第35話 お前は部に必要な人間だ!

1996年6月29日(土)


遠藤の容態についてだが、

保健室の先生に見てもらったが頭にコブや傷も無く、

また近くで見ていた俺や飛田先輩からも

頭は打っていなかったとのことで

しばらく様子を見ようという話になった。


……途中から普通に歩けるようにもなってたし

そんなに大事では無い気はする。


ただし遠藤と高宮の今日の部活動はお休み。

帰りも二人ともクガセンが自宅まで車で送るという話になった。






「何故このような事態になったかを調べる必要がある」

グラウンドに戻ると丸山先輩がノートと筆記用具を持って俺を待ち構えていた。

近くに飛田先輩もいる。


「あの二人にも聞きたいことはあるが、まずは治療が先だ。

なのでまずは関係者から事情聴取をするように

と久我山先生からも言われている。

そこで最初の質問だが……。

昨日の練習では上手くいってたんだろう?」

丸山先輩が俺と飛田先輩に問う。


「はい。……そうです」

俺は即座に答えた。

飛田先輩も頷いていた。


「俺が考えているだけでも問題は5つほど考えられるんだが……」


丸山先輩が上げた5つの問題は

①撮影の為、緊張した

②待たされ為、練習を早くしたいという焦りがあった

③マットの位置が適切でなかった

④高宮が練習に慣れていなかった

⑤同じく遠藤が補助に慣れていなかった

というものだった。


「だいたい事故が起きる時は不適切なものが重なってるもんだ」

丸山先輩は小さいグラウンドで砲丸投げの練習をしている。

投げた砲丸が他人に当れば、今以上の問題になるだろう。

それもあって、安全に対しては人一倍気を遣う。


「ビデオ撮影するのに緊張や焦りはあったと言えるか?」

丸山先輩が問う。


「多少はあったと思います。特に高宮は撮影前にあまり喋らなくなったので……」

思い返してみると、高宮は撮影前に喋らなくなっていた。


「そうか……」


「あの……。マットの位置はホントに御免なさい」

飛田先輩が謝っていた。


「自分もすいません。マットの位置が悪いことは自分も気付くべきでした」

俺も謝罪の言葉を告げた。


「まぁ。これについては競技者である高宮や

補助である遠藤も注意しなければならないことではあるんだがな……」

と丸山先輩は苦々しく呟いた。


「過ぎたことを言っても仕方がない。今後気を付けよう。

それとここで話した内容は再来週の全体ミーティングでも話すことにする

気を引き締めなければなるまい」


「まだ確認したいことはあるんだが……。

俺は高跳びの事は分からん。

そこで鬼塚。質問がある。

どちらがおかしかったと思う?

高宮の踏み切りなのか、

遠藤の補助なのか、

あるいは両方か……。

あくまでお前の目線でいい。

正直に答えて欲しい」


「……。自分の見た限りでは高宮の踏切りです。

昨日の練習とはあきらかに違ってました」

問題は高宮にあったと思う。


「飛田と同じ意見か……」

既に飛田先輩には確認していたようだ。


「以前に飛田が言っていた高宮の"イップス"も関係してると思うか?」

"イップス"!?


「何とも言えないけど……。関係してるかもしれない」

飛田先輩が答える。


「あの。高宮が"イップス"って?」

初めて聞く。


「あー。外走ってるから知らないか……。だいぶ良くなってたんだけどね。

4月ぐらいが酷かったかな……。

今のベストよりも10cm低いところでも飛べなくて

フォームももうぐちゃぐちゃだったのよ。

……最近は良くなってきたんだけどね」


「そう言えば何で飛田が飛ばなかったんだ?」

丸山先輩が問う。


「この試合用のユニフォームだと。……。

支えらえた時に、その簡単に動いちゃて、見えちゃうかもしれないでしょ。

そっ。それぐらい分かりなさいよ!」

飛田先輩が少し恥ずかしがりながら答えた。


フーっと。丸山部長が息を吐いた。

「見られて困るような体はしとらんだろうに……」

ブレねぇ……。

丸山先輩には一切ブレが無い。


「あんたもっとデリカシーってものを……」

飛田先輩は丸山先輩に掴みかからんばかりの勢いだ。


「小さいころにお前の裸何ぞ、腐るほど見ている。

今更、デリカシーもくそも無いだろう」

超特大の爆弾発言が投下された。


「ちょちょっと。あんた止めなさいよ。後輩がいる時に」

この二人。

よく言い争ってるが幼馴染か……。


「まぁ。飛田が飛ばなかった理由は分かった」

あの。飛田先輩が未だ言い足りないという顔をしてますが……。


「鬼塚が補助につかなかったのは何故だ?」


「あ。いや。俺はその……」


「自分は新人勧誘にふさわしくない容姿と噂があるから

だったかしら?」

冷静になった飛田先輩から告げられる。

遠藤に話したこと。聞かれていたのか……。


フーっと。またしても丸山部長が息を吐いた。

「鬼塚。

お前はどうも勘違いしているようだから伝えるが、

お前も新人勧誘のビデオには出てもらうぞ」


「いや。でも。俺は……」


「お前がビデオに映っていたから

入部しないという奴だったら、

例え入部したとしても、

そんな奴は直ぐに辞めるんじゃないか?」

丸山が至極当然と言った形で話した。


「……考えてみればそうよねぇ」

飛田先輩が同意を示す。


「鬼塚。

いい機会だから伝えておくが

陸上は髪の毛の色や顔、ましてや噂でするもんじゃ無い。

それに3ヶ月も見ていればお前がどういう気持ちで

陸上に取り組んでいるかぐらいは分かる。

……。陸上は個人競技と言われているが

そうじゃ無い。

お前は練習前の準備でも他の競技の準備もしっかり手伝っているし

初心者の遠藤の面倒もしっかり見ている」

丸山先輩が俺を真正面に見据えて話す。


「お前がいるから

陸上部に入らないとか辞めるなどという

新入部員なら辞めてもらって結構だ。

……。そんな奴らは陸上部に要らない」


「……むしろお前がこの部には必要な存在なんだ。

いいか?

鬼塚……。

その自覚と自信を持て!」

トンと丸山先輩がおれの右肩に手を置いた。


「いいな!」


「そうそう。もっと自信持ちなさい!

錆びた砲丸、自主的に磨いたのもあんた達なんでしょ。

立派にやってるわよ」

飛田先輩にそう言われながら、俺は背中をバンバンと叩かれた。


「あ。有難うございます」

余りにも突然だった。

お礼の言葉しか出なかった。


「鬼塚に聞きたいことや言いたいことはそれぐらいだな」

行っていいぞという言葉である。


「あの。俺。それだったら……

今日練習できてないんで、外ちょっと走ってきます」

気恥ずかしくて、俺はたまらず飛び出していた。

直ぐに汗か涙か分からないもので顔が溢れてしまった。




「ホント。

アイツが入部するって聞いた時は

どうなるかと思ってたけど

実際、可愛い後輩よね」

鬼塚が去った後で、飛田が誰に話すともなく喋った。


「お前にもあれぐらいの可愛いげがあればなぁ……」

飛田の横にいた丸山はしみじみと呟いた。


「あんたはどうしてイチイチそう一言多いの!」

飛田はその言葉に過剰に反応する。


「飛田……。今の彼氏逃すなよ。

お前みたいな色気の無いはねっかえり

貰ってくれる奴なんざ貴重……」

丸山は最後まで語る前に、飛田から飛び蹴りを喰らっていた。

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