第21話 早朝練習

1996年6月21日(金)


早朝。いつものジョギングを少し軽めに抑えて登校する。

そのおかげで学校に到着するのが早い。

そして、教室には既に遠藤がいた。


「鬼塚。ちょっといいか。僕の説明で分かるかどうか。見てくれないか?」


「いいぞ。それと俺のも聞いてくれ」


こういうのは生徒役を前にして実際に説明してみた方が良い。

そして俺達は互いに自分が担当する小テスト……

遠藤は物理、そして俺は数Ⅰのプリントを出した。





「遠藤。あのさ。遠藤の説明は分かり易いんだが、

図を前もって書いておくか、

書くとしても他の人から見えやすいようにした方が良いぞ。

お前の手がノートを隠すことがあって見づらい.

それに図を急いで書いてるからテキトーじゃないか?」


「鬼塚。えーと。鬼塚のも、分かり易いといえば分かり易いんだけど、

その、たまには相手の目を見た方が良いよ。

鬼塚はずっと資料見ながら話してるから、

声が下に通って聞き取りづらい時があるし……。

それに表情見ないと、相手が理解しているかどうか分かんないよ。

重要と思うところは、一拍置いて

相手の目とか表情を見て、

理解しているかどうか確認しながら説明した方が良いよ」


昨日の帰り道でも、

明日の早朝に、お互い教師役を上手くできているかどうか確認しようと

俺達は話していた。

昨夜の頑張りのおかげで

説明している内容自体は問題が無さそうだった。



……だが問題は未だ説明の仕方に残っていた。



たまに授業を受けてて思う事といっしょだ。

黒板に書いた板書が見たくても、体で隠しちまう先公はいるし、

声が通りづらくて聞きづらいとか、黒板に向かって話す先公もたまにいる。


もっと上手く教えろよ。

教師なんだからさ……。なんて思っていたけど。

いざ自分でやってみたらと同じことをしてしまう。


人に教えるって難しいな……。


けど……。


「今、思うと清水さんの教え方って上手だよね」

遠藤が清水さんを誉める。

清水さんの教え方には俺達のような問題は無かったと思う。


「そうだな」

試験の成績はアカリの方が清水さんより上だ。

でも教え方は清水さんが上だと俺も感じていた。


「清水さん。学校の先生、目指してるからな……」


「そうなんだ。……あ。そうだ。ちょっと伝えなきゃならないことがあって」


「なんだ」


「あのー。僕ら昨日の昼休みに愛川さんに図書館の外に出されたんだけど……」

確かそんな感じに見えたな。

アカリが高宮と遠藤を外に出して、

俺と清水さんが話しやすいようにしていた気がする。

アカリにしては気が回るじゃないかと思っていたところだ。


「愛川さん。あの後、図書室の扉から聞き耳たててて……」



少しだけ上がった俺の中のアカリの評価がすぐに下がった。

ジェットコースターばりの急降下である。

それにしてもまたか!

あのデバガメ"恋愛ますたー"め!!!

また人の恋路にズカズカ土足で踏み込みやがって!!!!



「高宮さんも僕も、それは止めようって話したんだけど、聞いてくれなくて……」


「聞こえてたのか?」


「うん。まぁ……。扉も少し開けてたから。

僕は鬼塚の声が聞こえる程度だったけど。

愛川さんの位置だと聞こえてたんじゃないかな?」

アカリの奴め!

姑息な手を使いやがって。


「……あいつはああいう女だ。気を許すな」


「うん……。勉強会での取り仕切りとかみると

スゴイなぁーって思うんだけどね……」


「いいか。遠藤。

アレは飛び切り頭が良い。俺もそれは認めてる。

だがなぁ……その賢さを使って、

好奇心や興味本位だけで突っ走しりやがる!

止められるようなもんじゃない。

お前の告白でも……」

と言いかけて俺は口を閉じた。




「僕の告白でも?」




マズい!

非常にマズい!!!

コイツの告白は録音されてて、

さらにアカリとかに聞かれてたなんて知れた日には……。




「ん。……。あぁ。何でもない。こっちの話だ。

とにかくあの女には気を許すな。

味方に付いてるときは良いが、

好奇心がまされば、すぐに敵に回る。

さらにその頭の良さで引っ掻き回してくるから

厄介なことこの上ない」


俺は誤魔化した。

ヤベェ。

ヤベェ……。

うっかり口走るところだった。


「ホント。頭は凄くいいんだろうね」

遠藤はアカリが作った勉強会のスケジュールを取り出してみてみる。

僅か2分足らずで作ったスケジュール。

そこにはご丁寧に、方針(ルール)も記載されていた。


「字も綺麗だしね」

遠藤が呻くように呟く。

そう。清水さんと同じぐらいに綺麗な字をしている。

性格は尖がってるのに、

字は大人しく綺麗なのだアカリは。


「でも。やっぱり。この字は……」

遠藤が何やら続けて呟いた。


「字がどうかしたのか?」


「いや。こっちの話だよ」


そんなやり取りをしている間に、朝のホームルームの時間になった。

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