第26話 高宮の頼み事

1996年6月25日(火)


部活。

全体でのアップが終わり、

各種目の準備が終わったところで

俺は遠藤に声を掛けた。

「ちょっと悪い。先に練習を進めててくれ」


遠藤は相変わらず高跳びの準備を手伝っていたから

近くにいたわけだが……。


「あぁ。うん……」

遠藤は少し元気が無さげだ。

まぁ。そういうものかもしれない。

これまで二人でやってきた練習メニューを

今日だけ短時間ではあるが、一人でやれという事になる訳だから。

哀愁漂う後ろ姿に

後ろ髪惹かれる思いはするが……。


今日は高宮の頼み事を聞くとしますか。


「鬼塚君。まず飛んでみる?」

高宮から声を掛けられる。


「うん。それじゃ、軽く。短い助走からやってみる」

高宮のお願いとは部活で高跳びを飛んで見せてというものと

彼女達のフォームを見て気付いた事があったら言って欲しいというもの。


どうやら、体育で背面飛びをしているところを見られたようだ。


走り高跳びというより、三種競技は中2までだった。

それ以降は長距離を専門にやってる。


ずっと走り高跳びを専門でやってきてる人達に教える事なんてないんじゃないかとは言ったのだが……


「鬼塚君のフォーム綺麗だったし、

それに高跳び知ってる人が少ないから……

少しでも知ってる人から聞きたいし……」


分からんではない理由だった。そして俺はそれに同情もしていた。

俺が中学で高跳びをやっていた頃も、

しっかりした大人の指導者がいた訳では無かった。

出来る先輩がいて教えてもらった。


陸上競技は種目が色々ある事が魅力の一つだが


問題がある。


競技に応じた指導者が少ない。

陸上部顧問のクガセンは中高と陸上経験者だったが

長距離専門だったそうだ。

……。これでも恵まれている方だ。

陸上と全く関係のない部活をしてた先生が顧問ということが公立だとザラにある。


俺自身、高宮からのお願いに対して

「あんまりしっかりした事言えないかもしれないが、それでもいいなら」

とことわりを入れながら、高宮の頼み事を引き受けた。

当たり前だ、中学時代、出来る先輩に教えてもらってはいても

独学に近いのだから。


助走距離を伸ばしながら、その度にバーを上げながら

高跳びを続ける。


「次。全助走でやる」

高宮と、2年生女子で跳躍専門にやっている先輩に

声を掛けてから俺は飛ぶ。


飛んでる最中はなんだかんだで気持ちがいい。

記録は184cm。


ふと外周で練習しているはずの遠藤を見る。

アイツ。何か羨ましそうにこっち見てるな。

困ったものだ。

高宮にフォローを願おう。

「高宮。悪いが後でアイツのフォローしておいて」


「ふふっ。遠藤君可愛い」

高宮が笑いながら答えた。

嫉妬してると言うより羨ましいとかいうやつだと思うけど。

ただ、アイツに拗ねられると大変メンドクサイ。


「すごいじゃない! 鬼塚」

2年女子の跳躍専門の先輩、飛田トビタさんから声を掛けられる。

いわゆる天然の元気娘って感じの先輩だ。

身長は俺より少し低いぐらい。

走り高跳び向きの長身痩躯で、腰の位置が高い。

実を言うと、この先輩は苦手だ。

というより2年の先輩全員を俺は苦手としている。


「まぁ。一応1年半ぐらいはやってたんで」


「こんなもんでいいか。高宮?」


「うん。鬼塚君てランニングアームなんだね」

ランニングアームというのは踏切前の腕振り動作。

代表的なものに他にはシングルとダブルがある。


「走ってるスピード活かしたいからっていうのもあるけど、

教えてくれた先輩がそうだったからだけど」


「鬼塚君が飛ぶとき、気を付けてる事って何かな?」


「うーん。踏切が苦手だからなぁ」

先輩から踏切前に、膝が曲がり過ぎてるってよく言われたっけ。


走り高跳びでは身体にある3つのばねを使う競技といわれる。

3つのばねとは

①後ろに傾いた体を起こすときのバネ

②膝を曲げた脚を伸ばすときのバネ

③腕脚を振り上げるときのバネ

俺はその中で②のバネを使おうと膝が曲がり過ぎて、

助走スピードが落ちてしまっていると言われた。


「踏切の時に自分の欠点が出ないようにって意識しながらかな」


「そうか。私と同じだね。私はクリアランスが苦手だから……

そこがいつも気になっちゃうの」

そうなんだろうか?

割と綺麗に見えるんだがな。高宮のクリアランスは。

クリアランスとは棒を抜ける時の姿勢だ。

高宮は綺麗に背面が反っている、それに……

バーをクリアする際に頭を落としていき、

その反動で腰と脚が逆に上がっていく、この動作も出来てる。

これが出来ないと、腰や足をバーに当てる事が多くなる。


「緊張しちゃうと私、頭が落とせなくて……」

そういや。遠藤は高宮を人前で緊張しやすい人だとか言ってたっけ。

だから遠藤が告白するときも二人きりになれるように一芝居うったわけだが

高宮は試合だと緊張して上手くいかないタイプなのかもな……。


「高宮。いつもいってるけど。気負わずに。ポンと飛んでみなさい。ポンと」

飛田先輩が気楽そうに高宮に声を掛けた。

この人は凄く感性で飛んでそうだ。

色々考えながら飛ぶというより、これまで養った感覚を信用して飛ぶ。

別に悪いことじゃ無い。

色々ごちゃごちゃ考えておかしくなる時もある。

時には頭カラッポにして飛んでみた方が良い事も有る。


「私達のも見てもらっていい!」

飛田先輩から元気の良い声が辺りに響く。


高宮と飛田先輩の跳躍を見る。

……。やっぱり高宮のクリアランスは綺麗だと思うんだがな。

寧ろ飛田先輩より良いぐらいだ。

クリアランスにも見るべきところがいろいろあるけど……。

腰中心では無く、胸中心で回れてるかとか……。

背面が反ってるとか……。

頭から落ちて、その反動で腰と足が上がってくるようになってるかとか……。

腰の高さが左右で揃ってるとか……。

……。どれも悪くない。


自分なりに気になった点をまとめて二人に話しておいた。

その最中、飛田先輩が不意に話しかけてきた。


「鬼塚の居た中学ってさ! あの"小さなBig Jumper"がいたとこじゃない?」


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参考文献

佐々木秀幸、帖佐寛章監修 阪本孝男著

『最新陸上競技入門シリーズ5 走り幅跳び』 ベースボールマガジン社


陸上競技マガジン2019年1月号148ページ

スキルUP3分講座 走高跳

「クリアランステクニック上達で自己記録更新 

~クリアランステクニック上達の為のTHEORY~」


陸上競技マガジン2019年2月号216ページ

スキルUP3分講座 走高跳

「クリアランステクニック上達で自己記録更新 

~上達のためのTRAINING~」


以前にもお伝えしましたが

作者である私自身は陸上競技をした経験がありません。

あくまで資料や映像を参考に物語を作っている次第です。

ですが、もし何か気になる部分や間違えている箇所などありましたら

ご指摘のコメントを頂けると幸いです。宜しくお願い致します。


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