。

居住まいを正し、呼吸を落ち着かせながら

清水さんに声を掛けた。

「あの。その浴衣綺麗だね」


あー。もう何も考えらえていない台詞(セリフ)だった。

もっとこう。しっかり……。考えておくべきだった……。


"ゴスッ"


アカリの肘が肘打ちに変わる。

だからなんで横っ腹を的確に狙うんだよ。

おめーは!

息が詰まって、喋れなくなるだろーが!

それに俺は上手い言葉とか出てこねーんだよ!!


確かに綺麗なんだ。

夕陽がまだ少しだけ残っている薄暗い中、

祭りの提灯の光が仄かに周囲を照らす。

そして、その光が清水さんの白い肌を照らしていた。

黒めの浴衣がその白を際立たせていた。

そして、少し髪で隠れたうなじが色っぽかった。


意を決して口を開く。

やぶれかぶれだ。

ストレートに言ってしまえ!!


「浴衣もその、綺麗だけど。うん。清水さんも綺麗だよ」

意を決したハズだが、

気恥ずかしさのあまり途中で小声になった。

き。聞こえてないかも……。


「あ。あの……。ありがとう」

清水さんから返答があった。

き。聞こえてたみたいだ……。

清水さんも気恥ずかしいのか小声だった。



あーもう。

少し顔を赤らめる清水さんが可愛い。

あ。可愛いはダメなんだっけ!?

でも抱きしめてしまいたい。

……のだが、我慢、我慢。



"バシッ"


アカリが今の対応に満足したのか

俺のケツを手の平で叩いてきた。

お前は人を蹴ったり、殴ったり、叩かななきゃ

気が済まんのか?



「黒は女を美しく見せますからね」

高宮が厳かに答えていた。


「僕が言いたかった……」

その横でなんだか遠藤がブツブツと文句を垂れていた。

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