第4話 バイトじゃないです。家事手伝いです。その1

1996年8月4日(日)


日曜日で部活は休み。

てなわけでバイト……じゃなかった

家事手伝いです。


今日は近所のおばちゃん達に混じってキャベツの定植。

ふっふっふっ。……望むところである。


「あらカズちゃん。大きくなって。それに真っ黒ねぇ」

腰の曲がったおばちゃん達に早速声をかけられた。

この時期、毎年聞く言葉だ。


「うす。今日も宜しくお願いします」

農業の大先輩に敬礼である。


「長靴大きいのあったかしら?」


「あ。俺。持ってきました。でも手袋は貸してください」

マイ長靴持参である。


「ええっとこれでサイズ合うかしら?」

おばちゃんから貰ったゴム手を嵌めて

戦闘準備完了である。


さぁ。勝負の時間だ。

今日もこの道30年のおばちゃん達に挑もう!

両頬叩いた。

気合を入れよう!


ポットに入ったキャベツの株を取り出しながら、

うねに貼られたシートの隙間に

植穴を作りながら植えていく。


「お隣の……さん。おめでただって」


「あら。お腹が……でるようにみえたから……」

……井戸端会議がはじまる。

しかしおばちゃん達の手は止まっていない。


おれも精一杯手足を動かしているつもりだ。

それでも、おばちゃん達の手が速い!

次々植えていく。

井戸端会議をしながら……である。

……それに移動も速い。

何せ腰が曲がっている。

わざわざしゃがんで植える必要が無い。

腰を曲げたまま移動してる。


年を取ったから腰が曲がったのか

農業をする為に最適化する為に腰を曲げたのかが

分からん……?


変なことを考えていたら

余計に差がついた。

向こうは俺より六株ぐらい先をいっている。

……急ごう。



気付くと体中汗まみれ、手は泥だらけになっていた。

休憩にしましょうと誰からともなく声が上がり

10時の休憩になった。


「うちの子なんて全然。家事も手伝ってくれないのよ」

おばちゃんたちのボヤキがはじまった。


「いや。俺も家事は全然してないんで……」

お袋に任せっきりである。


「それにここでバイトしてるのも、俺。遊ぶ金欲しいんで」


明日はみんなでプール。

清水さんも来る……楽しみだ。


明日の金はお袋が出してくれる。

家計は苦しいにもかかわらずに……だ。

そのことが胸をチリ付かせた。


それに遊ぶこと以外にも金が要る。

欲しいものがたくさんある。

シューズに……

体脂肪計に……

あー。そう言えば

新人戦のエントリーも金がかかるし。

あ。スパイクピンも買っておかないと。

シューレースも予備あったけか?

最近よく切れるしな

……。


野球やサッカーをしてないだけ"まし"だ。

ボールに……

スパイクに……

バットに……

遠征費に……

万の金が簡単に飛んでいく。


俺は別に家に金を入れてるわけじゃ無い。

だから別に褒められたもんじゃ無い。


「だから。別に褒められることじゃないっす」

おばちゃん達にはそう答えた。


「でも自分で稼いだお金で遊ぶんでしょ。それだけでもえらいわよ」

その言葉に俺は気恥ずかしさを感じて、頭をかいた。

おばちゃんたちからは

これもお食べとお菓子を色々ともらった。



残念ならが手の早いおばちゃん達には未だ敵わなかった。

しかも株元に丁寧に土撒いてるんだよな。

仕事サボって速いわけじゃ無いんだよ。

なんつーか。手際がいいんだよな。

真似してるつもりだが上手くいかない。

……だがそれでも、早い方にはなってきていた。


「おう。カズ。これもってけ」

仕事終わりに叔父から声を掛けられた。

その手にはビニール袋があった。

中には形が崩れたり、虫食いのあったりする野菜が入っていた。


この人たちは俺があんなことをしでかした後でも

変わらずに付き合ってくれている……。


「すまんな。もう少しバイト代上げたいんだが、うちも厳しくてな……」

苦笑しながら、叔父はビニール袋を俺に手渡した。

これだって売ろうと思えば売れるはずだ。


「いえ。有難うございます。助かります」

お袋も喜ぶと思う……。


「それと、来月から稲刈りだからまた来てもらえるか?」


「はい。部活は午前中なんで、平日は午後からなら

あと、日曜日は部活休みだから来れます」


「わかった。また電話する。助かるよ」



……俺はまだまだ頑張れる……。



腐っていた中学時代の自分に言いたい。

悲劇のヒーロー気取って腐っちまえば

それでおしまいだ。

なんにもならねぇ。

だったら動け!

トコトン動け!!

下を向いても、イイコトなんて何にもありゃしない。


それに俺には支えてくれる人達がいる。

野菜を渡して去っていく叔父と、

帰り支度を始めたおばちゃんたちを見つめた。


そして、フッと勉強会のみんなの……

そして清水さんの笑顔が頭に浮かんだ。

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