第27話 観客の目と声


"小さなBig Jumper"



それは俺の走り高跳びの師匠の二つ名だ。


「えーと。春山中学の小山翔コヤマカケルさんのことですか?」

自分の出身中学と師匠の名前を、飛田先輩に告げる。


「そうそう!」

飛田先輩が目を爛々と輝かせて俺に迫る。


「あ……。はい。小山翔さんは俺の高跳びの先輩って言うか、……まぁ師匠です」

少し声のトーンを落として俺は答えた。

あの人を師匠と呼ぶには恥ずかしさがあった。


「もしかしたらって思ってたけど、スゴイ人に教えてもらってたんじゃない!

私の代で高跳びやってて、あの人知らない人いないよ!」

飛田先輩が完全に食いついてきた。



「小山先輩は凄かったですからね」



「観客全員があの人の応援になっちゃってた

あの"小さなBig Jumper"が

鬼塚君の先輩なんですか?」

高宮も少し興奮しながら、質問してきた。


「そうですね。ホント。

観客を全員、味方にしちゃうんですよね。

小山先輩は……」

俺にそんなことは出来なかった。

俺が出来たことは観客と一緒になって応援することぐらいだった。


そう。

"小さなBig Jumper"は

身長162cmという

高跳びに向かない低身長ながら

自分より身長の高い、競技者の中に混じり、



そして……

2mを飛んだのだ!



高跳びの試合は

高さを申告しての3回勝負。

3回中1回飛べれば

次の高さを申告してまた3回勝負、

これを続けていく。

もちろん、3回続けて失敗すれば

競技終了。次の高さには進めない。


当然、飛ぶ高さが上がるにつれて

競技者は少なくなっていき、

当たり前だが、身長の高いものが残り易い。


だが、小山さんはその争いに残った。

162cmという低身長をものともせずに戦いを挑んでいった。


170cmを楽に越して、観客はざわめき。


180cmを越して、どよめきに変わり


185cmになると声援が表れ出した。

『がんばれ! "小さなBig Jumper"』と


190cmに挑戦するときは観客全てが視線が集中していたと思う。


そして……


200cmになると対戦相手の他の競技者が

可哀相になるくらいの声援があの人に降り注いだ。


皆が期待したのだ。

小さきものが大きなものを倒すその瞬間を!


「観客みんながあのひとのジャンプを見てましたからね」

あの瞬間は、ついこの間の事のように思い出せる。

それぐらいに鮮明で強烈だった。


「私はそんな視線に耐えられそうに無いな……」

高宮が苦笑しながらぽつりと呟いた。


「公式記録は忘れましたけど、非公式だとあの人、

201cm飛びましたよ」


「ウッソ!」

飛田先輩が驚く。


「でも。あの人。最後の大会出てなかった気が……」

高宮が口にする。

そしてそれはその通りだった。


「あ。そういえば。どうなの!? 何か怪我したって噂聞いてたけど」

飛田先輩は少し知っているようだ。




『アスリートだったらフィールドで戦うんだよ。鬼塚。

こんな……こんなことで……』

俺は小山先輩と交わした最後の言葉を思い出していた。




「大丈夫ですよ。大会前に脚挫いちゃっただけです。

高校でも高跳び続けてますから」

……。俺はそういう事にしておいた。

俺自身の為に。


「そう言えば鬼塚さ。高跳び、高校でもやってみない?」

「どうお? 美少女二人と仲良く練習って!」

そう言って飛田先輩は無い胸を張り、しかしながら強調するように迫ってきた。

どうやら俺は色仕掛けの勧誘を受けているようだ。

『無い胸使って色仕掛けとかしない方がいいですよ』

とは流石に言えない。


というかこの人、確か彼氏いるんじゃないの?

校内の噂には疎い俺だが、

流石に放課後の帰り道で、特定の男子と帰ってるのよく見かけてればね……。

俺、清水さんに誤解されたく無いしなー。

昨日も浮気の話題を出されたばっかりだし……。


「いや。自分。長距離専門で……」

と断りかけたその時……。



「ぅおにづかー!!」

俺? を呼ぶ、

野太い声があたりに響いた。



ドスン、ドスンという擬音がしそうな大股で

身長190cmは有る大男が

俺達の前に現れた。

陸上部次期キャプテンの丸山マルヤマ先輩である。

男性ホルモンの塊のような筋肉をしている。


残念ながら6月で3年生が全員引退してしまった。

2年の男子は丸山先輩ただ一人である。

よって丸山先輩は

自動的に次期キャプテンである。


「中学の時、砲丸やってたんだな!」

目の前にいるというのにこの人の声は大きい。

キャプテンとして人を呼んだり、指示したりするには非常に良いとは思う。

しかし、近くにいる時には止めて頂きたい。

非常にウルサイ。


「えぇ。三種やってたんで……」

専門でやってたわけでは無い。


ちなみに跳躍の女子二人は若干引き気味で俺達を見ている。

しかし丸山先輩はお構いなしだ。


「何故隠す?」

『丸山先輩がいるからです』

とは流石に言えない。


「男なら筋肉だろ!」

サイドチェストのポージングを決めながら丸山先輩は続ける。

『丸山先輩は頭の中も筋肉のようですね』

とは流石に言えない。


「まぁ。そう言う人もいますね」

先輩でありかつ、キャプテンでもある。

無難な返答でやり過ごそう……。


「筋肉鍛えるなら砲丸だ!

だから一緒に砲丸をやろう!!!」

無茶苦茶な三段論法もあったもんだ。

寧ろ最初の段から間違ってる。


砲丸も高跳びも一緒だ。身長が高い方が圧倒的有利……。

そんな競技を俺はしたくない。

俺の身長でも勝負が出来る競技で俺は勝負がしたい。




俺はあの人に憧れる事は出来ても、あの人にはなれなかった。

そう。だから……俺は長距離に賭けたんだ。




「ちょっとー! 鬼塚君は私達と高跳びをするの!」

飛田先輩が丸山先輩に突っかかる。

飛田先輩? 俺、一言も高跳びやるって言ってませんけど……。


「なんだとー! 鬼塚。お前こんな胸の無い、色気の無い女に落ちたのか!!」

あっ。それは思ってても言ってはいけない事ですよ。

丸山先輩。


「なんですってー!!!」

飛田先輩がキンキン響く声を張り上げる。


丸山先輩と飛田先輩の言い争いが始まった。

これも恒例行事みたいになってしまったな。

3年の先輩がいた頃は違ったんが……。


ふと脇を見ると高宮が右手人差し指で

外周で練習している遠藤を指さした。


おそらく、

『もういいよ。長距離の練習に加わったら?』

という意味だろう。


そして高宮は言い争っている二人から

俺が見えなくなるような位置に移動してきた。


有り難い。


さっさと逃げよ……ではなかった、

さっさと長距離の練習に向かおう。


今だに言い争いを続けている二人と高宮を置いて、

俺は遠藤のいる外周に向かった。

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