第23話 間抜け男子が二人

1996年6月22日(土)


土曜日。

午前のみの部活が終わり、

俺は自転車で遠藤の家に向かっていた。


遠藤の家で勉強会の予習をしておこうという話だ。

ただし男子のみで。

休日に女子を誘うのは流石に俺は未だ抵抗がある。

遠藤は、高宮と休日にイチャコラしてるから大丈夫かもしれないのだが……。


家の表札を見て回る。

表札を確認し、遠藤の家である事を確認する。


つーか。アイツん家デケー!


そのままインターフォンを鳴らすと、

遠藤が出てきて、そのまま遠藤の部屋に案内された。


遠藤の部屋も広い、俺の部屋の2倍はあるんじゃ……。

しかしそれ以上に目を引くのが

大量のビデオテープだ。

「なんだ。これ?」


「映画のビデオテープだよ。レンタルしたのをダビングしてて……」

お茶を持ってきながら遠藤が答えた。

よく見るとビデオデッキも二台ある。

そこは俺んちと同じだ。

そういやアカリが言ってたな。設定資料集とかサントラとかも持ってるって。

確かに書籍やCDもあるにはある。

けど……まずそのテープの多さに圧倒される。


「はあー。しかし多いな、これは」


「見たいのがあるなら貸すけど?」

遠藤はお茶を部屋の真ん中にある机の上に置きながら言った。


「今はそれより、勉強だろ」

ビデオのタイトルの中に少し見てみたいものもあったが、

今日の目的は勉強会の予習だ。

女子だけに負担は掛けられん!


来週始めの小テストを教科書を見て、予習がてら解く。

そして自分達が担当となっている教科は2日程先行して解いて、

お互いの解説を聞きあった。


「ちょっと。一息つこうぜ」

俺から遠藤に提案した。


「そうだね。そうしようか。流石に根を詰め過ぎると続かないからね」


「そう言えば、あの後、女子どうしたのかな?」

遠藤がふと思い出したかのように質問してきた。


「どうなったって?」


「だって、金曜日。女子だけで帰るっていうから……」

金曜日の帰り道は男女別れて帰る事になった。

なので俺は最近では珍しく遠藤と帰る事となった。


「そういや。木曜も女子だけで帰ろうとしてた気がするけど……」

俺達がコピーに明け暮れた日だ。


「高宮からなんか聞いてんないのか?」


「女子だけで話したいことがあるとは聞いたよ」


「清水さんの事かな?」

あくまで俺の目線だけど……。

昨日はそんなにふさぎ込んではいなかった……とは思う。

そして清水さんの悩みを聞くなら、

アカリだけでは無く、高宮と一緒に相談の方が確かに良いとは思う。

悩み事にもよるけど、複数の視点が解決の糸口になることはあるしな。


「そうかもね」

遠藤も清水さんの様子がおかしいことに気づいてはいたみたいだ。


「男子が男子だけで話したいことがあるように

女子は女子だけで話したいこともあるって

高宮さん、言ってたこと……あるし」

遠藤は何だか理解力のある彼氏みたいに話していた。


だがそうすると……。

コピーに俺達が明け暮れた日も、もしかしたら、

アカリは清水さんの悩みを女子だけで聞こうとしていたのかもしれない。

んで、俺達を引き離す為に雑用を押し付けて……

んー。考えすぎかなぁー?


女子だけで帰りたいとしても

もう少し言い方ってもんがあると思う。


「休憩がてら、長距離のテープ、説明しとくぞ」


「こっちがこの前のオリンピックと世界陸上で、こっちが箱根か……

一応タイトルに書いてあるから分かると思うけど」


「スゴイな。有難う」

いや。お前の映画のテープには負けるとは敢えて言わない。


「俺のお勧めは、古いけど1986年の国際陸上男子10000mでな、

新宅がラストスパートで……」


「あ。いや。一番上に置いてくれれば先に見るよ」

遠藤がこれからという時にさえぎる。

なんだよ! もうちょっとしゃべらせてくれよ。

俺は少しだけむくれた。


「息抜きに見るよ。今はこれだろ?」

そう言って遠藤は、机の上の小テストを手でポンポンと叩いた。


……。まぁそうだな。


「遠藤。絶対アカリの奴を見返すぞ!」

俺は遠藤と自分に発破をかける為に強い言葉を選んだ。


「……そうしたいところだけど。

向こうは中間3位だよ。

見返すったってさぁ?」

遠藤が少し困ったような表情を見せた。


「だから。勉強会の教師役をしっかりこなして

それで……。1科目!

1科目だけでも期末でアイツを追い越そうぜ!」

遠藤に何とかできそうな提案を持ち掛ける。


「1科目だけ……」

遠藤が思案に暮れる。


「全科目は無理だろ」

非常に残念ながら……。


「悔しいけれどね」

言葉通り遠藤も悔しそうな顔をする。


「だから得意な1科目。

それだけでもアカリを追い越そう」

遠藤を鼓舞しながら、俺は自身をも鼓舞する。


「うーん。それならどうにかなるかなぁ?」

遠藤が腕組みしながら思案に暮れる。


「陸上と同じだぜ。いきなり高い目標をもっちまって

上手くいかないと

やる気失っちまうからな」


「ケースバイケースだと思うけどね。

でもそう言う部分は確かに有る……か。

でも鬼塚。なんでも陸上で例えるの止めた方がいいよ」

そう言って遠藤は俺をちらりと見た。


「あん? なんでもジブ○の話題にするお前よりマシだろーが!?」


「なんでだよ。ジ○リはみんな知ってるからいいじゃないか!

共通の話題ってやつだよ」


「アホー。お前の話題はディープ過ぎて付いてけねーんだよ!」


「それは鬼塚の方だろ! だれも"傾斜スパイク"なんて知らないよ!!」


「バカやろ。高宮使ってんだぞ!

それにお前の方がディープだろ!!

"ラピュ○の最後にムス○が落下してくシーンがある"、

なんて普通の奴は知らねーぞ!!!」

確かコイツはそんなこと言ってた。


「それな高宮さんだって知ってたよ! 

何なら、今から証拠を見せようじゃないか!!」

遠藤がビデオテープをさっと手にとる。

脇からみえるラベルに"天空の"という文字が見える。

うん。……とりあえずそのテープは机に置け。

だからデッキに入れようとすんな!


「お前ら二人だけだろーが!!!!!」

俺は突っ込む。


「それは僕のセリフだよっ!!!!!!」

遠藤が突っ込み返す。


訳の分からん口喧嘩になった。

止めよう……。

どうやら俺達はカルシウムが足りてないようだ。

心を落ち着けよう。

……。敵はアカリだ。


「……。遠藤。止めよう。敵はアカリだ」

そう言って俺は今だに鼻息の荒い遠藤を諭す。


「……。そう言えばそうだった……」

遠藤もややあって落ち着きを取り戻した。


「1科目だけだ。1科目だけでもアカリを上回ろう!」


「うん。流石に悔しいからね。って……あっ!」

遠藤が何かに気付いたように呻き声を上げ、そして慌てだす。


「あっ。あのさ。鬼塚。僕たち肝心な事、忘れてたよ。

僕たち赤点が4つもあるんだよ!!!!

それもどうにかしないと……なっ。夏休みが……補修に……」


「あっ。あぁぁあああああーー!!!!!!!!

忘れてたーーー!!!!!!!!」


鬼塚と遠藤は当初の目的、

期末テストでの赤点を無くし、夏休み中の補習を防ぐこと……。

それを彼等はすっかり忘れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る