第31話 夕闇の中で

1996年6月27日(木)


「つまり、カズ。君と同じだよ」


「俺と同じ……」

俺の中学での暴行事件はもうほぼ全校生徒にまで広まってる話だ。

怯えや蔑み……そう言った視線に

俺は既に慣れた。

だが慣れたくて慣れたわけじゃ無い。

そして今、話題になっているその子も多分……。


「なぁ。今。その子、大丈夫なのかよ?」


「あぁ。そこは大丈夫。良い友人を見つけたよ。

休みがちだったようだけど、それも無くなって、学校にもちゃんと来ている。

その子の友人の女子からも話を聞いてはいるが、大丈夫そうだよ。

高校生活を楽しんでるとのことだ

それに……

まぁ僕も人づてに聞いてる話なんだが

噂と違うんだ。

不特定多数の男子と付き合うというのは見られないそうだよ。

その子……」


その言葉に思わずほっとする。


「あのさ。トモサカ。

その子の事で俺が何かできる事があったら言ってくれ。

……協力はする」

トモサカの両の瞳を覗き込みながら俺は話した。


「君がそう言うならば大丈夫だよ」


「あん?」

要領を得ないトモサカの回答だった。


「……ま。分かったよ。

その子が何か不利な状況に陥いれば

君に連絡し協力を求めよう」


「おう」


少しだけ俺達の間に静寂が訪れた。


「ちゃんとした友人が出来たってことは

トモサカが裏で手を回して何とかしたってことなんだよな……」

俺は頭を落ち着かせて考え直し、トモサカに確認を求めた。


「多少はそうだけど……。

上手くいったコトも有り、上手くいかなかったコトも有り

といったとこかな?」


「何やろうとしたんだよ?」


「僕がしたことと言えば、

"彼女の過去の話を流した張本人達に対する脅し"と

上手くいかなかったことを言えば、

"その彼女の保護"だな」


「脅しって……そんな簡単にできるもんじゃ」


「いや簡単だよ。

僕なりの"制裁"を加えると伝えた。

誰にでも触れて欲しくない過去とかはあるから、

もしこれ以上、彼女の触れられたくない過去を広めるようなら

彼等の過去もバラすと伝えただけ」


目には目を歯には歯をか……。

しかし怖すぎるはコイツは。

校内事情……いやもうここまでいくと個人情報か

それに詳しすぎる。


「元々一番の張本人に対しては愛川から"制裁"は下ってはいたんだけど……」

"制裁"か……。

トモサカが怒ってる時によく使う言葉だ。

トモサカは普段、ポーカーフェイスだ。

怒っていたとしても表情には出さない。

だが怒りの感情が無い訳では無い。

どうやら……この一件についてもかなり腹を立てているようだ。


「アカリがか? アイツ何したんだよ」


「お得意のこれだよ」

とトモサカは自分の顔を平手打で叩くポーズを見せる。

……バカな奴等だ。

アカリとトモサカ両方同時に喧嘩を売るとは。

どちらかを味方に付けないと太刀打ち出来ないぞ。

コイツ等には。


「"彼女の保護"は上手くいかなかったって言ってたけど?

ホントに大丈夫なのかよ?」


「それについては、自力で何とかしたというか……。

さっきも言った通り、良い友人達を見つけたようだよ。

結果オーライというかね……」

その言葉と共に不意にトモサカがこちらを見て続けた。


「それと。君についても申し訳ない。

決して悪い奴では無いとクラスで事ある毎に言ってはいるんだが……」

さっきの教室での件のようだ。

トモサカはトモサカで俺の為に、色々動いているんだろう。


「気にしてねぇよ。というか気にかけてくれてありがとよ」


「サッカー部に入ってくれれば、

信用回復に繋がる手をもう少し打てるんだが……」

とトモサカが笑う。


「だから俺に団体競技と球技は無理だっつーの!」

未だ俺をサッカー部に入れるの諦めてないのかよ。

コイツは?


「まぁ。それは冗談として……」

笑いながらトモサカは話す。

ちっとも冗談に見えねーんだが……。


「しかし。トモサカでも上手くいかないことってあるもんなんだな」


「僕もスーパーマンじゃないからね。上手くいかない事も有るよ。

ただ今回は良い方向に僕の思惑が外れてくれた……。

そういうことだ」


「じゃ残ってるのはテニス部1年男女の仲の悪さの問題ってとこか?」


「後は清水さんの不調の原因は何か? ……ということになるが……」

うぐっ。

ちょっといじめられてた子に感情移入しすぎてて忘れてた。


「清水さんの方から先に言うとテニス部の問題について

彼女にも思うところはあるとは思う。

ただ。彼女の不調の原因とは少し違う気がする。

あくまで僕の見立てだけど……」


「何で?」


「まず丹波が僕に相談に来たのが5月だった。

だけど彼女が不調をきたしたのは君も知っての通り……」


「! 6月に入ってからだったと思う」


「そう。だから時期としてズレている。

それに今はそこまで不調をきたしているとは僕からは思えない

今だにテニス部の問題は問題として残っているにもかかわらずに……だ」

同じクラスで共に学級委員を務めているトモサカには説得力があった。


「結局。分からずじまいか……」

俺はため息を付いて、天を仰ぐ。

夕焼けから夜に変わりかけの空で

一番星が見え始めていた。

何か分かるかもと思ったんだけどなぁ……。

まぁ。今は悩んで無さそうだからいいっちゃいいのかもしれないけど……。


「世の中、分からない事の方が多いんだよ」

トモサカの慰めの言葉が胸にしみる。


「それで、テニス部の問題についてはどうするつもりなんだ?」


「結局、僕は部外者だよ。

それについては立ち入るつもりは無い。

ただ。仲直りのアドバイスを求められたから

それについては応じている」


「アドバイスって?」


「結局多数決だよ。

要するに女子と仲直りしたい男子を増やして

謝罪することだとは伝えてはいる」


「男子みんな仲直りしたいんじゃないのかよ?」


「反対派もいるようだ」


「反対派って何だよ?」


「色々と意見はあるんだが……。

女子も男子の点数付けとかしてるからお互い様だろって意見とか、

手を出したのはそっちが先だとかね」

アカリの平手打ちの件か……。

アイツは暴力は振るうが、加減はする。

中学時代に喰らった俺自身がそれは分かっている。


「なんだよ。その子供の喧嘩みたいなの……」


「世の中、意外とそんなものだよ」

そう言いながらもトモサカは短いため息を吐いて

飲みかけのコーヒーを一口また飲んだ。


「じゃ。丹波に対するアドバイスって言うのは?」


「仲直りしたい男子の数を増やして、謝罪する。

少なくとも1年男子の7、8割は同意してないと難しいと思う」

テニス部もサッカー部と同じで大所帯だ。

1年男子だけで10人以上いたはずだ。


「今、仲直りしたいっていう奴はどれくらいなんだよ」


「3,4割といったところらしい。

それに表立って活動できていないところが

大変らしいけどね」


「表立って活動できないって? また何でよ?」


「反対派が言うには

女子と仲直りするんだったら、

俺達はお前らを仲間外れにするみたいな……

だから本来は反対派では無いんだけど

のけ者にされるのを怖がって

反対派にいるという人もいるようだ」


「いや。なんかホントに子供の喧嘩だな」

高校生がやることとは思えん。

アホくさ過ぎて……。


「さっき言った通り、丹波は長いものに巻かれるタイプだろ。

反対派もそれなりの数がいるから仲良くしておきたいし、

女子とも仲直りしたいしで、

ニッチモサッチモいかないといったところだな」


「何だかスゲー馬鹿馬鹿しいんだが……」


「僕もそうは思うんだが、こればかりは外からどうこう出来るものじゃ無い。

まぁ。程度の問題だけど、各部活で仲の良い悪いはあるものだよ。

それについては基本的には外野がとやかく手を出すもんじゃない」


「……当事者同士でなんとかしろってことだろ」


「簡単に言うとそうだ。

外から手を回して、表面上取り繕った形で仲直りさせても、

結局破綻するのは目に見えてる。

自分たちでやるしかないんだよ」

俺もそれはそうだと思う。


「それにどうしても仲良くできないならば、

今の状態を続ける。

それも一つの選択だ」


「……いや。でもさ」

仲が良いことに越したことは無い。

そんなヤワな考えが俺にはあった。

だが……。


「カズ。君はあの4人組と仲良くできるか?」

中2の時の事件の当事者達。

トモサカが言ってるのはおそらくソイツ等だ。




……。俺は絶対にあの4人を許せねぇ。




「いや。絶対に出来ねぇ」

そう言わざるを得なかった。


「それと同じだ。

どうしても仲良くできない人間は世の中に必ずいる。

それは当たり前の事なんだ」


「……」

分かっちゃいる話なんだ。

分かっちゃいるんだ。

だけど……。


「……。そんな顔するなよ。カズ。

仲直りを促すものは作る予定なんだ。

放送部の企画に乗せてもらう予定でね」


「はぁっ!? 放送部? お前一体何するんだよ?」


「来年の春に予定されている放送部によるビデオ形式の部活紹介。

それを利用させてもらう」


「利用するったって来年の春に使うものを?」

部活の入部勧誘なんて春にしか使わんだろ?


「二学期始業式の全校集会で試写会をする予定なんだ。

それが、これから他の部活にもお邪魔して撮影するよっていう連絡も兼ねてる。

一応、校内の連絡表示を兼ねたテレビにも定期的に流されるとのことだ。

男女の仲の良い部活を選んでの撮影は始まっていて、

サッカー部、吹奏楽部、バレー部は撮影が終わってる」


「じゃ何か? その部活紹介のビデオで

男女の仲が良いトコロを見せて、

テニス部も仲直りしたら? っていう話か」


「まぁそうなるね。ただ上手くいくかどうかは分からない」


「俺は何か上手くいくような気がしないけどなぁ」


「……。君は割と個人主義的な人間だし、

部活も友人を求めてというより

個人として上というか、

勝利を求めてというタイプだからね」


「部活に入る奴なんて、みんなそうなんじゃないの?」


「それは違うさ。

ほどほどの仲の良さとか友人を部活動に求めている人はいるもんだよ。

だけど。君の言う通り、仲間を求めるというより

個人としての勝利を求める人間が多ければ、無意味かもね。

でもこれについては基本的に丹波達が何とかするものと考えてるから

これ以上、手を貸すつもりは無いよ」

トモサカらしい。

実にトモサカらしい対応だった。


「……そう言えば陸上部は未だだったね」

トモサカが思いついたようにこちらを見る。


「? 未だって何が?」


「撮影だよ。放送部の撮影」


「陸上部って、そんなに仲良くねーぞ!」

いがみ合ってる丸山先輩と飛田先輩が思い浮かぶ。


「どちらにせよ。

全部活の撮影はするんだし……。

それに1年短距離の男女ペアと

君のクラスの遠藤君と高宮さん。

付き合ってるんだろ?」

そこかっ!

こいつは校内事情に詳しすぎる!!


「いや。でも種目が違うから一緒に練習とかあんまりしないし……」

短距離は未だしも

高跳びと長距離では練習に接点がさほど無い。


「ま。どういったものを見せるか

その辺りは君に頼むよ

それに色々と貸しも溜まっているだろう?」

そういってトモサカは

過去問が詰まったキングスファイルをちらりと見せた。

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