第29話 テニス部のいざこざ

1996年6月26日(水)


部活中。

今日の練習メニューは

外周を含めたクロスカントリー。

田んぼ道や山が近くにある田舎だからね。ここ。


前方にテニス部の女子が3,4人集まってる。

ちょうど俺と丹波が側溝に落ちたボールが流れていってしまわないように

網を取り付けた場所だ。



何かあっただろうか?



たまに確認してたが、増水して網が壊れるとか

そういったコトは無かったはずだが……。


ちょっと人が多くて見ずらい。

近くによって網の状態を見る。


んっ? あれは清水さん!


清水さんがゴム手袋をはめて作業をしている。

網から何かを引きはがそうとしている。


あー。

網自体が問題ではなくて

上流からなんか流れてきてて、網に絡んでんのか!?


どうも網の中を水が通らずに乗り越えてしまう形になっているようだ。

これではボールも流れていってしまう。

たんに水をせき止めているだけの役割になってしまっていた。


あの絡まり方をみると

一度、網自体を側溝から外した方が良さげだ。


周りを見ると丹波はいない。


あれを外すとしたら、

作った奴じゃないと難しいだろう。

取付け、取り外しが出来るように作ってはあるが

その為のネジは水かさが増えた今、

水の中に入っているのだ。

取り外しの為のネジがどこにあるかは

作った人間ぐらいしか分からんはずだ。


近くに丹波はいない。

というより男子がいない!? 



……変だね??



まぁ。取り敢えずは手を貸そう。


「清水さん。俺がやるよ」

側溝の近くにより、清水さんに声を掛ける。


「鬼塚君?」

作業中の清水さんが驚いたように振り返る。


「ゴム手袋も貸して」


「でも……」


「この網付けたのは俺と丹波だから何とかなるよ」


「えっ。そうだったの?」

丹波は俺も手伝ったのを言ってなかったみたいだな。

まぁいいか。

そう言って清水さんに向かって手を出す。

清水さんがゴム手袋を外しだした。


しかし、一人で作業は難しいか?

側溝を流れる水の量が増えている。

一度網を外すときに少しの間だけ水の流れを止めるのに

堰止めてもらった方が良さげだ。


「あー。そうだ。丹波を呼んで来てもらえるか」

ゴム手袋を清水さんから貰いながら

近くにいたテニス部の女子に声を掛ける。


「えっ。あのでも男子は……」

俺の言葉に少し怯えながら、何だか歯切れの悪い回答をしてきた。


それを見かねて清水さんが答えた。

「あの。男子は『次は女子の番だ』って言って手伝ってくれなくて……」


なんだー!

こんなの作った人間がやった方が速えじゃねぇか?

何考えてんだ。丹波。っていうか……。


「テニス部男子が全員言ってんのかよ。それ」


「……はい。1年だけですが……」

何だそれ!?


「アカリはどうしてんだ?」


「その……。男子と話し合ってます……」

テニス部の男子と女子といっても1年だけだが、

余り仲が良くないのかなというふうに見てはいた。

お互い近くにいる。

だが会話しているように見えないのだ。

だから、何となく察してはいたのだが。

まさかここまでとは。


水をせき止める役がいる……。

どうすっかな?

清水さんにお願いするよりは

力のある男子の方がよさげだ。


そんなことを考えていたら遠藤が外周を回ってきた。


「おーい。遠藤!」


「ん。なんだ。鬼塚」


「ちょっと手伝ってくれ」


「……まぁいいけど」

不承不承という顔を遠藤は見せる。


「この網を外すから、その時にこの辺の上流で、こいつだな。

この板を側溝にあてて、

水の流れをせき止めてくれ。合図はこっちからする」


「わかった」


男手を得て何とか作業が進む。

遠藤が水の流れをせき止め、水かさが減り、網全体が現れてくる。

その瞬間を逃さず、俺は網を取り外した。

網を歩道に引き上げ、絡まったゴミを外し

そして側溝に戻した。


その間にアカリやテニス部の先輩と思しき人も現れた。


「鬼塚君。遠藤君。有難う。手伝ってくれて」

アカリが軽くお辞儀をしながら丁寧にお礼を言う。

部活の先輩が周りに居るからだろう。

こういう場合のこいつはTPOをわきまえている。

いつもそうしてくれると大変助かるのだが……。

ホント周りに人がいるといないでえらい違いだ。


「ホントに有難う。鬼塚君、遠藤君」

アカリに合わせて清水さんも深々とお辞儀をしてきた。

……やっぱり良い子だ。それに汚れ作業してたのも清水さんだったしな……。

また周りのテニス部の先輩方も清水さんに倣って礼を述べてきた。


「ほら。貴方達もお礼を言う!」

アカリが1年女子に大きな声を掛ける。


「あ。あの。有難うございました」

おずおずと周りにいた女子達が感謝の言葉を述べた。


「どういたしまして……」

その言葉を聞いて俺達は練習に戻った。






「何なんだよ。あのテニス部の女子達さ!

こっちは手伝ってんのに。お礼もしないでさ」

遠藤君がお冠です。


「言うな。言うな。

どうせ俺の中学の噂、知ってるから

ビビってんだろ。しょうがねぇよ

それにアカリが言わせてただろ

それで良しとしようぜ」

……。こんなの俺にとっては日常茶飯事なのだ。


「だからってさ……」

遠藤は納得がいかないようだ。


「気にしてもしょうがねぇよ」


「でもそう言えば愛川さん。何か勉強会の時と全然違うんだけど……」


「アイツは外面はイイんだ」


「……それはそれで厄介だね」

そう。厄介な奴なのだ。ホントに……。

俺を怖がって話掛けられない女子の方が

正直、何倍も可愛いとさえ思う。


「しかし。テニス部1年の男女ってそんなに仲悪いのか」


「うん。悪いはずだよ。もう碌に会話してないって聞くから……」

遠藤が答えた。


うーん。他の部活の揉め事だしなー。

陸上部も小さい揉め事はあるにはあるが

会話が無いとか、協力し合うことが出来ないという事は流石に無い。

ただ、文字通り部外者の俺が首突っ込むのもおかしい。

でもまぁ……。気になるは気になる。

ある程度の確認ぐらいはしておこうか……。

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クロスカントリー……

丘や森の小道などの自然環境の中で行うトレーニング。凸凹やアップダウンの有る地形を走ることで、足腰を鍛える。舗装道路と比べ、地面が柔らかいので思い切り走ることができ、又、下り坂では足の回転をよくし、ストライドを伸ばすのに役立つ。舗装道路で走ると足に掛かる衝撃が強いのでこのようなことはできない。自然の中を走るので心理的なリラックス効果もある。

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