第34話 アクシデント

1996年6月29日(土)


今日は、期末テスト一週間前になる為、

最後の部活になるのだが……。


なんでまた丸山先輩と飛田先輩は

試合用のユニフォームで来てんだ!?


「今日インタビューだからな!」

ご両名ともこのご返答だった。

二人して張り切っていた。

いがみ合う割に似たもの同士なんだよな……。

この二人。


合同でのアップが終わった後に

ちょっとした打ち合わせを放送部と行い

インタビューの撮影が始まっていた。

打ち合わせでは

試合で撮影した動画、

全体での補強やウェイト、

補助を入れた走り高跳びの撮影をして欲しい

とこちらから要望を伝え、それらが通ったようだ。


ただし、そのせいで俺達は練習が出来ないでいた。

補助を入れた高跳びの練習については

「一度、その練習を見せて頂けますか?

余り知らない動きなので

カメラをどういう角度で入れたら良いか

検討したくて……」

と放送部から申し出があったようだ。


インタビューもそんなに時間は掛からないとの事だし

俺達は少しだけ待つことになった。

……。早く練習したいんだがなー。


「遠藤。補助。がんばれよ」

部長達のインタビューの終わりを待つ俺の横にいる遠藤に気合を入れる。


「うん。昨日あれだけやったんだ。バッチリだよ」

鼻息を荒くして遠藤が答えた。

昨日の練習で、大分自信がついたようだ。


「今日、撮影するんでしょうか?」

高宮が聞いてくる。


「動き自体があんまりよく分からんから

上から全体で撮るか、下から見上げて撮るとかを

検討したいっていう話だったし、

撮らないんじゃないか?」


「映画の撮影手法だと

アオリとか、フカンて言うんだけど

これで、大分印象が変わるからね」

遠藤が楽しげである。

そういやコイツ映画好きだからなー。

それにしてもカメラの位置までこだわるものなのか……。

ぼんやりと"本格的だなー"と思う。


しかし基本的には勝手に撮影で練習には迷惑かけないって聞いてたのになー。

でも仕方ないと言えば仕方ないか……。

放送部も四六時中張り付くわけじゃ無いし、

こちらが撮影して欲しい練習については

放送部と時間を合わせて撮影しないとしょうがない……か……。


そんなことを考えていたら

インタビューが終わったようだ。


「じゃ。すいません。

その補助を入れた高跳びの練習を

見せて頂けます?」

インタビューを終えた放送部の人達が申し出てきた。


「フィルムも余ってるし、少し撮影もしてみます」


「じゃ高宮と遠藤で撮影。お願い!」

インタビューを終えた飛田先輩がそう言ってきた。


「えっ。飛田先輩やらないんです?」

遠藤が少し驚く。


「流石に試合用のユニフォームでこの練習ははさぁ……」

とか飛田先輩が言ってきた。

ま。そうだろうね。

試合用のユニフォームって薄くて、簡単に動いてしまうからな。

胸が無いといっても

はだけすぎたら大変なことに……。

いや、そもそも着てこなきゃいいいんだけど……。


「まずは真横から撮ってみるか?

フィルムも余ってるし、下からのアオリ気味にも撮ってみよう」

放送部の方々もアレコレと打ち合わせしていた。


俺は昨日、さんざん練習したし、大丈夫だろうと高をくくっていた。

しかし……。

俺は気付くべきだったんだと思う。

高宮が途中からほとんど会話に加わって無かったことに……。

そして俺自身にも早く練習をしたいという焦りがあったことに……。


「じゃ撮影、入りまーす」

放送部の声が響く。

そしてカメラが被写体である遠藤と高宮に向いた。

それに合わせて周りの視線が二人に集中する。


僅かな静寂の後、



高宮が飛ぶ……がっ



速さと角度が……違っ!



遠藤が支えきれない。



高宮と遠藤は





……転倒した。





高宮が上半身のみ起き上がり

心配そうに遠藤を見る。

「遠藤君! ごめんなさい。私……ごめんなさい……」


下敷きになった遠藤がクッションになったようで

高宮には怪我は無さげだ。

ただ声にならない、悲痛な叫びを上げている。


「高宮。ちょっとこっち!」

飛田先輩が高宮を遠藤から引きはがす。

そして飛田先輩が俺に目配せをしてきた。

「鬼塚は遠藤の方を見てあげて!」


下敷きになった遠藤の方が重症のはずだ。

マットも遠藤の後方に有ったのだが位置が離れて過ぎていて、

その役割を成していなかった。

俺は遠藤に近づきながら声を掛ける。

「おい。遠藤。大丈夫か?」


「う。うん。大丈……夫」

苦し気に遠藤が喋る。

意識はあるし、喋れてはいる。


転倒の様子を間近で見ていたが

頭は打ってないはずだ。

ただ背中と腕を地面に強打していと思う。

心配しなければならないのは打ち身と擦り傷ぐらいのはず……だ。


「頭は打ってないよな? 遠藤」

念の為、確認する。


「あっ。あぁ。そこは避けたよ」

後頭部が打ち付けられるのを避けるというか、

高宮を庇うようにして転倒していたはずだ。


「起き上がれるか?」


「ち。力が未だ……」

身体に力が入らないのか?


「痛かったら言えよ」

遠藤の背中を軽く腕で持ち上げながら

ゆっくりと遠藤の反応を見ながら上半身だけ起こしてみる。

特に問題無く、起こせた。


「少し腕を擦りむいてるか」

上半身を持ち上げると、腕にすり傷が出来ている事が分かった。


……。どうやらこちらの異常に気付いたようだ。

練習中だった丸山部長や短距離の面々も集まってきていた。


「何があった?」

丸山先輩が近づきながら俺に問う。


「高跳びの補助をしてた時に、

バランスを崩して高宮と遠藤が倒れてしまって……」


「遠藤。喋れるか?」

次に丸山先輩は遠藤に質問した。


「あ。はい。会話ぐらいは……」


「どこか痛いところはあるか?」

丸山先輩は遠藤の体を入念に目視で確認しながら聞いた。


「背中を打ったので背中と、後は腕が擦れて……」

遠藤の右腕からは赤い滴が垂れていた。


「ふむ」


「鬼塚は転倒の時に近くにいたんだな?

頭は打っていたか? どこに怪我があると思う?」

再度、丸山先輩が俺に問う。


「頭は打ってないと思います。

ただ背中から地面に落ちた際に

背中を強打したのと腕に擦りむいてます」


「わかった。鬼塚。遠藤を保健室に連れて行ってくれ。

意識もしっかりしてるし、会話も出来てる。

頭も打ってないようであれば……

保健室で十分とは思うが、一応先生にも見てもらってくれ。

他に転倒の様子を見ていた者は……」


「あぁ。私が見てた。

それと高宮も同じように転倒したから

念の為、高宮も一緒に行った方が良いと思う」


高宮の面倒を見ていた飛田先輩が声を上げた。


「わかった。高宮も保健室に行ってくれ。

おれは飛田からもう少し事情を聴こう。

俺も後から保健室に行く」


「では鬼塚、頼む」


わかりました。と俺は短く答えた。


「それから、矢木。

久我山先生に遠藤が負傷したので

保健室に連れて行った事を伝えてくれ。

多分職員室にいると思う」


「わかった」


「他のメンバーは練習に戻ってくれ」

丸山先輩が部長らしくまとめる。


「あの放送部の方々が……」

足立が恐る恐る丸山に告げた。


「おおっと。そうだった。済まない。こんなことになってしまって……」

丸山先輩が放送部の面々に頭を下げていた。

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