第32話 アカリと限定パン

1996年6月28(金)


今日は金曜日。

そして昼休み前の授業が終わった!

良し!!

ダッシュで廊下を駆け抜け、購買へ向かう。


今日こそは限定パンを調達せねば!

そう、今日から週末限定パンだけではなく

"夏季限定パン"も店頭に並ぶのだ!!


遠藤も誘ったが奴は断ってきた。

「"限定"という文字が付いたら男子なら行かねばならないだろ!」


「いや。"限定"に弱いのはむしろ女子だよ」

と遠藤は呆れたように宣った。

限定パンの旨さを知らない愚か者め!


廊下を行く人垣を抜けながら購買へ向けて駆ける。


「私の分も買って来て! 限定パン!!!」

アカリの声が響く。


俺は走りながら両手で両耳を塞ぐ。

聞こえてません。聞いてません。故に知りません。

そういうアピールだ。


「ちょっと。あんた。勉強教えてあげてるでしょ!!」

その両手のガードを破ってアカリの声が入ってくる。


どんだけデカい声してるんだよ?

あの"女ゴジラ"は?


ゴジラは口から光線を飛ばす。

”女ゴジラ”は口から罵詈雑言を飛ばす。

ゴジラの光線は街をなぎ倒す。

”女ゴジラ”の罵詈雑言は男どもをなぎ倒す。


だが俺はゴジラにもアカリにもなぎ倒されるのは御免だ。


あれ?

そう言えば"女モスラ"だっけ?

まぁいいや。

どちらにせよあいつは"怪獣"であることに変わりは無い。


4組の廊下を通り過ぎ、3組に差し掛かった時

清水さんが教室から出てくるのが見えた。


清水さんも限定パン狙いのようだ。

そのチョコチョコした小走りが愛らしい。

清水さんの性格では廊下ダッシュ出来ないだろうな、と思う。


「なんで。私の分も買うって、あんた言わないのよ!!」

気付くと後ろに"怪獣"が走りながら迫っていた。

少し吊り上がり気味の目がさらに吊り上がっている。

足速いんだからお前は自分で買いに行け。自分で。


「二人とも廊下は走っちゃ……」

清水さんの声が遠くで聞こえた。





限定パンを何とか購入し、校庭のベンチに座る。

買ってきたパンとお袋が作った麦茶とおにぎりを出す。



今日の戦果は上々だ!



夏季限定パンと週末限定パン、どちらとも買えた。

残念ながら一人一個限定だから、それぞれ一個づつではあるが……。

週末限定パンはお馴染みのカツサンド、

夏季限定パンは冷やしメロンパンだった。


うーむ。ちょっと悩む。


実を言うと俺は甘いものが苦手だ。

多少甘いぐらいはなら良いのだが

メロンパンぐらいだと苦手な部類に入るものもある。

甘さ控えめに作られていることを望んで、

そして"限定"という言葉に負けて、買ってしまった。


さて。これをどうしたものか。

だが実を言うともう1つの使い道があるのだ。

この冷やしメロンパンには。


「うぅ。カツサンドしか手に入らなかった」

ベンチの前に愚図つきながらアカリが現れた。


「また来週末にも夏季限定パンがあるから。ね。アカリちゃん」

そんなアカリを清水さんが慰めていた。


「あー。冷やしメロンパン!!!」

俺のメロンパンを指さしながらアカリが大声を上げる。

うるさい奴だ。


「なんだ。欲しいのか?」

ひょいとこれ見よがしにメロンパンを持ち上げる。


「あんた。寄越しなさい」

アカリは相変わらず、偉そうである。


「やーだよ」

よく見ると清水さんも物欲しそうにメロンパンを見ている。

確か清水さんも甘いものが好きなはずだ。


もう一つの使い道とは清水さんにあげることだ。


そんなわけで、アカリに渡すわけにはいかない。が……。

清水さんにだけ渡すと

それはそれで問題になりそうだ。


うーん。

しょうがない。一芝居うとう。

「こっちの要望を聞いてくれたら。あげなくも無い」


「何よ!!」


「清水さんと半分こするならあげよう」


「「えっ」」

アカリと清水さんが同時に反応する。


「独り占めなんてカッコ悪いよな」

俺は言外にこの提案を飲めとアカリに言ったつもりだ。


「で、どうだ?」

アカリと清水さんを交互に見て確かめる。


「私はいいけど……」

アカリが急にしおらしくなる。

ホントいつもそうしてりゃ可愛いのに……。


「……。あっうん。私もいいです」

清水さんは少し呆けた表情を見せていた。

そんなに欲しかったのかな。冷やしメロンパン。

だがやがて目の焦点が合い出し、我に返っていた。


「あの。私達ホントに貰っちゃっていいんですか?

鬼塚君の分が無くなっちゃいますよ?」

清水さんが気まずそうに尋ねてくる。


「俺、甘いの苦手だから。ほんのり甘いのは大丈夫なんだけど。

メロンパンはくどすぎなんだ。俺にとっては」

……。もしかしたらこのメロンパンは甘さ控えめかもしれないが。

そういうことにしておこう。


「だからはい」

そういってメロンパンを清水さんに渡す。


「じゃ。半分こで。はい。アカリちゃん」

清水さんはメロンパンを半分に分け、アカリに手渡す。


「……。ありがと」

アカリがしおらしく答えた。


ホントいつもそういう顔してれば

俺もとげとげしい対応はしないんだがな。


「私も有難うございます」

清水さんも深々と頭を下げながらお礼を言う。

清水さんは笑顔を見せていた。



ま。これが落ち着けどこでしょ。



それにしても清水さんには笑顔が似合う。

何があったか分からないが、清水さんには笑顔が戻っていた。

一時期、見せていた不調の原因は分からない

原因が分からんのは不安と言えば不安ではあるんだが……。


今は笑顔なんだ。それで良しとしよう。

俺はそう前向きに考えてベンチでカツサンドとにぎり飯を食い始めた。

隣では女子二人がほころぶような笑顔でメロンパンを食べていた。




『良い友人を見つけたよ。

休みがちだったようだけど、それも無くなって、学校にもちゃんと来ている。

その子の友人の女子からも話を聞いてはいるが、大丈夫そうだよ。

高校生活を楽しんでるとのことだ』

不意に昨日のトモサカとの会話を俺は思い出していた。

昨日の会話で出てきた彼女も笑えているのだろうか……。

今の清水さんやアカリと同じように。




昼食を食べ終わって自分の席に戻る。

お次は勉強会。勉強会っと。

さ来週からは期末テストだ。

勉強もしっかりしないとね。

図書室に向かう準備。準備っと。

教科書とノートと筆箱と……。


アカリも教室に戻ってくる。

途端にアカリの席の周りの男子が少しざわついた。

瞬時にあいつらバカだなーと思う。

机の上に限定パンを置き、食べてない連中が大勢いたからだ。


アカリも当然それには気付いている。

気付いて無視し、準備を手早くして、脇目もふらずに教室を出た。


アカリと付き合いたいなら

直接交渉しかないんだよ。

物に釣られる女じゃ無いよ。アイツは。

情けない男としか見なされないよ。

俺はそんなふうにアカリの周りにる男子に対して心の中で毒付く。


図書室に向かう廊下でアカリと一緒になる。

「あいつら。バカみたい!」


「何が?」


「あたしが物で釣られると思ってる!」


「釣られたことあるだろ?」


「いつよ!」


「遠藤の告白手伝った時」

確か週末限定パンで俺がこいつを釣った。


「それとこれとは話が別!」

……。言うと思った。


「私は700円で付き合うような女じゃない!!」

でも700円で人助けはするんだよなー。

ただし要らんお節介満載なのだが……。


「はいはい」

そう言うだろうな。とは思っていた。

怒ってるからだろう、速足でアカリは廊下を駆け抜けていった。


頭良いんだから、要領良くパンだけもらって、

お誘いは断ればいいのに……とも思うが、

何故かアカリはそういうことはしなかった。




図書室に向かう廊下で清水さんに会う。

今のアカリの状況を伝えておいた方が良いだろう。


「アカリがご立腹だ」

限定パン奢って機嫌良かったのになー。

また勉強会が俺と遠藤への罵詈雑言大会になりそうだ。


「何かあったんですか?」


「ん。アカリを物で釣って、

あわよくば付き合おうとか考えるおバカな男子がいっぱいいるんだよ」


「鬼塚君。アカリちゃんのこと。詳しいんですね」


「流石に中学からの腐れ縁だからな」


「鬼塚君はアカリちゃんのことは"好き"じゃないんですか?」

俺よりも身長の低い清水さんが上目づかいの目線で聞いてきた。


「うぇっ。なんでそう思っちゃうの?」

いや。俺が好きなの清水さんなんだけどなぁ……。

んー。傷つくなぁー。

シクシク。


「よく話してますし。そのなんか。仲良いな……って思うから」

真剣な瞳で清水さんが問いかけてくる。


うそーん。

そんなふうに思われてるのかよ。

誤解もいいとこですよ。

ガックシ。俺は肩を落としてしまう。

「仲が悪いとは言わないけど。仲が良いって訳でも無いんだけどな。

仲良かったら一緒に勉強してる時にあんなに、お小言を言わんでしょ」


「仲が良いからその……色々言い合えるんじゃ……」

あー。そう取りましたか。清水さん。


「いや。別に仲が良いから何でもかんでも言ってるって訳じゃ無いと思うぞ。

アイツは誰に対しても基本的に言い放題な奴だぞ」


「そうなんですか?」

あれ。清水さん意外とアカリの事わかってないのかな?


「俺がアカリに罵詈雑言に慣れて、何とか付き合えてるだけで、

他の奴等は耐えきれなかったという感じかなー」


「私はあまり言われたことが無い気が……」

あー。清水さんは言われないだろうね。

何て説明すればいいかな?


「うーん。なんていうかね。

アカリはかなり優秀な人間なんだよ。

そんで清水さんも優秀なんだよ。

だけど俺は凡人。

だからまぁ。なんていうの。

アイツは凡人の俺達が何でそんな間抜けな事をするのかが分からんとか

そんな感じじゃないの?

だから素で人を馬鹿にしちゃうんだよ。

……。自分が優秀過ぎるから」

最近、多少は凡人の気持ちも分かるようにはなってきたようだが……。


「そんな……。私はそんな優秀な人間じゃないですよ。

でもアカリちゃんの暴言は確かにそんな感じですね。

でも鬼塚君相手の時の方が……その……お小言は多い気が……」


「それこそ中学からの腐れ縁だからだよ。

俺になら何言っても大丈夫だって思ってんだろ。

アイツも流石に言い過ぎてつぶれる人間には言わんよ。

最近では遠藤にもお小言、言ってるし」


「そう言えば、遠藤君にも酷い事言ってますね。アカリちゃん」

ちょっと怒り気味に清水さんが答えた。


「そうそう。それがアカリの素なんだよ」


「だとしたら鬼塚君はアカリちゃんの事が別に"好き"では無い……」

清水さんが上目がちに続けて答える。

俺の目線からは清水さんがほんの少しだけ笑顔に見える。

あぁぁ。でも俺がそう見たいからそう見えてるのかもしれないし……。

こ。これは……。き。期待して良いんでしょうか?


俺は一つ咳払いして続けた。


「そ……。そう。別に好きなんじゃねーよ。

友人だよ。友人。

というかあんなに暴言吐かれて好きになんかなれねーよ。

そりゃまぁ。美人って言えば、美人だろうよ。アイツは。

だけど性格が全く合わん!」


アカリは美人だとは思う。

が、性格に難がありすぎる。

あれと上手く歩調を合わせられる男はそうはいまい。

トモサカぐらいじゃねーの?

上手く付き合ってたの。

中学の学級委員でだけど……。


「結局、"綺麗"と"好き"は違うってこと」

俺は清水さんに以前にも言った言葉を告げる。


「私はアカリちゃんのこと"好き"なんですけど……」

清水さんが答える。

いやその"好き"は友人としてのだと思うけど……。


アカリは男子の人気もさることながら、女子の人気も一定数ある。

1年テニス部の女子を纏めてんるのもアイツなんだろう。

サバサバしてるところが良いのかね?

俺にはちっとも分からんのだがね……。

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