第39話 野郎二人の勉強会

1996年7月6日(土)


期末テスト前最後の土曜日。


打倒"アカリ"を掲げ

悲しいかな

野郎二人で勉強を続ける。


遠藤の部屋で小テストと過去問を広げ

それぞれ何回か解き、採点し合う。


女子達とファミレスで勉強とかの案がでたのだが

以下4つの理由が思い浮かんだので誘わなかった。

最後まで悩みはしたが……。


①未だ女子達とはそこまでの仲じゃないと思う。


 誘っても女子から断られたらショックだからな……。

 イケてない遠藤がイケるとか抜かしてた。

 俺だって、清水さんと勉強したい。

 彼女から優しく教えてもらいたいんですよ。

 だが遠藤は高宮のことしか考えて無い。

 アカリという不確定要素を考慮に入れて無い。

 

 何であんな自信が湧いて出て来るんだろう!?

不思議に思ってしまう。


 「女子達誘って、アカリから断られたらどうする?」と聞いたら

 「高宮さんと二人で勉強する」とか抜かしたので

 俺は思いっきり遠藤を張り倒した。

 誓っただろうに!

 二人でアカリに吠え面かかせるって……。


 それに高宮のことは女子だけにまかせた方が

 良いのかなと思う部分もあった。

 やっぱりというか先週は少し落ち込んでいたように見えたからな……。


②ファミレスだと遠藤がサボりそう


 遠藤くんサボりそうなんですよ。

 俺もサボり癖があるんだけど、遠藤も割とねぇ……。

 ただこれには遠藤も俺とは違った同意を示しており

 「確かにファミレスで勉強すると鬼塚サボりそうだね」

 と抜かしたので、またも張り倒した。

 「こ。これ以上やるなら通信空手三段の腕前を……」

 とか抜かしたので、

 転がして腕ひしぎ十字固めを喰らわせてやった。


 通信空手破れたり!


③お財布の問題

 

 金欠です。お小遣い少ないんですよ。

 夏休みバイトでもしようかな……。

 ほぼ毎日"アクエリ"を恵んでくれてる

 遠藤にこれをお願いするのは心苦しい。

 「ファミレスはさぁ。サ○ゼのミラノ風ドリアがおいしいよね」

 遠藤はそんなことを抜かしていた。

 結構高そうなメニューだ。

 遠藤に奢らせても良かったかもしれない……。

 その部分だけは非常に後悔していた。


④"男のプライド"

 これが一番の理由だが未だ遠藤には話していない

 遠藤が勉強サボりだしたら言うつもりだった。


ま。そんなこんなで

最後の土日は女子達といっしょに勉強しなかった。

聞けば女子は女子だけで集まって勉強しているそうだ。


明後日の試験科目の過去問がとりあえず一周終わった。

もう昼を過ぎだ。

まだご飯食べてないな。

今日ぐらい、一食分の出費は痛いが、コンビニでいいかな。

と思っていたら

「鬼塚。もういいんじゃないか。これ見ない?」

と言って遠藤が一つのビデオテープを見せてきた。



サボり魔の遠藤がウォーミングアップをはじめてきた。



「見ない!」

きっぱりと断る。


「えぇー。何で。面白いよ。……ちょっとだけでもさ」

遠藤が食い下がる。

その勢いにチラッとタイトルだけ見てしまった。


タイトルは「炎のランナー」


そのタイトルに釘付けになる。


えっ。何。陸上の映画ですが?


しかも第54回アカデミー賞受賞とか小さくラベルに書いてある。


あっ。やばい。


きょ。興味深い。


何という姑息な手を。


くそ。遠藤がしてやったりという顔をしている。


ま。負けるものか!

「み。見ない」

俺は動揺を隠せないながらも、顔を横に振る。


「これさ。陸上の映画なんだよ」

タイトルみりゃ分かるわそんなもん!


「この曲がいいんだよねー。ねぇこれ。聞いてみてよ」

砂浜をひた走る男達の姿とピアノの美しい旋律が流れ出す。



やべぇ。見てぇ!!



こ。このヤロウ。

俺に同意も取らずに再生しやがった。


直ぐに停止ボタンを押す。


「えー。息抜きは必要だろ」


「それにサボりたくないんだったら女子のお目付けがあった方が良いじゃないか?」

遠藤が言う。



……それが駄目なんだ。



「お前さ。ずっと女子達と一緒に勉強して

成績が上がったとして

アカリはなんて言うと思う?」


「えっ」



「アカリは多分こんなことを言うぞ……。

『アンタ達って私達がいないと駄目な男なのね』ってな!」

アカリが言いそうな言葉を発した。

その言葉に遠藤の顔が歪む。



「いくらなんでも。そんなこと……」


「……あいつは言うぜ」


俺だって清水さん達と勉強するのは楽しい。

だけど"べったり"は駄目だと思う。

俺達だけでも出来ると言うところを見せないと……。


「アカリに言われっぱなしでいいのか。お前」


「……。それは嫌だ」




こいつにも最低限の"男のプライド"が残っていたようだ。




「そら。俺の解答用紙渡すから。採点してくれ」

そう言って、さっき終わった過去問の解答用紙を遠藤に渡した。


「……じゃ。僕のも」

遠藤も俺に解答用紙を渡してきた。


お互いの答案を採点しながら見直す。


「あっここ」

遠藤が何かに気づいたようだ。


「なんだ」


「鬼塚の文字はさぁ。汚すぎて"Z"なのか"2"なのか分からないよ」


「いっ!?」


「これどっち?」

遠藤が俺の解答用紙に書かれた文字を指さす。


「いや。これは2のような……。あれ。Zかな」

自分の文字だがよく分からない。

分かることは

答案用紙の中をミミズが元気よく走り回っていることだけだ。


遠藤がしてやったりという面をしている。

この……。生意気な!


「お前の方もこっち、式の書き取りミスしてるぜ」


「えっ。そんなはずは」


「ほら。ここ見ろよ。こっちは+(プラス)で書いてるのに

式を展開していくと-(マイナス)になってるだろう」

遠藤はそそっかしく+と-を書き取りミスしやすい。


「ぼ。僕のは1つぐらいだろ?」


「さっき、物理でもしてただろ」

すかさず返す。今の答案は数学だが、

こいつは物理でもやらかしていた。


「お。鬼塚だって、ここほら。こっちは"a"か"d"か分かんないよ」


「これなら分かるレベルだろー」


「いーや。分からない」


「お前が細かすぎんだよ」


「いーや。これは減点だ」


「なんだとう!」


「やるのか!」

目くそ鼻くその罵り合いである。

俺と遠藤のにらみ合いが続く。


だが俺は大事なある事にハタと気付いた。

「……止めよう。敵はアカリだ」


「……そうだった……」

遠藤も気づいたようだ。


一人で勉強していればこんなことは起きない。

けれど、他の人に見てもらうことの重要性を俺は陸上で学んでいた。

自分のミスに自分では気付けないことがあるからだ。


しかしコイツなぁ……。

大人しく、解答の確認に戻った遠藤を見る。


期末テスト前だってのに

『あんなこと』手伝わせやがって。

高宮の為だって言うのは分かるんだけどな。

その分、勉強に付き合ってもらおう。


それとトモサカにも一応相談したら

「体育準備室の管理をしている育山先生はそれなりの仲だから

僕からも伝えておくよ」

とか言ってた。

あいかわらずトモサカはコネの範囲が半端ない。



続けて明後日の試験科目の過去問を解きながら

遠藤に問う。

「それとジョグは続けてるだろうな」

テスト期間中も俺は自宅周辺を走っている。


「もちろん」

遠藤は基本的に走るのが好きな奴だからほっといても走ってはいると思う。

そういうのはサボらない奴だ。

とどのつまり長距離の才能の一つはそういうものだと思う。


「夏休みの部活はインターバル増やすからな」

ぼそっと告げる。

インターバルは一定の距離を全力で走り

その後、ジョグで回復する

これを繰り返す練習である。

長距離の中では特にきつい練習だ。


「い。今でも心臓が喉から出そうだ……」

遠藤が今まさにインターバルを終えたかのような声を漏らす。

俺にもしんどい練習だが、遠藤にとってもしんどい練習ではある。


「秋の新人戦。高宮にいいとこ見せたいよな」


「うっ。ぐっ」

遠藤が嗚咽とも悲鳴とも付かぬ声をあげた。


遠藤にはこの攻め方が最も効果的だった。


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炎のランナー……

1981年公開のイギリス映画。第54回アカデミー賞作品賞受賞作品。

炎のランナーは知らなくても

映画のオープニングに使われている「タイトルズ」は

皆さん聞いたことがあるはず。


ジョグ……

ジョギングの略。全てのトレーニングの基本。

目的は様々で軽めのトレー二ングからウォーミングアップ、クーリングダウン等々。体調や環境に応じてイロイロです。


インターバル……

インターバルトレーニングの略で、休息を挟みながら速いペースで繰り返し走るトレーニング方法。スピードやスタミナ等幅広い能力を養うことが出来るが、非常に負荷が高いトレーニング。作中で遠藤が「心臓が喉から飛び出そう」と言うぐらい、つらい……。

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