第43話 それぞれの進路

1996年7月23日(火)


夏休みの部活の帰り道。

俺はいつものようにアカリと清水さんと並んで歩いていた。

「トモサカと生徒会の言ってたの分からなくはないけど……。私嫌いなのよね」

アカリがふとそんなことを口に出した。


「トモサカと生徒会が言ってたことって?」


「"生徒同士の教え合いの促進"」

アカリが露骨に不満げな顔をして答えた。

いやいや。俺達はまさにそれしてるから……。


「それ何か悪いことあるのかよ? どこが嫌なんだ?」

アカリに問い返す。


「生徒には教師が教えるのが、本筋でしょう?

生徒同志で教え合う事も必要かもしれないけど、

全て生徒任せにしたら、そんなの教師の怠慢よ」

アカリの言う事も一理あるなと思う。

だが一方で教師の忙しさは半端ないと思う。

普段の授業の準備、テストの準備、部活の参加……etc。

殆ど余分な時間無いんじゃないのか? あれは。

現に陸上部顧問のクガセンは余り部活には顔を出さない。

いや忙しすぎて出せないんだと思う。


「それに"教え合い"なんて体の良い言葉を言っておきながら

成績上位者におんぶにだっこするバカもいることですし」

アカリはチラッとこちらを見る。

うっ。それは俺達の事か。


「もう。アカリちゃん。鬼塚君と遠藤くんはしっかり

自分の受け持ちの科目をやってくれたじゃないですか」

清水さんがアカリを窘めてくれた。


アカリがばつが悪かったのか

ちろっと舌を出して答えた。


「けど私も……トモサカ君の考えは好きじゃないです」

清水さんが珍しく他人の意見を否定した。


「私は”無駄”なことがとても大事になることもあるって思うんです」


「”無駄”が大事?」

清水さんのいう事が良く分からない?

”無駄”は省いた方がいいんじゃ……?

トモサカも言ってたはずだ。

高校では"効率的な学習"が必要だって。


「うん。中学の英語の先生なんですけど、すごく授業が面白くて

でもたまにだけど、生徒の受けが悪い時とかもあるんです

そう言う時って、その先生は授業で、英語のアニメとか見せて

そのアニメに出てくる単語はテストとか入試で出るような単語じゃないんですけど……」


確かにテストに出ない英単語は”無駄”かもしれない……。


「けど。英語のアニメも面白かったし、その先生の解説も面白いんです。

だからみんな食い入るように先生の説明を聞いて」


清水さんから聞いているだけでその光景が思い浮かぶ。


「みんないつの間にか好きになっちゃっうんです。

その先生から英語を学ぶのが……

だから”無駄”が全部駄目ってこと。私は無いと思うんです」

清水さんは英語の試験で確か98点で

学内でも1位だったと思う。


でもそういった”無駄”が彼女の高得点を支えているのかもしれない。


「本当に学ぶってそういうことなのかもな……」

自然と口に出た。


「そう。そうなんです!」

珍しく清水さんから大きな声を聞いた。

こっちを向いてくれたその瞳は

大きくキラキラと輝いていた。


「ミサキは教師志望だからね」

アカリが付け加える。


清水さんは既に進路、自分の将来を決めているようだった。


「うん。私、中学の英語か化学の先生になりたいなって」

顔を真っすぐ上げ、背筋をピンと伸ばして彼女は言った。


「未だどっちにしようか迷ってるけど……」


「あれー。翻訳家がいいかなっとかも言ってなかったけ」

アカリが意地悪そうに、付け足した。


「お兄ちゃんも勧めてたけど。やっぱり先生かなって」


「教えるの上手だから教師がいいんじゃないかしら。ミサキは」

たしかに清水さんは教えるのが上手い。


「うん。だから図書室の勉強会も先生になる為の良い勉強かなって」

そうだったんだ。でも良かった。

清水さんの役に立てたのなら、俺は嬉しい。


「厄介な生徒が出来ちゃったわけだけど……」

俺は自嘲気味に切り出した。


「ううん。そんなこと無いよ。

ちゃんと努力して結果を残してる……

教えがいのある生徒さんだよ」

そう言って、彼女は笑った。



……綺麗だ。



声を出そうとして、声が詰まってしまう。

けど今言わなきゃいけない。

ずっと言おうと思っていたことを今。

「……でも俺の成績が良くなったのは

清水さんの教え方が上手だからだと思うよ

……だから有難う」



その言葉を聞いて清水さんが少し顔を赤らめて笑った。



なんか隣でアカリがニヤニヤしてる。

コイツ……やっぱり邪魔だ。

「やっぱりミサキは先生になった方がいいわね」


やがて清水さんの家の近くまで来た。

「あっ。じゃ。私ここで」


「じゃーね。さようなら。また明日ね」

アカリが清水さんに別れを告げる。


「うん。また明日」

清水さんがそれに返していた。


「……。さようなら」

さようならの言葉が俺は直ぐに出てこなかった。


進路……。

将来……。

俺はどうする? 何になる?

もう既に進路を決めている清水さんと比べて

自分は何なんだろう?

なんだか置いてけぼりをされたように感じていた。


「カズ。どうしたの?」

俺の様子がおかしかったのだろう。

アカリが尋ねてきた。


「あの。アカリさ。アカリももう進路とか決めてたりするのか?」

アカリはどう考えているんだろう?


「うーん。私?」


「うん」


「私はね。弁護士か医者……」

うわ。高給取りだ。


「のお嫁さん」

ズッこけた。


「お前が為るんじゃないのかよ!?」

突っ込まざるを得なかった。


「なれたらなるわよ。でも法学部か看護学部行けば……。お嫁さんにはなれるんじゃない?」

うわー。もう嫌だこいつ。大学はコネづくりかよ。


「やっぱりねー。私に見合う旦那さんの職業って言えばねー。それぐらいじゃないと」

でたよ。久しぶりの"自意識チョモランマ"。


「なによ。嫌そうな顔して」

アカリがむくれる。


「嫌そうな顔じゃなくて、本気で嫌なんだけどな」


「あのね。あんた。高給取りだからってだけで私が選んだって思ってるでしょ」


「違うのかよ」


「バカねー。弁護士と医者の友人は作っておくものよ」


「はぁ?」


「人間困ったときにこの二つの職業の友人は必要になる事が多いんだから」

うーん。一理あるとは思うけど。

親父も何か友達に金貸した時、返してくれなくて弁護士に世話になったとか言ってたしな。



それに俺は既に弁護士のお世話になってるわけだし……。



「んじゃ。安月給の貧乏弁護士や薄給で働く医者でもいいんだな。お前の旦那さんは」


「ううん。それは嫌」

やっぱりこいつとは決定的にソリが合わないと思った。



ただ……それでも言うべきことは言わなければならない。



少し深呼吸をして呼吸を整えて

改めてアカリに声を掛けた。

「あのさ。アカリ」


「何?」


「勉強会のこと。ありがとな。司会とか進行とか色々

俺が言い出したのに、何かあんまり出来なくてさ」


その言葉にアカリが少し驚いて

俺の目を覗き込んできた。


「へー。アンタなんかあった?」


「べ。別に何もねーよ」


「ふーん。誰かさんが助言してきたんじゃない」

……。お見通しのようだ。


「まっ。いいわ。けっこう楽しかったし」

悪い奴じゃないと思う。アカリは。

ただし口うるさいお節介焼なのだ。


「そうそう。今日のは良かったけど。

喫茶店のは減点だからね。

果物ぐらい貰えばよかったのよ」

さっそくお節介がでた。


「わかってる」

俺は短く答えた。

アカリの言う通りだからだ。


「……ならばよろしい」

アカリもくどくどと言わなかった。



次の日の部活で、俺は遠藤に質問してみた。


「なぁ。遠藤。お前将来何になるかとか決めてるのかよ」


「えっ。うーん。もしかしたらだけど家業継ぐかも?」


「もしかしたらって……。決まってる訳じゃないのか?」


「三つ上に兄貴がいるんだけどさ。兄貴が継ぐかどうか分からないんだよ」

へー。こいつにも兄貴いたんだな。

と同時にコイツの甘え上手と要領の良さはそのせいかもしれないと思った。


「もし兄貴が継がないなら、僕に回ってくる」

そう言って遠藤は顔を曇らせた。

継ぎたく無いことは容易に想像できた。


なるほど。こいつも苦労してんだな。


「高宮は何か決めてるのか?」

遠藤とおしゃべりをしていた高宮にも聞いてみた。


「私は獣医さんかな」

……。みんな結構考えてるのね。自分の将来。


トモサカも将来を考えているんだろうか?

俺はふと中学からの友人のことも考えてしまった。




……。そして自分一人だけが取り残されてしまったと感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る