第44話 自分のこれまでと、そして未来と

1996年7月24日(水)


とりあえず。期末試験の成績が上がって、

アカリに勝てはしなかったが、

一矢報いれたと思う

そして補習も免れた。


だが、心にクサリと刺さっているものがいくつかある。


清水さんのこと。

そして自分の将来だ。


進路については

既にみんな考えだしてる。

考えだしてると言うより、決まっているという人もいる。


清水さんは教師。

高宮は獣医。

アカリは弁護士か医者。の嫁だっけ。

遠藤は家業とか言ってたっけ、

そう言えばアイツの親父何してんのかね?


そうそう。トモサカにも聞いてみたら即答してきた。

警察か検察だそうだ。

トモサカらしいとは思った。


「警察と検察って何が違うんだ? 名前似てるけど」


「全然違うから。前にお世話になっただろ?」

うん。まぁ警察のやっかいになったのも確かだ。

そういや。あの少年係の人、元気だろうか?


「ドラマとかでは警察は犯罪が起きた時に捜査を行い、犯人を逮捕をするのが多いけど

落とし物の預かりとか、交通違反を防ぐためのパトロールとか。

そういったことをするのが警察」

まぁ。そんなもんなんだろうな。と思う。


「じゃ。検察は?」


「検察は警察が捕まえた人を裁判で訴えるかどうかを判断して、実際に訴えるところ」

ふーん。名前似てるけどやること違うんだ。


「何で分ける必要があるの? 纏めればいいんじゃない」

その方がメンドウが無いんじゃ。


トモサカが苦笑する

「権力が集中しちゃうだろ?」


「容疑者を捕まえるトコロと、実際に裁判で訴えるトコロが同じにすれば、、

権力が集中すれば、冤罪が起きやすくなるよ」

ふーん。そんなもんかね?


「簡単に言うと警察が気に要らない奴を、

検察という容疑の確認というプロセスを一つ飛ばして、

訴えれるというわけだから」


「それに警察は行政で、検察も行政だけど司法的な性格も持つしね」


「あー。三権分立とかいう奴?」

権力を分けて相互に監視して、他の権力者が悪さしないようにするとかだっけ?


「それに近い」

なるほど。分けるにも理由があるのか。


「それより。カズどうしたんだ?」


「いや。俺。将来どうしようかなって? 他の奴が進路とかどう考えてるか聞いてみようかなって」


「それでか。月並みな言い方だけど、色んな職業を見た方がいいよ」


「"見る"って言ってもさ」


「図書室で勉強してるんだろう。色んな職業の人を紹介する本があるはずだよ。借りて読んでみたら」

そういや。図書委員さんも言ってたな。

何事も困ったことがあったら本を読むのが一つの手だって。


「調べてみるよ」




「っということがあって」

そう言うわけで図書室に来ていた。

夏休み中に家で読むつもりだ。


「なるほど。それで私に相談してきたのね。

陸上の事しか興味が無かったようだけど。そっちは気になりだしたか」

3年の図書委員さんがいたので相談してみた。

もう既に図書委員は引退しているようで

図書室で受験勉強中ではあったが、

尋ねてみたら

気さくに応対してくれた。


それにしても陸上しか興味が無いとは失礼な言い草だ。

確かに図書室でも陸上の本ばかり借りていたのは事実だけど……。


「色んな職業の人の本と言ったら。このあたりね」

案内してもらった。


そこには色々な職業になる為にどうしてきたか

その体験談が書かれた本が、本棚一区画を取って並んでいた。

「あるんですね。色々と」


「プロ野球選手になるには。弁護士になるには。花屋になるには。なんてものもあるのか」

"なるには本"が豊富にあった。


「お姉さんからのアドバイスだけど。自分の適性とやりたいことは必ずしも一致してないから」


「"適正"と"やりたいこと"?」


「そう。簡単に言うと理系と文系の違いと将来の職業といったところかしら」


「どういうことです?」


「私の希望は小説家だけど、テストでは理系科目である数学の方が点数が良いの」

少し嘆き気味に図書委員さんが答えた。


あぁ。そういうことね。

自分の適性は"理系"の数学だけど

やりたいことは"文系"っぽい小説家なんだ。


……。俺と同じだな。

小さい頃、俺は短距離選手を目指していた。



けど身長の低い俺の適性は……。



「私がこういうのもあれだけど、身近にいる人にも聞いた方がいいわ。どうしてその職業を選んだのとか」


「あ。一応。友達には聞いてます」


「それもいいけど。もっと身近な人がいるでしょ」


「もっと身近って?」


「親よ。親」





「親父って、なんで今の会社選んだんだ?」

会社の話をすれば、大卒の連中にこき使われて

愚痴を言うのがおきまりの親父に質問してみた。


「おいおい。藪から棒に何だ?」

帰宅し、腰を下ろした親父が少し困惑の表情を見せる。


「何でって言われてもなぁ……。

俺の場合は父親……。お前のおじいちゃんが早くに亡くなったから

取り敢えず、高卒で入れるとこに入るしかなかったんだよ。

生きるには金が必要だからな」


少し達観したかのような口ぶりで親父が口を開いた。

家庭の事情で早くに就職したのは聞いていた。

そのせいで、会社を選ぶという事自体出来なかったようだ。


「何でこんなこと聞くんだ?」


「あー。いやあと二年ぐらいで、俺も就職だからさ……」


親父が顔色を曇らせて続ける。

「お前は大学行けって! 頭は母さんに似てそこまで悪くないんだから」


親父は二言目には大学へ行けという言葉をよく吐く。

それは自身が大学へ行けず、給与が低い事、

そして会社で大卒連中からの無理強いに苦労している事

それらの裏返しだ、と俺は思っている。


「それにまだ2年もあるんだ。まだ進路なんて未だ考えなくていいだろ」

2年もある、とも言えるし、2年しかない、とも言える。


「そうだ。カズ。お前陸上はどうなんだ?」

親父が思いついたように聞いてくる。


「うん!? まぁまぁ楽しんでるよ」


「いや。楽しむのも大事だが記録とかどうなんだ」


「伸びてるっちゃ伸びてるよ」


「そっちの道だってあるだろ」


「小学の時とは違うよ。簡単に1位とかとれねーよ」


「それでも中学でもたまには入賞してたじゃないか」


成績上位者に欠場があったり、あからさまに調子を落としていたから取れた順位だった。

自分の成績が伸びたからという要素もあるにはあったが

決定的な要因は上位陣が崩れたおかげで取れた順位だと思っていた。

それはタイムを見ていた自分自身がよく分かっていた。


「そういう道もあるんじゃないか?」

陸上で食っていけるなんて夢の又、夢だと思う。

実業団? とかに入るんだろうけど。

高校推薦の話も無かった俺には

本当に夢の又、夢だ。


「母さんも応援してるわよ」

お袋が台所から口を出す。

簡単に言ってくれる。と思ってしまう。

こういう気安い物言いも中学の時は反発しただろう。

だが今は、両親とも純粋に応援してくれていることが分かっている。


シューズ代も合宿費も出してくれてる。

子供がしたいことをさせたいという両親の想いは分かっていた。

けど家計が苦しいことも中学の時から分かっていた。


私立なんて行けない。

金のかかる野球なんて、球技なんて出来はしない。

そんなことは子供ながらに分かっていた。



それが分かるぐらいには俺はもう大人だった……。

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