第33話 陸上部の宣伝

1996年6月28日(金)


部活。

練習前の全体ミーティングが始まった。

珍しく顧問のクガセンもいる。


「知っての通り、放送部が部活紹介のビデオを作成している。

明日、陸上部も撮影を行うとの連絡が入った」

丸山先輩がやる気に満ちた口調で語りだした。


しかしそれにしてもトモサカの動きが速い。

もう放送部に声掛けたのかアイツは……。


「とはいっても明日は簡単な打ち合わせと顧問と部長へのインタビューぐらいだそうだ。来週からテスト一週間前になって、部活動は無くなるし。

練習風景も撮るそうだが、夏休み中に撮影する予定とのことだ。

一応練習の邪魔にならないようにして欲しいとは伝えている」


「だが、ここでアピールしておけば来年の部員増加につながる為

できればイイトコロを見せたい。そこで……だ。

何か良い案は無いか。皆の意見を聞きたい」


我が陸上部は2年生3名、1年生5名。

テニス部とサッカー部が一学年で10名以上いる事を考えると……。

人数としては弱小なんだよね。

俺としてはこの人の少なさが逆にいいんだが……。

余りに人が少なくなると存続の危機だしな。

丸山先輩としても投擲をする後輩が欲しいとこなんだろう。


「真面目に練習してるところを見せるのが一番じゃない?」

2年生女子高跳びの飛田先輩の意見である。


「それも要るけど……

仲良さそうにしているところも必要じゃない?」

2年女子短距離の矢木先輩の意見である。


トモサカが言った通りといえば言った通りなのだろう。

部活に求めるものも人それぞれだ。

人によっては

練習の先にある勝利であったり、

人によっては

気の合う仲間であったり。


「あの。すいません。私からいいですか?」

高宮が声を上げた。


「なんだ高宮?」


「元々、試合の撮影もしていますし、

フォームチェックで撮ったビデオもありますから

そこから良いもの使ってもらうのも良いんじゃないでしょうか?」

確かにもう動画としてあるものから

良いものの選んで渡すのもいいかもしれない。


「それは確かにそうだな。去年の大会で良い成績だったものは

ビデオとして保存してある。それも使ってもらおうか……」

顧問のクガセンが同意を示した。


ついで1年男子短距離の足立から意見が出る。

「真面目に練習しているトコロと仲が良いトコロ。

両方見せられるものを見せたら良いんじゃないでしょうか?」


「例えば?」


「短距離、跳躍、投擲だと瞬発力を鍛えるキツメの筋トレしますよね。

まぁウェイトですけど。それをみんなでやってるところとか……」

短距離、跳躍、投擲は共に瞬発系を鍛えるトレーニングをしている。

だから筋トレやウェイトに関しては合同で練習するが多い。

重量物を扱うトレーニングは一人でさせると危ないというのも勿論あるのだが。


「なるほど。採用しよう」

丸山先輩がニヤリと笑う。

足立が言わなくても

撮影してもらうつもりだっただろうにこの人は……。


「うーん。私は反対」

飛田先輩が反対してきた。


「なんでだ!?」

丸山先輩が顔を紅潮させながら問う。


「絵的に地味。それに他の部と被る」

飛田先輩の意見も的確ではある。

ウェイトや筋トレをしている部活は他にもある。

それと被ってしまうとどうもね……。


「だったら他に何がある!」

丸山先輩はウェイトで押し切りたいようである。

やっぱりウェイトしてるところを

見せようとしていたんですね。

御自慢の筋肉を見せびらかしたんですね。


また丸山先輩は御自身が心から愛してやまない

筋トレを"地味"と言われた事に

ご立腹のようでもあった。


「あ。僕も意見いいですか?」

遠藤が進言する。


「なんだ。遠藤。言ってみろ」


「その。映像の尺の問題とかもあると思いますが、

こういった練習もするということを新人には伝える必要があると思うので

短くても入れるべきではないでしょうか?」


「それは確かに……」

遠藤の意見に同意の声が広がる。

丸山先輩は短いながらも筋トレの映像を使うことに

皆が同意し、多少機嫌を直したようだ。


「あー。あの。自分からも良いですか?」

俺もトモサカから前もって言われてたから一応考えてはいた。


「なんだ。鬼塚?」

丸山先輩が意見を求めてくる。


「自分の案ですけど。

背面飛びの練習で補助の人が飛ぶ人を下から支えて

飛ぶ感覚を身に付けるのがあるんで

それをやったらいいんじゃないでしょうか」


「あー。あの。あれ。ジャンプした人の背中を支えるヤツ?」

飛田先輩は知っているようだ。

丸山先輩は少し分からなそうな顔をしている。

この砲丸一本槍なトコロあるからなぁ……。


「そうです。

自分は陸上競技はなんだかんだで個人競技だと思います。

ですが練習では他の人の協力というのも必要です。

陸上部内にしっかりした協力関係がある。

そういったことをアピールするにはもってこいな練習かと思います」

俺はそう続けた。


「なるほど。飛べるようになったらあまりしない練習だけど……。

部内にちゃんとした協力関係があるということを

示すにはいいかもね」

飛田先輩への印象は良さそうだ。


「中学の時にトビチャンがよくしてたアレだね。

いいんじゃない? やっても……

あれは初心者も歓迎するっていう意味にも取れるしね」

トビチャンとは矢木先輩が飛田先輩を呼ぶときの愛称だ。

これで矢木先輩も同意を示した。

二年生二人が同意を示したことになる。

これが決定的だった。




「鬼塚が慣れてるんだろ。鬼塚がやった方が……」

全体ミーティングが終わり、背面飛びの補助を用いた練習も

一応やっておこうという話になった。

ただし諸般の事情で俺が撮影されるのはヨロシクナイ。

そこで遠藤に補助をさせようとしているのだが……

遠藤がイヤイヤしてる。

さんざん女子と一緒に練習がしたいとか言っときながら

イザとなったらコイツはホントに……。

メンドクセー奴だ。

それに遠藤は何故、俺が頼んでるのかが分かっちゃいねー。


逃げ出そうとする遠藤の肩口から腕を回し、

腕で頭をロックしながら耳打ちする

「俺の中学の暴行事件。お前も知ってるよな。

それに俺のこの強面の面だ。

向くと思うか?

俺が……

新人の勧誘の映像に!」


「……。そんな! そんな昔のこともう……」

過去の出来事と言いたいのだろう。

だがその過去にこだわる人間は結構いるのだ。


俺達が話している横でも

走り高跳びをしている飛田先輩と高宮がジャンプの準備をしている。

彼女達の準備は万端。

後は補助をする俺達の準備だ。


「気にする奴は気にするもんさ。

だからお前に頼んでんだよ」

俺は自分が新人勧誘に向いていない事を

誰よりも良く分かっているつもりだ。


「それとも何か?

部長や足立にさせるか?

高宮の補助を?」

そう言って俺は遠藤に詰め寄る。


遠藤はチラッと高宮の方を見る。


「……。いや。それだったら……僕がする」

よーし。遠藤を固定していた腕を外す。

遠藤も理解してくれた様だ。


「まずは見本から見せてやる。

飛田先輩。自分が補助するんで飛んでもらっていいですか?」


「わかった」


俺は飛田先輩の後ろに立つ。


「行くよ!」


掛け声とともに飛田先輩が斜め後方に飛び上がる。

俺は飛田先輩の肩甲骨の下あたりを両手で支えて補助し、軽く持ち上げる。

そしてジャンプの頂点に達した後で、腕を振り下ろし、

ストンとほぼ元いた場所に飛田先輩を戻した。


合わせて二回、遠藤と高宮の前でやって見せた。


「そんなに難しくないだろ?」

遠藤に声を掛けた。


「うん。まぁ見てる分には……」

遠藤が憮然と答える。


「まぁ。とりあえずやってみな。

まずは俺からだ。持ち上げてみな」

いきなり女子とさせるよりは俺が飛んだ方が良いだろう。


「支える手は肩甲骨の下辺り。この辺だ」

実際に遠藤の肩甲骨の下あたりを触って分からせる。


「いいか。まずは低く飛ぶぞ」

遠藤との練習を始める。

俺で上手くいけば、飛田先輩と高宮の補助もやってもらおう。


飛べるようになったら、あんまりしない練習なんだが、

うちは弱小という事もあって初心者を歓迎している。

遠藤のように高校から陸上を始める人間も受け入れてるし。

そういう意味でもいい練習だと思っていた。

後はトモサカが言っていた仲の良さを示すにも持って来いだろう。

……。過去問、貰えなくなったらマズいからなー。


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参考文献


吉田孝久著

『陸上競技入門ブック 跳躍』 ベースボールマガジン社 65ページ

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