第22話 君をみつめて……

1996年6月21日(金)


昼休み。

遂に教師役の本番が近づく。


ついでに言うと本日は週末金曜日。

なので本来は週末限定パンを買いに購買へ猛ダッシュの日なのだが……。

それは諦めてお袋が作ってくれた握り飯を速攻で食べる。


そして早めに図書室に来て、

図書室の入り口が真正面に見える座席に座り、

清水さんの表情を確認できるよう、待ち構える。


やっぱ心配なんですよ。

流石にぼーっとしてテニスでも頭に

ボールが当りそうだったっていうのはねぇ……。


図書館の入口が空いたり閉じたり。

ただそれだけを見守る。


あっ。清水さんが来た。


……。うーん。

昨日よりは表情は明るい感じはする。

でも俺は何か悩みを聞いたわけでも、打ち明けられたわけでもない。

昨日のアレも

余計なお節介と思われてなきゃいいんだけど……。どうかなぁ?


じっと清水さんの顔を見ていたら、清水さんの方から視線を外された。

うっ。やべっ。ちょっと見つめ過ぎたか……。


程なくして図書室にみなが揃う。

アカリの様子は昨日と全く変わらない。

このヤロウ。俺達、見捨てて帰りやがって……。

アカリに対する怒りが沸き起こるが、務めて抑える。


そしてアカリが仕切り始めた。

「みんな、今日の分の小テスト出して」


アカリが採点済みの小テストを回収する。

5枚×4人分を回収して、中身を確認。

付せんを取り出し、

正答率の低い問題に張り付けた。


「じゃ。この付せんを付けた問題の解説をしてちょうだい。

順番は……。

英語をミサキ

現国を私

公民をシオリ

物理を遠藤

最後に数Ⅰを鬼塚ね。

昼休みの残りの時間を考えると一人だいたい、7分弱ね」

その言葉と共に回収された小テストが各担当に渡された。

どうやら俺はトリのようだ。


清水さんの授業が始まる。


小テストの中にある英単語を問う問題は無視されてる。

文法や英作文の問題に付せんが貼られていた。

単語は自分で覚えろってことだろう……。


「"何々の為"にという意味は英語だとtoとforの二つがあって、使い方を間違えやすい部分で……」


自分が授業するまで分からなかったが

清水さんの授業は分かり易い。


「この答案だと……」

ウゲ……。

自分の間違いを含んだがみんなから見やすい位置に出される。

そして横には清水さんの正解の答案。


みんなから見えやすい位置にという配慮だとは思うが、

……恥ずかしいな。

自分の答案の間違いを指摘され、

そして一呼吸、置いて、清水さんは周囲の勉強会参加者を一瞥し始めた。


理解できたかどうか表情を見たんだろうなと改めて感じる。


だが清水さんの視線は俺の前に回ってくる前に不意に落ちた。

アレっ!?


「いっ。今、説明した間違いを直しますと……」

そう言って清水さんは俺のテストに自分の手元に引き寄せ、

赤で自分なりの回答を書き……。


「こうなります」

赤で書き加えた正しい文章を皆に見せた。



うん。恥ずかしい……けど、分かり易い。



他の人に分かり易くする為に

見やすい位置に答案を移動し、

他の人が理解しているかどうかを表情で確認し、

時計で時間を確認しながら、決められた時間で終わろうように努め、

誤答と正答は並べて比べ易くし……。


……。こういう部分は俺が抜けてるところだ。

アカリもここまで丁寧では無い。

でも彼女は出来ている。



もしかしたら気付いていないだけで

清水さんは他にも工夫しているのかもしれない……。



「じゃ、最後。鬼塚ね」

取り仕切っているアカリが俺に声を掛ける。

遂に俺の番が来た!


よおーし! やってやるぜ!

吠えズラかかせてやるぜ。アカリ!!

そんで、清水さんにはいいとこ見せるぞ!!!

俺は思い切り息巻く。


付せんを張ってある問題は一つ。

二次関数の移動の問題。


昨日、予習済みで

本日早朝、リハーサル済みだ!


他の人の小テストを確認すると

高宮と遠藤が俺と同じ間違いをしていた。

y-dを代入すべきところをy+dを代入してしまっている。


申し訳ないが、

遠藤の間違いをみんなに見せるところに出そう。

「あの。俺も間違えたところだけど……」

少し断りを入れて説明を始めた。




「えーと。ここが大事なところで、

まず軸上に移動するっていう事はグラフで言うとどう移動するかを

実際にグラフで書いてみるか……」


「鬼塚、顔、顔、上げて」

俺の耳元で遠藤が囁く。


……い。いかん。


どうしても癖で答案用紙に釘づけのまま、顔を移動させていなかったようだ。

周囲の状況を見て、

分からなさそうな顔をしてる人がいないかを確認する。

今がキーポイントの説明なのだ。

ここが分からなかったらマズい。

顔を上げて周囲を見渡す。

が、みな顔色を見る限り……大丈夫そうかな?



ってあれ。また清水さんが俺と視線を合わせてくれない!?

何故に!?



ソウコウしている内に俺の授業が終わってしまった。


「なっ。何か質問とか、分かりづらいところ無いかな?」

周囲に分かったかどうかを、実際に声に出して確認する。


特に質問は出ない。


……。大丈夫そうだ。


問題を実際に間違えた高宮がうんうんと頷いていたし、

大丈夫のようだ。


ふー。と息を吐く。


トリだから時間も気にしないとといけないな思っていたが……。

時間に余裕はあった。

何とか出し切った形だ。

時間にして僅か5,6分だが疲れた。


多分アカリなりの配慮なんだろう。

説明が下手な人間を初手にもっていくと

それだけで時間が過ぎてしまう可能性がある。

リスクを最小限にするには

教え方が上手く、時間配分が出来る人間を

最初の方に持って行った方がいい。


こういう部分はしっかり考えられるだよな……。アカリは。

だったらもうちょっと人の感情とかも考えて欲しいもんだが……。


「まぁまぁ。初めてにしては良かったんじゃない?」

アカリから一応ねぎらいの言葉がある。

だが、あいかわらずの上から目線。

このくそアマ。今に見とけよ。

と心の中で毒づく。


「でもアンタ。チラシって……」

アカリは説明用に使った

グラフが書かれたチラシを見てそう言った。


「しょうがねぇだろ。ノート足りないって気づいたの昨日の夜だったんだし……」


「休み時間が有るでしょう?

それにこれだと他の情報が見えて見づらいでしょ」

アカリの言う通りではある。

休み時間中、説明の予行ばかりしていて

ノートに書き写すのを、忘れていた。

……。我ながらに抜け作だ。


「私は……いいと思います

チラシの裏でも何でもいいと思います」

俺とアカリの会話に割って入ったのは清水さんだった。


「どんな状況でも勉強はできます。

諦めなければ……。

そういう気持ちが大事です」



今日、あまり俺と視線を合わせてくれなかった清水さんが

この時は、俺に真剣なまなざしをくれた。



……どうにも照れくさい。

そして、何か胸に暖かいものが宿る。

清水さんのこの言葉と表情だけで、もうホントに……。

今日、俺は授業をしてホントに良かったと思えた。



「いや。あ。あの。ありがとう

つ。次からはその……ノートにするから

ま。まぁアカリが言う通り、その方が見やすいと思うから……」

俺は恰好が付かないことに

陳腐な感謝の言葉しか喉から出てこなかった。




そして俺は清水さんが真剣に先生を目指しているという事実が

今になってようやく分かった。

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