第3話 お誘いその1

1996年7月29日(月)


夏休み。午前中の部活が終わって家でゴロゴロしていた。

自分の将来をもう少し具体的にしないとなー。と思いながら

図書室から借りてきた本を自分の部屋で読んでいた。


が……。


陸上というかスポーツ関係の仕事に就くのも難しそうだな。

自分が選手として大成すればいいわけだが。


その道のりは間違いなく険しい……。


実業団とかに入れるのはごく一部。

選手としての道を諦めたわけでは無いけど……。

でもなぁ……。

難しいものは難しいからな。

でも決めてものは決めたものだし……。

やっぱり陸上関係の仕事に就きたい!



まだ全然具体的に決まってるわけじゃ無いし……。

目標に向かって結果も残せてるわけじゃ無い……。



『ううん。そんなこと無いよ。

ちゃんと努力して結果を残してる……

教えがいのある生徒さんだよ』



清水さんが、

そしてその言葉と笑顔が

フッと浮かんできて、

心臓がバクバク言い出した。


あ。あかん。

これはあかんやつだ。


布団を抱えて

畳の上で寝転んでじたばたしていたら

隣りの部屋にいるお袋から電話! と声が上がった。

遠藤からだそうだ。



全くあいつは俺の幸せな時間を邪魔しやがって……。



遠藤の電話は図書室で勉強していたメンバーで

プールに行かないかというお誘いだった。

あそこは確かプールだけじゃなくて

スケート場とかの屋内施設もあったはずだ。


部活で話そうと思っていたが、

周りに人がいて言い出せなかったらしい。

……いや。嘘だろ。

高宮とイチャコラして忘れてたんじゃねーの?


全くもってうらやまけしからん!!


「高宮はお前と二人で行きたいんじゃないのか?」

仮にも付き合っているカップルだ。


「それはそうなんだけど。僕が失敗しちゃった時に。さ。

そのほら……。成田離婚とかいう言葉もあるだろ」


―成田離婚。

新婚のカップルが新婚旅行からの帰国後、

成田空港ですぐさま離婚してしまうことを言う。

いわゆる"スピード離婚"というやつだな。


いや。お前ら未成年だし、結婚もしてねーだろ!

しかも。お前も来て欲しいんかい!!


だがしかし、遠藤の企みは読めた。

要するに何かやらかした時のフォロー役が欲しいんだな。遠藤は。


この前の打ち上げのあの喫茶店もそうなんじゃないかと思う。

グループで出かけて、その後二人でって企んでたんじゃないかと。

そうすればエスコートに失敗しても誰かがフォローしてくれる。

なんという悪辣非道な考え!!

……参考にさせて頂きます……。


「俺は今まで女子と付き合った経験とか無いから

そんなフォローは出来ねーぞ」

高宮とはクラスでは遠藤の次に話す方ではある。

が恋愛のフォローとなると話は別だ。

他に適任者を求めた方が良い。


というより先日の喫茶店では

俺の方が失敗してるし……。

アカリからも窘められてている。


「むしろ、来てれないと困るよ。

君が来ないと愛川さんが行かないって言ってるから」

アカリがか。

あのアマ……。

俺のを平気で殴りつけるし、呼びつけやがる。


「いいよ。それに君が来れば愛川さんや清水さんも来るから

彼女たちがフォローしてくるかもしれないし」

遠藤は自信の無い奴と思っていたが

ここまでくるとちょっとなぁ……と思う。


しかし清水さんも来るんだよな。

図書室で勉強していたメンバーだからそうだよな。

うーむ、心が揺らいでしまう。


「高宮は良いっていってるのか?

二人で行きたいとか言ってないのか?」

少しだけ落ち着きを取り戻しながら尋ねる。

しかし多少、声は上ずっていた。


「あー。それは大丈夫だよ。二人でも行きたいし、

みんなとも遊びたいともいってるから」

ふーん。まぁそういうもんかもしれん。

いきなり二人きりというより

他に友達がいた方が楽かもしれんな。


俺も清水さんと二人でデート……。

しかも水着……。

うっ。

い。いかん。想像しただけで動揺する。

また畳の上をゴロゴロ転がってしまう。

いや転がるだけじゃ無くて、そのまま羽が生えてアパートの二階から飛んでしまいそうだ。

でも、この気持ちと同じものを遠藤は抱えてるんだろうな……。


「それにあそこってかなり大きいから一日で全部回れないし、

もし行って楽しかったら、日を改めて二人で行こうかなとかも……」


なるほどね。

初回はみんなで。

二回目は二人でってことね。


「遠藤君。姑息だね。

だけど俺は君のそういうトコロ好きだよ」


「姑息ってなんだよ!」

電話口の遠藤が少しむくれた。


「誉めてんだよ。誉めてんの」


「それで。どう? 来てくれるのかい。

君が来れば……。

愛川さんと清水さんも来るんだけど」

こっちの行きたいという気持ちをくすぐるように遠藤が尋ねてくる。


「んー。そう言えばあそこって金がけっこうかかるんじゃ」


「えっと。電車代がだいたい千円、で入場料も千円ぐらい、

あとアトラクション毎にお金がかかるよ」

うわー。ちょっと俺の小遣いがピンチだな。


「ちょっと。お袋に小遣い前借りできるか聞いてからだな」


「……。そうか」

遠藤の声のトーンが少し下がる。


「お袋に聞いてから、電話折り返すからちょっと……」


「いいよー。あんた行ってきな。それぐらい出してあげるから」

台所からお袋が口を挟む。


「やったじゃないか。じゃO.Kということでいいな?」

電話口の遠藤の声のトーンが跳ね上がる。


「ん。じゃ。まー行くという事で」


後は待ち合わせ場所、そして時間、当日の持ち物の話をして電話を切った。

電話口では冷静を装っていたが、

清水さんと遊べるのが嬉しくて、声を抑えるのがやっとだった。


「相手はトモサカ君?」

電話を切ると、お袋が間髪入れずに訪ねてくる。


「違うよ。同じ陸上部の奴」


「へー。あんた。友達出来たんだ」


「……ま。ね」

弱く肯定で示した。


「ちょっと母さん。心配だったから。あんたに友達出来るのか」

多分、中学のことを気にしてるんだと思う。お袋も。


「友達ぐらいいるよ。それと有難う……。金出してくれて」

心配を拭ってやらないといけない。

もう……反抗期は過ぎたのだから。

それにお礼も必要だ。


「いいのよ。それぐらい。でも今回だけよ。

それとあんた遊びにいきたいならバイトしたら?」


「いやバイト禁止だし。うちの高校」


「家業の手伝いならいいんじゃない?

ほら。叔父さんの田んぼとか畑仕事手伝ってたじゃない。

中学の時も」


「あー。あれ」


確かに中学の頃も

野菜の苗植えたり、田んぼの溝切ったり、稲刈りの手伝いをしたりして

手間賃をもらっていた。


「今年も人手が欲しいんだって。

バイト代……。じゃなかった。お駄賃くれるわよ」


「いつからとか聞いた?」


「もう人手欲しいんじゃない。電話してみたら?」

それを聞いて俺は叔父に電話を掛けた。

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