第11話 辿り着きたい背中

1996年8月5日(月)


「鬼塚。一勝負しないか?」

アクエリを受け取りながら、遠藤から声を掛けられる。


「何するんだ?」


「25m自由形」

……。なんか自信ありそうだな。こいつ。


「"アクエリ"賭けるか」

帰りのアクエリを奢らせようという魂胆である。


「もちろん」

その自信ありげな表情のまま遠藤が頷いた。


高宮からさっき聞いたことを思い出していた。

『あの。私中学でも高跳びしてたんです。その時、私より高く飛べる先輩がいて

ずっとその先輩を目標に飛んでたんです。それで記録が伸びて……』


遠藤から見たら俺が身近な目標なんだろう。

であれば、簡単に超えられたら意味が無い。



……。高い壁だと再認識してもらおう。



とは言え、女子をほっぽりだして勝負するわけにはいかないから

一度女子に聞いてからだな。

……。遠藤から切り出した方がいいかな?


遠藤に女子にも告げるように手でサインを送る。

ホント。気付けよ。こいつ。

どうにも。わかってないようだ。

遠藤の耳に口を近づけて話す。

「女子も誘えっていってんだよ! 女子だけにしちゃまずいだろ!

さっきのアカリみたいに変な男がナンパしてくるぞ。

高宮だってそうなるぞ!」


「え。あっ!」

ようやく気付いたみたいだ。


遠藤が女子に向けて話しかける。

「あの。あっちの25mプールで鬼塚と泳ぐっていうか、

勝負しようと思うけど……。来る?」


あんまり良い誘い方じゃないが

何も言わないよりは全然いい。

それに遠藤が気づかいできる奴だってっとこを見せとかんとな……。


「へぇー。面白そうね」

とアカリ。


「応援しに行きます。頑張ってください。遠藤君」

と高宮。


「わ。私も見に行きます」

と清水さん。


三者三様の返答だったが、とりあえずは一緒に来てくれるようだった。

近くで見てれば大丈夫かな?


シートとかをバスケットに片付け、

皆で8レーンある25mプールに来た。

流れるプールとかウォータースライダーと比べて人が少ない。

4レーンぐらいは開いていた。



……やれそうだな。



「スタートの合図だれか頼めるか?」

女子達に声を掛ける


「あ。私! 私やる!」

やっぱりというかアカリが元気にはいっ、はいっと手を上げる。


「んじゃ。ここいらのレーンにしようか」

プール端のレーンを選ぶ。

観客が見やすいように……だ。


「いいよ。それでいこう」

遠藤も頷く。


「もう始めるの?」

アカリが目を爛々と輝かせながら声を掛ける。

コイツ、ホントこういうの好きだよな。


「ちょっと待って。準備運動させてくれ」

俺と遠藤は軽くストレッチをする。


「こっちはいいぞ。鬼塚」


「俺もいいぞ」

俺達二人は飛び込み台の上に立つ。


「アカリ。じゃ頼んだ」


他の女子二人は固唾をのんで見守っている。


「位置について」

アカリの声でフォームをクラウチングに変える


「よーい。……。ドン」

俺と遠藤はほぼ同時に飛び込んだ。




息の続く限り潜水。




色々とコツはあるかもしれないが


ギリギリまで潜水することが速く泳ぐポイントの一つだ。


息が苦しくなってきた。空気が恋しい。


それでもなお潜水を続ける。



もう空気無しでは耐えれそうにない。


水面に頭を浮上させながら、クロールを始める。


「ぶはっ」


フォームを安定させることを第一。


従兄に兄ちゃんに教えられたことを思い出しながら泳ぐ。


身体を水平に、膝曲げるな!


肩から大きく回すんだ!


安定してきた。


一定のリズムで泳ぎ出すと周りをみる余裕が出てきた。


あれっ。遠藤前にいねーぞ。


横にもいない気が?


そんなことを考えていたらゴールしてた。


「鬼塚の勝ち!!」


ゴールではアカリが高らかに勝者を宣言していた。

花を持たせてやればよかったか?

しかし初めての勝負で適度に合わせるのは難しすぎる……。


俺は振り返って、迫ってきた遠藤の泳ぎを見る。


うーん。足をばたつかせ過ぎだな。あれ。

膝も曲がってやがる。



フォームが悪い……。



「ぶはっ。はぁー。はぁー。く。くそう」

遠藤は悔しがっていた。


「じゃー。アクエリは俺のものな」

先にプールから上がっていた俺は遠藤を引き上げる為に手を伸ばす。


「お。鬼塚! 水泳やってたのか!!」


「いや。本格的にはやってねぇけど。

親戚の兄ちゃんがやってて。小さい頃、教えてもらってたから……」


「そ。そうなのか……」


「なんか。鬼塚と全然違うのよね。泳ぎ方が」

アカリが口を挟む。


「最初は水のなかで潜ってる時間が長いですね。鬼塚君は」

清水さんが意見を述べる。


「そうですね。鬼塚は長いこと水中にいて浮いてこない感じです」

高宮さんが同意を示す。

進学校の生徒であり、かつ運動をしてる女子達だ。

その辺りの観察眼は鋭い。


「潜水? 足と手を大きく速く、

かきだせばいいんじゃないの?」

間違ってるわけではないが、コツはそれだけでじゃない。


「うーん。何でもかんでもバタつかせればいいってもんじゃないぞ」

最初は潜水でかせいだ方が良いし。


「アニキの嘘つきめ!」

遠藤の文句が出た。


「で。でも。カッコよかったですよ」

高宮がフォローを入れる。

やっぱ良い子だね。この子も。


知ってることぐらい。教えてみるか……。

そう思い、

最初は出来る限り潜水で泳ぐことと、

バタ足の仕方を教える。


「すごい。速くなったと思う」

高宮が声を上げる。

潜水とバタ足の方法を変えるだけで多少は見違えたようだ。


俺のにわか指導の元、遠藤のフォーム改善。

それに美少女三人がやんややんと意見を宣う。


人の好い遠藤君はそれを聞き、自分のフォームに取り入れては

泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。




……。かくして遠藤はグロッキーとなり、プールサイドにへたり込んだ。




「お前ら。注文付けすぎだ」

流石に見てられなくなったので女子達に口を挟む。

もっと早く言うべきではあった。

だが……

遠藤自ら言うべきだ、とも思っていた。

いつかは自分で言うだろうと思い

黙っていたのだが……。

流石にもう駄目だろうと思い口を挟む。

……部活でも多少オーバーワーク気味なんだよな遠藤は。

メニュー以外の事をやろうとする。


ま。特に水泳は勘違いしやすいけどね。


人は無限に動く事は出来ない。

だが水中ではもっと動けると勘違いしやすい。


あとはまぁ……。

彼女の前でカッコイイトコ見せたかったんだろうけど……さ。

遠藤も。


「ひ、貧弱な遠藤が悪いのよ」

この期に及んでアカリは自分に責は無いと言う。

こいつめ……。

しかし高宮と清水さんは少しやり過ぎたと反省しているようだ。

高宮はプールサイドでへたり込んでいる遠藤に水分を与え、介抱していた。


「はぁ……。自分ももう少し早めに言うべきだったが……」


かくして遠藤は俺に肩を借りて、帰ることになった。


自分に弟はいないが、もしいたとしたら遠藤みたいなもんかもなと思う。

手のかかる弟だと思う。遠藤は。

だけど何か見捨てられないんだよな。こいつ。

弟って可愛がられるっていうけど

遠藤はまさしくそういう奴なんだろう。



後から聞いた話だけど

今回の件で遠藤はアカリに怒られたらしい。

アカリは俺と清水さんを二人きりで帰らせようと計画してたからね。

いやはや、頭がフット―しすぎて忘れてましたよ。


しかしあの恋人のいない"恋愛ますたー"は本当にお節介すぎる。

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